パドゥアの戦い 01



 ロマリア侵攻艦隊が惑星チェセーナを進発して、本国を目指して北上を開始した頃、その情報を得たフラン率いるガリアルム艦隊も半日遅れて北上を開始していた。


 このまま両軍が北上すれば、航路が重なるウェネテ星系惑星パドゥアの宙域で接敵することになり、そこが今回の戦場になると両軍の指揮官は想定している。


 だが、両軍の総司令官によるその想定への考えは違っており、フランはそこで必ず会戦すると考えており、アルデリアンはそうならないようにと考えていた。


 このまま順調に進軍すれば、ボローナからパドゥアへの距離が近いガリアルム艦隊が一日早く惑星パドゥアの宙域に到着でき、余裕を持って戦いに挑むことができる。


 そして、ガリアルム艦隊は予定通り7日の行程を掛けて、ウェネテ星系惑星パドゥアの宙域に到達することができた。


 フランは周囲とロマリア侵攻艦隊が行軍してくる航路に、偵察艦を配置すると兵士達に交代で休憩を指示して、行軍の疲れを少しでも回復させることにする。


 それと並行で、各艦隊を事前の作戦通りに配置して、陣形を完成させた。


「準備は整ったな。これで、後はドナウリアのロマリア侵攻艦隊が来るのを待つだけだな。では、食事をしながら、少しでも政務の書類を片付けるか…」


 フランは自室に戻るとレーションバーを片手に持って、それを食べながら書類に目を通す。


 レーションバーとは、主に長時間の戦闘中など食事に時間を掛けることが出来ない時に、食べるものであり、数本で一回の食事の栄養が摂れる便利なものであるが、味は正直あまり美味しいものではない。


 だが、フランは一人の時は日常の食事でも好んで食べている。



 書類を持ってきたクレールが、王女であるフランがそのような侘しい食事をしているのを見て、その理由を尋ねた時に彼女はこう答えた。


「私は食事とは栄養を摂ることができれば、正直なところ味はどうでもいいと思っている。その点では、余計な時間を掛けずに栄養が摂れるこのレーションバーは、とても重宝している」


 フランのその持論に矛盾を感じたクレールは、このような質問をする。


「では、時間を掛けて、料理をお作りなるのは何故ですか? 矛盾していませんか?」


 クレールの矛盾とは、フランが食事に時間を掛けたくないと言っているのに、ルイの為に時間を掛けてシチューやカレーを作っていることであった。


「あれは、<男の心を掴むためには、胃袋を掴むと良い>という情報を得たので、実践しているだけだ」


 フランは『気になる彼の心を掴むには、胃袋を掴め! 簡単手料理特集!(中高生版)』と副題が書かれた雑誌をクレールに見せながら、その質問に対する理由を説明する。


「このような雑誌の情報を鵜呑みにするとは、殿下は意外とステレオタイプなのですね。私は、殿下は相手に合わせるのではなく、相手を従わせる方だと思っていました」


 クレールはその雑誌の付箋の貼られているページを見ながら、そう自分の考えをフランに述べると彼女からはこう返ってきた。


「時と場合によるな。私は何事においても基本的に主導権は握りたいと思っている。だが、今回の事は勝手が違うからな。それに、先人達がそれで勝利を得てきたなら、自分も見習って勝利を少しでも引き寄せようとするのは当然ではないか?」


 フランはあくまで冷静にそう反論するが、クレールはこう反論してくる。


「つまりは、好きな男には媚びるわけですね」

「参謀、言い方に気をつけろ…。あらゆる布石を惜しまないと言って貰おうか」


 フランは内心穏やかではなかったが、それを抑えながらあくまで冷静にそう反論するが、クレールは的確な指摘をおこなう。


「手料理を作って、女子力高いところを見せようとしているだけでしょう?」


「あー、そうだよ! それのどこが悪いんだ! 私はルイにいい女アピールがしたいんだ!」


 フランは最後に冷静さを失って、本音を言ってしまった。


 翌日、ロマリア侵攻艦隊が進軍してくる航路に配置していた偵察艦から、報告を受けたフランは全艦隊に陣形を維持しながら侵攻艦隊に向けて前進を命じる。


 その頃、ロマリア艦隊司令官アルデリアン大将の元にも、先行させていた偵察艦からガリアルム艦隊発見の報告が入っていた。


「敵の妨害電波により、正確な相手の陣形は解りかねますが、光学望遠での観測をコンピューターで処理させた予想陣形はこうなっております」


 参謀長のマイアー中将がそう言って、戦術モニターにCGによるガリアルム艦隊の予想陣形を表示させる。


 そこに映し出された陣形は、おおよそガリアルム艦隊の実際の陣形と合致していた。


 ガリアルム艦隊は最左翼にロイク艦隊の分艦隊ワトー代将が指揮する800隻、その横にヨハンセン艦隊3000隻。


 そして、そのすぐ後方にフラン艦隊3000隻、フラン艦隊の横にルイ艦隊1500隻、その右斜め後方5万キロの位置に鹵獲した艦隊の内1000隻、その右斜後方5万キロに残りの鹵獲艦隊700隻、合計10000隻で俯瞰から見ると階段状の陣形である。


「これは、所謂『斜線陣』か…?」

「そのように思われます」


 アルデリアン大将の確認の言葉に、マイアー中将は肯定した。


『斜線陣』とは片方(今回なら左翼)に主力を配置して、まず主力を前進させ、残りの部隊はわざとゆっくり前進させる。


 行軍に時間差をつけて、主力部隊を一番先頭に階段状に行軍することから、名付けられた陣形であった。


 当然、主力部隊が真っ先に敵と戦うことになるが、基本的に斜線陣の主力部隊は兵力を多く配置する為に、戦闘する敵部隊よりも兵数が多いため数的有利となり、敵部隊を撃破することができるだろう。


 そうなれば、兵数の少ない残りの行軍の遅い味方部隊が、敵と戦う前若しくは敵部隊と戦闘になっても劣勢になる前に敵部隊を撃破した主力部隊により救援か挟み撃ちをすることができる。


 ただし勿論弱点もあり、敵に意図を気付かれると兵数の少ない味方部隊に敵の残り部隊が急速前進して襲いかかり、数で劣る主力部隊以外の部隊が撃破されてしうと、主力部隊が逆に包囲されるという危険性をはらんでいるのだ。


 北ロマリア戦役最後の戦い『パドゥアの戦い』が始まろうとしていた。

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