決着、三帝会戦 その1
アリスタルフ1世のリヒテンスタイン艦隊温存の判断は、ロイクとステルス艦隊、そしてその背後にいるフランの存在が大きかったと言えるだろう。
そもそも、ロイク艦隊がクリューコフ艦隊に向かった時点で、予備兵力の全てを投入するべきであったのだが、アリスタルフ1世はそうしなかった。
なぜなら、自分なら直掩艦隊が数百隻の状態で、クリューコフを倒すためとはいえ敵の予備兵力が健在な状態で、自身の盾であり生命線であるロイク艦隊を動かしたりはしない。
かの艦隊を先に動かせば、露墺艦隊の予備兵力が右翼(バラチオン)艦隊に投入された場合、対抗できないからだ。
その場合、5千隻対1万隻となって例え左翼(リュス)艦隊といえども、長期の戦線維持は不可能であり、半刻と経たずに敗走するだろう。
そうなれば、あとは右翼(バラチオン)艦隊と予備兵力を分散させ中央への援軍とフランに差し向ければ、この戦いの勝利は確定する。
しかし、アリスタルフ1世もまた、疑心暗鬼に陥ってしまう。
(あの女狐(フラン)がそのようなミスを犯すであろうか? この動きは罠ではないのか?)
自分なら、こんな迂闊に予備兵力は動かして、自身に危険が及ぶような真似はしない。
総司令官である自分が死んだり敗走したりすれば、この戦いは敗北するからだ。
もしくは、(あの黒い艦隊の司令官が血気に逸ったのか、功を焦ったのか解らないが、浅薄な考えで勝手に動いたのか?) と考えもしたが、それなら直ぐに後退させ元の場所に戻すはずだ。
だが、黒い艦隊は攻撃を続けており、主君の命令を無視していることになる。
自分なら、例え勝ったとしても絶対君主制のしかも皇帝の命令を無視した者を許すわけには行かず、皇帝の威厳と権威そして規律を守るために、見せしめも兼ねて司令官を処刑、もしくは厳罰を与えるだろう。規律を重んじるガリアルムでは、尚更なはず。
以上の考えから、黒い艦隊の行動はフランの命令の可能性が高くその行動は罠であり、目的はこちらの予備兵力を投入させ、自分(アリスタルフ1世)の守備を手薄にさせること。
そして、伏兵として潜んでいるステルス部隊にそこを襲わせるのが女狐の考えた罠だと、彼は推測してしまう。
アリスタルフ1世は優勢であったにも関わらず、フランの劣勢を装った罠にまんまと嵌められ、しなくてもよかったこの戦役の趨勢を決める決戦に誘導されてしまった。それに加えて、このガリアルムに有利な戦場に誘い込まれるという愚まで犯してしまう。
そのため数で優位であったはずなのに、戦況は膠着している。
そんなアリスタルフ1世が、今回のフランの危機も罠であると疑い、ありもしないステルス艦部隊の影に怯えてしまったのは、無理もないことであろう。
後世の歴史家はそんな彼の心境に同情するが、現実は無慈悲にその過誤に罰を与える。
「敵側面に攻撃開始!!」
リュスの艦隊の左側面に到着したウィル艦隊は、そのままバラチオン艦隊の左側面に攻撃を浴びせ始めた。
「援軍が側面を埋めるまで、左の艦は防御に徹せよ!」
バラチオンは直様左の艦艇に対して、防御に徹するように指示を出す。
だが、彼は予想より長い時間、側面を攻撃で晒されることになり、被害を出してしまう。
それは機動戦を得意とするウィル艦隊が、戦場に到着する速度が速かったのとコンスタンティン大公が軍事的才能に乏しく艦隊の行動が遅かったという複合的な要因からであった。
コンスタンティン大公は、現皇帝の弟― つまり皇帝の一族という理由だけで、艦隊指揮官に任命されている人物である。これで実力があれば問題はないが、残念ながら彼にはその才能はなかった。
そのためバラチオン艦隊の援軍にようやく到着したが、対峙するウィル艦隊の攻撃の前に苦戦を強いられていく。
「兄上に― 陛下に援軍要請をせよ!」
数の上で劣勢だが、暫く奮戦する大公。しかし、地力の差から、ウィルに押され始め兄の皇帝に援軍要請をおこなう。
そして、今回ばかりはアリスタルフ1世もこの救援要請に、リヒテンスタイン艦隊を動かさざるを得なかった。
何故なら、これ以上戦力差が開けば右翼艦隊は突破される可能性が高いからだ。
だが、この決断は遅かったと言わざるを得ない。
現在のガリアルム左翼艦隊は、リュス艦隊約4000隻・ウィル艦隊約3300隻合計7300隻であるが、既にバラチオン艦隊は約3400隻、コンスタンティン大公約2200隻まで数を減らしている。
このタイミングで、リヒテンスタイン艦隊2000隻を投入しても、合計7700隻。
たった300隻差で、大公というお荷物を抱えながら、名将二人を相手に戦況を一気にひっくり返すことは難しいであろう。
「時間をかければ、数が多いほうが勝つのは自明の理である。各艦、奮闘せよ!」
両皇帝は、指揮をあげるため各艦隊に激を飛ばす。
大公の左側に陣取ったリヒテンスタイン艦隊のおかげで、ウィル艦隊からの攻撃が減り、大公の艦隊はようやく被害を抑えることができている。
このまま戦いが推移すれば、両皇帝や参謀本部の推察どおり、敵右翼艦隊が勝つであろう。
援軍を逐次投入しなければ、その時間を短縮できたのだが……
だが、今回その時間は彼らにだけ味方をしなかった。
「左翼艦隊司令官ブクスホーファー大将閣下より、通信が入りました。左翼艦隊は戦闘継続不可能、後退するそうです」
通信兵の悲痛な報告に両皇帝は思わず肩を落とすが、報告の続きを受け事態がさらに最悪な方向に進んでいることを知る。
「なお敵艦隊約3000隻が、右翼に向かったとのことです……」
「なんだと!?」
両皇帝は、この戦いの勝敗が決したことを悟った。
その理由は、参謀長のヴァイロッテルが説明する。
「恐れながら、陛下。大変遺憾ではありますが、この戦いの勝敗は決したと思われます……。敵の約三千隻の艦隊が、我が右翼かこの本陣を強襲しても、我が軍には最早それを防ぐ予備兵力はありません……」
そして、進言を付け加えた。
「かくなる上は、これ以上陛下の貴重な臣民を失わないためにも、そうそうなる全軍撤― 後退のご決断を……」
両皇帝もここから逆転できると考えるほど、楽観的でも愚かでもない。
「相分かった……」
ヴァイロッテルの進言に、両皇帝は全軍撤退の命令を下す。
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