決戦の地へ その4
1月16日―
フランの書簡には、弱みを見せないように窮状を隠すような文面ではあったが、停戦するための話し合いの場を設けたいという旨が、痛切に伝わってくる内容であった。
ドルグーシン伯爵から、送られてきた書簡データーを見たアリスタルフ1世とフリッツ2世の両皇帝は、フランが今のガリアルムの逼迫した状況に困り果てて、会戦に対して弱気になっていると確信する。
そして、この機会にフランとガリアルムを完膚なきまでに、叩き潰す事を決意した。
そのため二人は、両名の連名で休戦の意思がありこれからその会談に向かうとフランに通信を送ると、全艦隊をガリアルム艦隊が駐留するアウステルッツ宙域に進発させる。
1月18日―
オソロシーヤ・ドナウリア連合艦隊(露墺艦隊)は、アウステルッツから半日の場所にある惑星ビスコフ宙域にまで進軍していた。
その両艦隊の元に、偵察艦からガリアルムが退却せずにアウステルッツに駐留を続けていると報告が齎され、決戦を望む両皇帝と参謀たちは安堵する。
「どうやら、小娘は我らが本気で休戦すると思っているようですな」
「そうであって欲しいな……」
黙って報告を受けるクリューコフ大将に、参謀の一人が連合艦隊全体の意見を体現して、発言すると老将は短めにそう答えた。
(これは……、嵌められたのはこちらだな……)
だが、内心では自分達がその小娘によって、決戦に引きずり込まれたことを確信する。
その頃―
ルイの艦隊がバイエアン星系惑星ミュンヒンから、南モラビア星系惑星ブルン宙域に到着しており、アウステルッツまでは同じく半日の距離であった。
「なんとか、決戦に間に合いそうですね」
星系図と航路図が映し出されたモニターを見ながら、ルイが参謀のシャルトー少将に語りかける。
「そうですな……」
彼が少し歯切れの悪い感じで答えたので、それを聞いたルイは疑問を抱いて尋ねてみた。
「少将は何か不安でも?」
「……」
シャルトーは少しの間沈黙した後、ルイに顔を近づけると彼にだけ聞こえるように、小さな声で話す。
「我が艦隊が間に合ったとしても、艦隊総数は27000隻。そこにヨハンセン閣下の艦隊が間に合ったとしても32000隻です。それに対して敵連合艦隊は41000隻……。勝利は難しいかと思われます……。ここは全軍撤退するべきではないでしょうか?」
その内容は、兵士達の指揮の面からもルイにだけ聞こえるように発言したのは、当然の配慮であった。
「そうですね…。ですが、陛下は負ける戦いをするような方ではありません。きっと、勝算があるのでしょう。それに今の我軍の置かれた状況だと今回決戦を避ければ、より困難な状況に陥る事になるでしょう。それならば、ここで決着をつけるべきだと僕も思います」
ルイの言葉にシャルトーも納得し、「確かにそうかもしれませんな」と言うと、その話を終える。
更にその頃―
「敵は陛下の策に乗ってきましたな」
「それは、乗ってくるさ。今の奴らには、我が艦隊に負ける要素がないからな」
参謀のゲンズブール少将の言葉に、ロイクはモニターを見つめながらそう答えた。
「しかし、この不利な状況で勝利するのは、なかなか辛いですな」
「正面からまともにぶつかればな。だが、そのようなことをしてやる義理はない」
「となれば、宙域外縁の狭い航路で迎え撃つということですか? ですが、この宙域の外縁には狭い航路は3つあり、我軍の戦力では防御しきれませんが……」
「それに敵も外縁での迎撃は警戒しているから、効果は薄いだろうな」
「では、どうされるのです?」
「ふっ……。我らがゴスロリ陛下は性悪だが、その頭脳は比類無き天才だ。まぁ、見ていろ」
ロイクはそれ以上語らなかったが、悲壮な表情はしていない。
「それよりも…… だ」
そして、言葉を続ける。その表情は先程よりも真剣なモノだったので、ゲンズブールの表情も自ずと険しくなってし。
「今回のこの戦いが終われば、その功績で俺達大将は元帥に昇進するだろう?」
「まあ、そうなるかと… めでたい事とは思いますが… その事がどうかなさいましたか? 」
突然話題が変わったことに、ゲンズブールは一応そう答えるが、勝利できるかどうか解らないこの状況では取らぬ狸の皮算用のような気もする。
すると、上司はこのようなことを言い出す。
「ということはだ。軍で最高位の元帥となって、モテモテになる可能性が高いということだよな?」
(どうだろうか…。この若さで大将という肩書も、かなり社会的地位は高いはずだが、この口ぶりだとそれでも閣下はモテていないようだし…。望みは薄いかもしれないな……)
ゲンズブールは、このように的確な状況分析する。
「まっ まあ……。社会的地位があがれば、それに釣られる女性が近づいてきて、そうなる可能性が高い…… かも、しれませんな…」
グラサン上官の夢を潰さないために、このように返すことしかできなかった
「これは、戦いが終わったら俺にも遂にモテ期が来るな。そうなれば… ぐふふふふふふ」
そんな部下の気遣いなど知る由もなく、ロイクは自分の未来に思いを馳せるのであった。
こうして、両艦隊の決戦の時は刻一刻と迫っていく。
翌日1月19日―
半日先にルイ艦隊がアウステルッツ宙域に到着した。
「この宙域の西域には、かなり大きなブラックホールがあるようです」
シャルトー少将の報告を受けて、ルイがスクリーンを確認するとそこには、ブラックホールの情報が表示されている。
「これを右翼の防御に利用するのですね?」
フランの部屋に朝食で呼ばれたルイは、先程のブラックホールの事をフランに尋ねた。
「数で劣る以上、地の利だけでも得ないとな」
朝食のパンを小さくちぎって、小さな口に入れながらフランは答えた。流石に朝からシチューは食べないようだ。
「右翼はイリスとマクスウェル(エドガー)に任せる。彼女は防御戦の才があるから、防御に徹すれば長時間守りきれるだろう」
「イリスさんとマクスウェルさんの艦隊だけでは、数が足りませんよ?」
ルイの言う通り、両艦隊は併せても6000隻で明らかに数が足りておらず、いくら防衛戦の名手であるイリスでも厳しいだろう。
「大丈夫だ。予定ではヨハンセン艦隊が救援に来ることになっている。開戦には間に合わんが、来援までならイリスの手腕なら大丈夫だ」
「そうですか。ヨハンセン閣下が間に合うのであれば安心ですね」
ルイはそう言いながらも内心不安を感じたが、それを表に出さないようにしていた。
彼の艦隊が加わっても合計11000隻であり、敵が薄い右翼突破を狙ってくるのは当然だからだ。
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