宿敵登場? 02


 例えあの通信で誤解したとしても、今まで再確認する時間も手段もいくらでもあったはずである。


 やはり、新兵の怠慢であると結論づけた彼女は、彼を窘めることにした。


 何故なら、一人の怠慢による失敗が後に全体に危険を及ぼすことは、歴史どころか人生でも知ることであろう。


「いくら新兵とはいえ、自分の所属する司令官の顔を覚えていないとは、どういうことだ。ネットなり先輩に聞くなり、今までいくらでも調べる機会があったはずだ。キサマのその怠慢がいずれ失敗を生み、艦隊全体を危機に陥れることになるのだぞ!」


「もっ 申し訳ありませんでした!」


 クレアの叱責に、新兵は平謝りする。


「仕方ないわよ~。新兵さんは初めての実戦で、そんな余裕なんてないわ~。私だって、初陣の時は~ 直属の上官の顔は覚えていても~ 司令官の顔なんて、覚えていなかったわ~ それに、私は映像写り悪いから~ わからないかも~」


「オマエは黙っていろ! このゆるふわ女!」


 いくら親友とはいえ、上官への暴言はいいのかとアーサリンは思いながら、新兵の弁護を真面目な話し方で続けた。


「別に末端の兵士が、特に新兵が司令官の顔を覚えていなくたって問題はないわ。会うことなんて、そうないもの。それよりも、戦い方と直接の上司とその上の者の顔を覚えて、その者の指示に的確に従い、規律を守り仲間と協調して戦える事をまずは目指したほうが良いわ」


 そして、最後にまたいつもの緩い口調に戻ってしまう。


「それに~ 間違いは誰にでも、あるもの~。大事なことは~ 反省して~ 同じ失敗を繰り返さないことよ~。解ったら、もう部署に戻ってもいいわよ~」


「しっ 失礼します!!」


 新兵はぎこちなく敬礼すると、脱兎のごとく部屋から退室する。


 その新兵の様子を見たクレアは今後の不安を感じて、ため息をつくと怒りの矛先を目の前のおっとり親友に向けた。


「さっき思い出したが、私が艦隊に向けた通信で大事なことを話している時に、<話が長い~><校長先生みたい~><疲れる~>って、野次を飛ばしていたな!」


「え~ そうだったかしら~ 私は毎日司令官として、色々考えないといけないから~ そんなことは、覚えていられないわ~」


「くっ このゆるふわ女…」


 アーサリンはゆっくりとした口調で、おとぼけを決め込むが、クレアの怒りは収まっていないようなので、


「それよりも~ ダージリンの良い葉があるけど~ どう~?」


 紅茶を勧めて話題を逸らす。


「もちろん、いただく」


 クレアもこれ以上、このゆるふわを問い詰めても仕方がないと考え、その提案にのって紅茶を楽しむことにする。


「それで、本国からの通信とは何だったのだ?」

「今紅茶をいれて、手が離せないから~ 読んでいいわよ~」


 <7月1日、バーデ=ヴィルテンベルク星系惑星ベーブンゲン宙域にて、英仏艦隊が露墺艦隊と会戦して、敵を壊滅状態にする大勝利>


 通信文はそのような内容であった。


「流石は、ホレス・エリソン中将だな。これで、オソロシーヤも同盟から離脱するな。そうなれば、マレンの戦いで敗北して戦力を失ったドナウリアも講和するしかないだろう」


 クレアの推察どおり、この後派遣した2艦隊に壊滅的損害を出したオソロシーヤ帝国は、数日後に対仏大同盟離脱を表明して、ガリアルムとその同盟国との間に和平の準備を始めることになる。


 アーサリンは机の上を占領しているチェス盤を、別の場所に移動させると紅茶の入ったティーポッドとカップを持ってきた。


「これで~ 私達の戦いも終わりね~ 良かったわ~」


 カップを片手に通信文を読みながら、嬉しそうにそう話すとクレアからこのような事を言われる。


「そう、それだ。プルトゥガルが和平提案してくる前に、少しでも南下して領土を占領するべきではないか? そうすれば、戦後に割譲される領土が増えるし、我々の功績も増えるじゃない」


 クレアは、最後の自分達の功績の部分は流石に気が引けたのか、声のトーンを落として発言した。


「それなのに、上層部は我々にこの惑星ポルトゥを占拠させた後、侵攻命令を出さないしアナタに言っても、はぐらかすだけだし…」


「無駄に犠牲を出して、南下しても今回はプルトゥガルから領土は獲らないわよ。今回の戦いで、我が国はドナウリアから、講和の条件で【ドナウリア領ネイデルラント】を得ることができからね。今回はそれで満足するのは正解よ」


 またもや普通モードで、その理由を説明する。

 どうやら、真面目な話の時は空気を読んで、普通に話すように心がけているようであった。


 アーサリンの言う通り、歴史上拡大する国は、近隣国に脅威とみなされ包囲網を組まれることがある。


 そのまま近隣が手を結んでも勝てないぐらいまで、領土を拡大して国力を有すれば問題ないが、少なくとも今の状況下では難しい。


 エゲレスティアは当初より、プルトゥガル王国に本格に進行するつもりはなく、あくまでその動きを掣肘及び牽制するのが侵攻の目的であった。


 だが、そのような消極的な行動方針は、兵士達の士気が下がり油断も生まれる。


 そのため、表向きは積極的侵攻としており、アーサリンもクレアの再三の侵攻催促をはぐらかしていた。


「人も~ 国も~ 欲を出すと~ 碌なことにはならないわよ~」


 あまり“普通モード”は維持できないのか、直ぐに元の“のんびり”した口調に戻ってしまう。


 大国オソロシーヤ帝国の同盟離脱は、他の同盟参加国にも影響を及ぼしゲルマニア諸国連合とプルトゥガル王国も離脱を表明して、和平条約を申し込んできた。


 そうなると、ドナウリア帝国単独では、ガリアルムとその同盟国と戦うだけの戦力は無く、遂に講和することを打診してくる。


 こうして、第一次対仏大同盟は崩壊して、ガリアルムは再び勝利を手にする。

 両陣営に多くの犠牲を出して…

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