決戦の地へ その1 


 1月6日―


 クリューコフ艦隊を追撃していたロイク率いる艦隊は、南モラビア星系に到達していた。


 ロイクはここに至るまでの道中、態と隊列を乱す事で隙を見せてクリューコフを誘ったが、老将は一切乗らず逃げに徹している。


 しかも、撤退するクリューコフ艦隊の陣形は、老将の手腕で見事なまでに整っており、敵艦隊の後方に一撃を加えて離脱する作戦を実行しても、離脱する前に反撃を受けるとロイクは判断した。


「ふむ…… 流石は歴戦の老将だな。撤退時でも付け入る隙が無いな」


 今後の方針を決めるために、追撃艦隊の司令官達を集めていた場で、この状況下でも冷静沈着なクリューコフに対して、ロイクは素直に感嘆する。


「閣下、優れた敵将への称賛も結構ですが、このままでは我らが艦隊は、皇帝陛下から与えられた任務を達成出来ませんぞ?」


 ウィルがロイクに声をかけると、彼は不敵に笑って答えた。


「確かにそうだな。だが、その当初の黒ロリ― 陛下の任務に固執して、無理に攻撃を仕掛けて、いたずらに兵力を減らすのも愚の骨頂だとは思わんか? その時の戦況に合わせて柔軟に対応する事も必要だろう。そうでないと何のために俺達高級将校がここにいるのか分からなくなる」


 ロイクの言葉を聞いた司令官達は納得し難い表情を見せるが、実際に彼の言う通りなので反論出来ずにいる。


「それに今回は、無理に策を弄して敵の兵力を削る必要もないだろう。我らがここで下手な策を講じて仕掛け敵の警戒心を強めれば、それこそ陛下の壮大な誘引策を邪魔することになる」


「それは理解していますが……」


「分かっているならそれでいい。まあ、後は状況を見て臨機応変に対応すればいい。このまま敵の隙を窺いつつ惑星ブルンまで追撃を続ける」


 そう言ってロイクは立ち上がると、他の司令官達に解散するように告げた。


 1月9日―


 クリューコフ艦隊を追撃していたロイク率いる艦隊は、一度も砲火を交えること無く南モラビア星系惑星ブルン宙域に到着していた。


「バスティーヌ中将とエドガーは、この宙域を確保して陛下の到着を待て。私の艦隊はもう少しだけ敵艦隊を追撃する。敵が誘いに乗ったらここまで誘引してくるから、それに備えておいてくれ」


「承知しました」

「了解」


 指示を受けた二人が敬礼するのを確認すると、ロイクは艦隊を前進させてクリューコフ艦隊の追撃を再開させる。


(まあ、ここまで逃げに徹した爺さんだ。乗って来ないとは思うが……)


 そんな事を考えながら、ロイクはスクリーンに映るクリューコフ艦隊を見つめていた。


 そして、彼のこの推測は当たっており、追撃の報告を受けたクリューコフは、部下にどのように対処するかと聞かれてこう答える。


「どうするもこうするも、警戒しつつ後続艦隊が駐留している惑星オロモウシ宙域まで、後退を続けるだけだ」


「敵はわずか4千隻あまりです。反転して迎撃すれば殲滅できます!」


 クリューコフの返答に不満そうな様子の部下に、老将は落ち着いた様子で話す。


「あの黒い艦隊の司令官の狙いは、我々の戦力を削ぐことにある。あの寡兵で追撃をしてきたのは、明らかに誘引目的と時間稼ぎだ。我らが反転すればそれと同時に、向こうも反転して後退するだろう。あの指揮官はそれが出来るやつだ。それが分かっていて、反転して時間を浪費する必要はない」


 クリューコフがそう説明すると、参謀達は渋々と言った感じで納得するが、若い士官達のその顔には不満がありありと浮かんでいた。


「お前さん達の気持ちは分かるが、我らは後退して敵との戦闘を避けたほうが得策なのだ。いや、必勝の策と言っても過言ではない」


 クリューコフが後退する理由は次の通りである。


 ガリアルム艦隊は、オソロシーヤ・ドナウリア連合軍が後退すればするほど追撃せねばならず、補給線が伸び地の利の無い敵国奥地に向かわねばならない。


 それに後退して時間を稼げば、ロマリアから救援に来ているミハエル大公艦隊と挟撃でき、それに加え参戦をちらつかせているプルーセン王国が本格参戦する可能性もあるのだ。


 そうなれば、ガリアルムは敵地で包囲され敗北は必至である。


「私はオロモウシの連合艦隊と合流すれば、そのまま全軍をガリーツィヤ方面まで撤退させるつもりだ。ガリーツィヤで、私はガリアルム艦隊を葬る」


 クリューコフが必勝の計画を語ると、幕僚達は感嘆の声を上げその言葉に全員が賛同した。


 1月11日―


 2日追撃をした後、ロイクはフランに通信を送る。


「 ―というわけで、敵将は誘引に乗らずにオロモウシ星系方面に撤退を続けております」


「そうか。ところで、私は敵の本隊は惑星オロモウシ辺りに集結していると考えているが、オマエはどう思う?」


「はっ。小官もそのように推測します」


 ロイクが答えると、フランは笑みを浮かべながら満足気にうなずく。


「では、オマエはもう少しだけ追撃して、敵本隊の位置を探れ。その後、ブルノまで退却してこい」


「御意」


 ロイクが敬礼して通信を切ると、フランは続けて他の司令官にも通信を送り指示を出し始めた。


「バスティーヌ中将、マクスウェル(エドガー)少将。貴官達は、東のアウステルッツに偵察艦を送り込み地形を念入りに調べよ。そこが戦場となるだろう」


「はっ」


 二人が敬礼して通信を切ると隣にいた参謀のクレールが声をかける。


「では、使者の準備をするので、書簡の作成をお願いします」

「ああ。精々情けない文章を書き連ねるとしよう」


 そう言ってフランは意味深な笑みを浮かべると、自分の部屋に向かった。

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