第5章 Vive L'Empereur(皇帝万歳)
宿敵登場? 01
ベーブンゲンの戦いの報告を行ったクレールは、書類に目を通すフランに彼女がルイへのお見舞いに一度しか行っていないことに疑問を感じており、その真意を尋ねることにした。
「しかし、意外です。失礼ながら、閣下はロドリーグ提督が入院している集中治療室のある病院船に、もう少し足繁く通うと思っていましたが、手術が成功した当日に行ったきり、このブランシュで執務や艦隊指揮をおこなっていらっしゃる…」
クレールは疑問をぶつけた後に、自分の推考を相変わらずの言い回しで話し始める。
「どういう心境の変化ですか? まさか、今更ご自分のせいだと思われて、合わせる顔がないなどと殊勝な考えをお持ちになった訳でもないでしょう?」
フランは言葉の針でチクチクと刺してきたクレールに対して、支配者としての威厳を出しつつ少しドヤ顔でこう答えた。
「簡単な事だ、クレール。私には戦争以外にも、このように政務も執らねばならないからな。例え大切な者が病床に伏していようとも、為政者としての責務を放棄するわけにはいかないのだ」
そのドヤ顔を見たクレールは、いつものように表情一つ変えずに、自分の推察したゴスロリ姫の本音を語る。
「それで、本音は? どうせ『直接触れる事も会うことも出来ない、ガラス越しの面会に意味など無い』という合理的な判断でしょう?」
(集中治療室は面会謝絶なために直接会うことができず、見ているだけなら意味がない。これなら、政務をしている方が有意義に過ごせる)
集中治療室の前で、只々見守る事になんら意義を見いだせない、フランのこのような合理的思考をクレールはズバリ読み当てていた。
だが、更に加えるならフランが先程からチラ見している端末には、病室のルイの様子が常に映し出されており、これならルイを四六時中見守る(監視する)事ができ政務も出来る。
まさしく<一石二鳥>であるという合理的(ヤンデレ)思考の持ち主であることまでは、見抜けなかった。
数時間後―
【プルトゥガル王国】領ドーロ・リトラル星系惑星ポルトゥ宙域―
対仏大同盟の参加国である【プルトゥガル王国】を掣肘するために、中立国である【エスパーニア王国】から軍事通行権を得た【エゲレスティア連合王国】所属プルトゥガル侵攻艦隊は、エスパーニア領内を南下しプルトゥガル領内に入る。
国境を越えてから、駐留艦隊と小規模な遭遇戦を数回おこないながら、首都星リジュボンのあるリスボア星系を目指して更に南下を続け、現在ミーニヨ星系惑星ブラカ宙域にプルトゥガル侵攻艦隊本隊は駐留していた。
そして、そこから4日南下した先にあるドーロ・リトラル星系惑星ポルトゥ宙域に、プルトゥガル侵攻艦隊先遣隊5000隻が駐留している。
その先遣隊を率いるのは、アーサリン・ウェルティ少将。
並行宇宙のマレンの戦いで、ルイを失い野望に暴走したフラン率いるガリアルム軍を、ワーテルロー会戦で破ってその野望を打ち砕いた名将であり、まさにフランにとっては宿敵である。
旗艦<コペンハーゲン>の彼女の自室では、参謀であり士官学校の級友クレア・スウィンフォード大佐とチェスの対局を行っていた。
彼女達は出征してから、暇な時間は対局をおこなっており、ほぼ日課となっている。
当初は勝敗を記入していたが、15連勝を越えたところで馬鹿らしくなったので、今は記入しておらず連勝は遠征開始時から続いていた。
「チェックメイト」
優雅に駒を持つと盤上に置き、この遠征中に既に数十回この宣言をしたその女性は、髪は黒に近い茶色で邪魔にならないように髪留めでアップヘアに纏めており、前髪も視界の妨げにならないように左右に分けている。
凛とした美しい表情と背筋の伸びた姿勢、そのキビキビとした立ち振舞いから優秀な軍人であることが窺える。
一方盤を挟んだ対面のチェックメイトを受けた女性は、印象も顔も緩い穏やかな感じの美人で、髪は薄い金に近い茶色で肩より少し長いウェーブミディアムで、おっとりとした人物に見えた。
「あら~? あら~? また、負けちゃったわ~」
彼女はその外見通り緩い間延びした口調で盤を見ながら、ニコニコした表情でそのように発言しているので、悔しそうには見えない。
そこに扉をノックする音が聞こえたので、入室を許可すると新兵が本国から送られてきた通信文を持ってくる。
「しっ 失礼します! 本国からの通信文を持ってきました」
新兵は入室して緊張しながら敬礼すると、そう報告して凛とした女性に通信文を差し出した。
「司令官は彼女のほうよ…」
凛とした女性は少し呆れ気味にそう言うと、掌を上に向けて緩い女性を指し示す。
「うふふふ。ご苦労さま~」
緩い女性― アーサリン・ウェルティは、緩い口調で通信文を持ってきた新兵を労うと通信文を受け取る。
二人共休憩中で自室ということもあって、階級章の付いている上着を脱いでいたため、新兵が階級を確認することも出来なかったとはいえ、司令官を覚えていないのは怠慢と言えるだろう。
「そもそもいくら新兵とはいえ、自分の所属する司令官の顔を覚えていないとは、どういうことだ」
クレア・スウィンフォードは、その見た目通りの生真面目さで、新兵の怠慢を注意しようとしたが、艦隊出撃の時の艦隊への挨拶を思い出す。
「え~と、私が今回の出征で~ この艦隊を任された~ アーサリン・ウェルティです~ みなさ~ん よろしくおねがいしますね~」
アーサリンは、出生前の麾下の艦隊に向けた通信で、艦隊司令官の挨拶をこのように簡単に済ませるとマイクを置いてしまう。
「おい、他に艦隊司令官として何か言うことはないのか? 例えば、意気込みとか目標とか方針とか!」
参謀として側にいたクレアが、その短すぎる挨拶に対して異議を唱えると、彼女からは予想通りの緩い答えが返ってくる。
「そうね~ う~ん… ”みんな頑張りましょう”かしら~」
「オマエは学校の先生か(しかも幼稚園の)!」
彼女が貴族出身でノブレス・オブリージュにより、軍人になっていなければ幼稚園教諭が天職であったかもしれない。
「え~ でも~ 」
「もういい! 後は私が話す!」
のんびりまったりしたアーサリンに、業を煮やしたクレアはマイクを手にすると、自己紹介から始まり今回の作戦内容、目下の艦隊の作戦行動、近年の自国と世界の情勢、あと兵士の鼓舞などなど、アーサリンが1~2分だったのに対して、クレアは約10分以上と校長先生のように長々と話し続けた。
あの通信を見れば、司令官がクレアだと勘違いする者が現れても、仕方がないかもしれない。
見た目も彼女のほうが司令官っぽい…
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