決戦の地へ その2


 1月11日―


 1時間で外交書簡を書き終えたフランは、その書簡を渡すに際して使者にこのように申し付ける。


「解っていると思うが、奴らと会う時は徹頭徹尾低姿勢を貫け。我らに戦う意思は無いと思わせろ」


「はっ、重々承知しております。陛下」


 使者は諜報部所属のライネル大佐で、虚を実に見せるプロフェッショナルであり、今回の任務も彼の得意分野であった。


 彼はフランから書簡を託されると、部下を数人連れて高速艇に乗り込み使者として、惑星オロモウシに向かう。


 1月13日―


 その惑星オロモウシ宙域では、クリューコフ大将が到着早々に皇帝アリスタルフ1世に、今後の軍事行動を話し合う会議に呼び出されていた。


 彼の方でも艦隊の後退を具申するつもりであったので、この呼び出しは渡りに船だったのだが、その場にはドナウリア皇帝と部下達も列席しており、彼は嫌な予感を覚える。


 その予感は的中して、会議は彼の予想とは違った方向に進むことになった。

 皇帝アリスタルフ1世は、クリューコフの後退案に対してこう告げたのだ。


「貴官の作戦は素晴らしいが、予は暫く艦隊をこの宙域に駐留させて、ガリアルムの動向を注視したいと思っている」


「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 クリューコフとしては、承認し難い内容であったためにその理由を尋ねると、皇帝はある人物に視線を向けて説明を促す。


「ヴァイロッテル少将、説明を頼む」

「はっ!」


 それは、ドナウリア艦隊の参謀長フランツ・ヴァイロッテル少将で、彼は意気揚々と立ち上がると挨拶も早々にその理由を話し始める。


「小官はドナウリア艦隊参謀長フランツ・ヴァイロッテル少将です。説明は私から述べさせていただきます。我が連合軍は迫りくるガリアルム艦隊よりも数の上で優勢であり、これは我が軍の勝利を約束するものでございます。よって無用に後退する必要は無くここで待機して敵の行動を観察し、好機と見れば大攻勢をかければ良いと思われます」


 ヴァイロッテルの説明を聞きながら、クリューコフは顔をしかめた。

 確かにウムルやヴィーンは占拠されたとはいえ、現在の状況と戦力は圧倒的に自軍側が有利である。


 しかし、それでも敵には優秀な指揮官が多数おり、それを率いるのはあの天才的な軍事の才能を有する白い悪魔であり、彼女らがこのまま何事もなく引き下がるとは思えない。


「貴官の言うとおりだが、後退して時と距離を稼げば我らは更に有利になる。敵は補給が伸びミハイル大公の援軍も到着する。プルーセンも参戦するかもしれん。そうすれば戦局は一気にこちら側へと傾くだろう。そうなってから、攻勢を掛けても良いと思うが?」


 クリューコフはあくまで後退を主張するが、それに対してヴァイロッテルは反論を始めた。


「クリューコフ閣下は、些か消極的ではありませんか? 戦わずに後退をすれば味方の兵の士気の低下に繋がるでしょう。また、敵にこれ以上の侵攻を許すことになり、民衆の不安を招く恐れがあります」


 更にヴァイロッテルは、仰々しく弁説しながら続ける。


「いえ、不安だけならまだしも、離反や暴動に発展する可能性もあります。ここは多少のリスクを負ってでも、我らがここで待機して戦う意志があることを敵味方に見せつけながら攻勢を窺うべきです!」


 彼の意見を聞いて、クリューコフは反論しようとしたが、そのヴァイロッテルの次の発言は老将の作戦の問題点を突くものであった。


「それに閣下の作戦には一つ大きな問題点があります。それは、敵が我らの後退に乗ってこずに退却を始めた時のことです」


「……」


「閣下のおっしゃるとおり、敵の総司令官が優秀であれば、我軍の後退にあわせて全軍撤退する可能性があります。我が軍にはここより西に艦隊はおらず、その撤退を妨害できません。そうなれば、敵軍は悠々と自国領まで撤退を完了させるでしょう」


「……そうだな」

「ですが、ここオロモウシで様子を窺っていれば、追撃も可能です」


 クリューコフはそうなった時の為に、考えていた事を反論として口にする。


「それなら、態勢を整えてから奴らの領土まで追撃すればよい。それだけのことだ」


「我らが態勢を整えている間に、敵も態勢を整えるかもしれませんぞ? それに今はスウィードゥンを牽制しているエゲレスティアが、援軍を差し向けて来るかもしれません」


 実のところクリューコフ大将は、そうなった場合はそれでも構わないと思っていた。

 何故ならば、そうなれば祖国まで撤退すれば良い。


 今回オソロシーヤに被害は出ていない。よって、有利な状況なら戦うがこのまま無理な戦いをして被害を出す必要は無いと思っているからだ。


 だが、皇帝アリスタルフ1世の次の一言が、今迄の議論を無へと返す。


「クリューコフ大将。貴官の考えは解ったが、これ以上後退すれば世間は余と帝国を臆病者と罵しり権威は失墜するだろう。よって、余はここを離れるつもりはない。これは皇帝命令であり、貴官にも従ってもらわねばならぬ」


「陛下!?」


「貴官の作戦案は悪くないが、今回は見送らせてもらう。もし逆らうというのなら、貴官を反逆罪で拘束せねばならない」


「承知しました……」


 皇帝にそこまで言われては、クリューコフも従うしかない。

 何より両国の皇帝が後退するつもりが無いため、自分以外の者達が後退策を支持しておらず、彼らにとって皇帝の命令に従うことが軍人の仕事だからである。


 クリューコフは皇帝に一礼すると、会議室を出て行くのであった。


 かくして両国の連合艦隊はオロモウシ宙域に留まることになり、そこにガリアルムの使者を乗せた宇宙艇から通信が入る。内容はフランからの外交書簡を、渡したいというモノであった。


 書簡を持ってきた使者は、両皇帝に跪き低姿勢でまずは会見承諾の感謝の言葉を述べると、うやうやしく対応するドナウリア士官に書簡を渡す。


 士官から書簡を受け取った両皇帝は、その内容を見て内心驚いていた。

 そこには、演説で見せた高慢さや自信は無くへりくだった言葉で自軍が窮状にあること、そしてそのために戦闘には前向きではなく交渉による和平を望んでいる事が書かれていたからだ。


 それは、今迄の彼女からはあり得ないほど真摯な態度であり、皇帝達は驚くがこの態度は偽りで自分達を油断させるための罠かもしれないと疑う。


 会見の後に使者を来賓室に通した両皇帝は、緊急会議を行って意見を求めた。

 すると、参謀たちからもその意見が出て、こちらかも使者を送って様子を探ろうという意見が出されその方針が決まる。


 こうして、ライネル大佐はドナウリアとオソロシーヤの使者を伴って、艦隊に戻ることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る