パドゥアの戦い 02



 戦史が研究された現代において、斜線陣は敵に悟られれば対応される為に、このように事前にそうと解るように陣形を組むことはない。


 横陣から行軍に時間差をつけて、主力部隊を一番先頭に階段状に行軍する方法が、良く用いられる運用方法である。


「しかし、奴らの意図がわからん。これでは、対応しろと言っているようなものだ。それとも、何か罠が潜んでいるのか?」


 アルデリアン大将が敵の意図について考えあぐねていると、参謀長のマイアー中将がこのような進言をおこなう。


「これまで、連勝してきた敵の司令官が用兵の素人とは思えません。罠と考えるべきかと」


 彼の進言は、極めて正論で真意は得ているが、司令官が期待していた答えではなかった。

 そこに若い参謀が、思いついた策を献策する。


「このまま単縦陣で敵の兵力の少ない右翼に突っ込めば、突破できるのでは?」

「いや、奴らも馬鹿ではあるまい。我らが近づく前に陣形を鶴翼陣に変更するだけだ」


 だが、少し思慮が浅くすぐに論破されてしまう。

 そこに、オペレーターが慌てた感じで報告をしてくる。


「敵艦隊から投降を促す発光信号を確認。それと同時に国際標準チャンネルで、投降を促す通信が発せられています」


「モニターに映せ!」


 参謀の指示の後に、正面のディスプレイ・スクリーンが、フランの投降勧告の映像に切り替わった。


 そこに映し出された色素の抜けた神秘的な美少女に、一瞬CGモデルかと誤解する者もいたが、すぐさまその発言に釘付けになる。


「私はガリアルム艦隊総司令官フランソワーズ・ガリアルム大元帥である。貴官達は我軍の補給遮断によって、物資が欠乏し士気も低下しており戦闘が困難である。故に我が艦隊と戦闘を行なっても無駄死をするだけである。私としてもこの宇宙に無駄なデブリを増やしたくはない。よって、すみやかなる投降を勧告する」


 フランの不遜な投降勧告内容に、ドナウリア兵士は怒りを覚え投降への反発を覚えるが、次の言葉を聞いた途端に心境が変化していく。


「だが、我軍は貴官達ドナウリア兵士の勇敢さに敬意を評している。よって、それ相応の待遇を約束し更に講和条約の後に貴官達を祖国に返す事を我が名において約束するであろう。なお、一度でも我が艦隊に攻撃をしてきた艦は対象外とする。では、貴官達の賢明な判断を期待する」


 戦う前の投降勧告は、通常時なら国のために戦う兵士に受け入れられる事はそうはなく、『馬鹿め!』と返事が返ってくる事のほうが多い。


 だが、この投降勧告は物資の不足によって、空腹状態で士気が下がっている下級兵士には、とても魅力的に感じた。


 何故なら、勝敗に責任のない下級兵士からすれば、物資不足で戦うよりも投降したほうが生きて祖国に帰ることができる確率が高いからだ。


 このような大胆な条件を提示できたのも、フランが国の運営の全てを任されていて、彼女の一存で方針を決定できるからであった。


 ロマリア侵攻艦隊の司令部は、すぐさま通信を遮断する命令を出したが、発光信号によって多くの兵士が知ることになる。


 こうして、兵士達の間に交戦か投降かで、水面下で意見が分かれることになった。

 この投降勧告により更に選択肢を狭められる事を、苦々しく思いながら最善の作戦を思案する。


 作戦立案の為に偵察艦が送ってきたガリアルム艦隊の映像を、分析していた参謀の一人があることに気づき司令官に報告をおこなう。


「司令官、これを見てください。敵の右翼艦隊の二つは我軍とサルデニアから鹵獲したグラーツ型とヴェルス型と思われます」


「そうか…、そういうことか!」


 その報告を受けた参謀長も映像を見て、敵艦隊の斜線陣の意図に気づき司令官に説明を始めた。


「閣下、敵は我軍との連戦で艦隊を消耗しており、我が艦隊との数の劣勢を埋めるために急遽鹵獲艦を兵力に加えたのでしょう。それにより、鹵獲艦の習熟訓練が間に合わず、戦力として心許ないと思われます」


 参謀長の言う通り、各国の艦艇は操船方法が違うものが多く、そのために鹵獲艦を扱うにはそれなりの習熟期間を要する。


「それ故の『斜線陣』か!? つまり、戦力として期待できない鹵獲艦隊で、我が艦隊の一部を拘束して左翼の主力艦隊で決着をつける。まさしく、斜線陣の運用目的どおりということか」


 その読みは正しくフランも数合わせとして運用しており、戦力としては心許ないと思って斜線陣を採用していた。


「つまり、敵は鹵獲艦で積極的に、戦う気は無いということです」


 敵の斜線陣の意図がわかれば、後はそれに対して作戦を練ればいい。


 だが、熟考する時間を与えないとばかりに、ガリアルム艦隊が少しずつだが迫って来ている為に、彼らは作戦方針を早く決めなければならない…。


 ここから、司令官と参謀達の作戦立案の議論が始まる。


「こちらも左翼に主力を配置した斜線陣を組んで、相手の薄くなった右翼を攻撃して、戦場を突破するというのはどうでしょうか?」


「それは駄目だ。あの投降勧告を聞いた今の兵士達では、犠牲となる敵左翼と戦う艦隊を引き受ける者はいないであろう。最悪主力以外に配置された艦隊が、全て投降する可能性もある。そうなれば、主力が敵を突破する前に、敵主力に側背を攻撃される恐れが出てくる」


「では、このまま単縦陣形か紡錘陣形で、敵陣を突破しますか?」

「船速の遅い老朽艦にかなりの被害が出るな…。下手すれば、老朽艦から投降艦が続出するかもしれない」


 ガリアルム艦隊がジワリと迫る中で、白熱した問答を続けた後に参謀達の作戦は以下の通りに纏まった。


 当初案に出た左翼に主力を配置した斜線陣を組み、敵の兵力の薄くなっている右翼を突き抜けて、戦場を離脱できる可能性の高い作戦を実行する。


 それに際して、主力から艦隊の3割を占める老朽艦を排除して、その老朽艦から物資とミサイルを接収して、主力部隊の戦力を充足させる。


 もし、敵の陣形が変更されなければ、戦力の少ない敵右翼を突破して、その後老朽艦は投降する。こちらの陣形に合わせて、敵が主力部隊を右翼に配置させれば主力部隊で突破を試みる。


 どちらの状況でも老朽艦は敵と接敵しないように、その場で停止した状態で敵が攻撃してくるまで待機して、頃合いを見計らって投降する。


 投降を許可したのは、投降すれば祖国に生きて帰れるのに老朽艦で、しかも物資もなしで戦えと命令すれば、逃亡艦や投降艦が出る可能性が高く、最悪老朽艦が主力部隊に反旗を翻して攻撃してくるのを防ぐためであった。


「敵の陣形変更が間に合わないとありがたいのだが…」


「敵はこちらの変更を見てからなので、我らが変更開始を遅らせれば間に合わない可能性が高いでしょう。敵が陣形変更を終えていない所に突撃すれば、突破できるかも知れません」


「それに賭けるしか無いな…。では、まずは老朽艦から、物資とミサイルを移送せよ!」


 アルデリアン大将は、そう参謀とやり取りした後に作業の指示を出す。


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