サルデニア侵攻開始 01



【ドナウリア帝国】の北に位置する【ポルスカ王国】と【プルーセン王国】。

 その二国を抑える為のドナウリア帝国北方方面艦隊の総司令官はミハエル・フォン・ライヒ=テシェル(ミハエル大公)で、彼は現皇帝フリッツ2世の弟である。


 彼はドナウリア帝国軍最高の名将であり隣国との戦いを勝利に導いたが、その才能と人気を警戒した兄とその臣下によって、功績を上げにくい比較的安定している北方方面艦隊の総司令官に任命されていた。


 この宮廷の権力争いは、彼らにとっては不幸であるが、フランにとっては幸運である。

 彼が【ロマリア王国】方面総司令官に任命されていれば、侵攻作戦はもっと順調に行われ、フランは戦力に余力のない状態で戦端を開かなければならなかったであろう。


 一月六日、その彼の元に兄とその政権が、【サルデニア王国】への援軍を<【ガリアルム王国】が、宣戦布告してから送る>と、返事をしたと聞いて副官を相手に憤りを顕にしていた。


「馬鹿な、何を悠長なことを言っているのだ! 敵が宣戦布告をしてから、艦隊を本拠点から動かすと思っているのか!? 私なら我が国の援軍が来るのが解っているのだから、国境に艦隊を進めてから、宣戦布告をおこなう。そうすれば、我が国の援軍が来る前にサルデニアを叩ける可能性があるのだからな」


 彼の推測は当たっており、フランはこの通りに軍事行動を取る事を考えている。

 ミハエル大公が憤っているのは、政権の楽観的判断だけではなく、自分が中央に居ればこんな事にはという今の自分の立場への苛立ちでもあった。


 副官に愚痴を聞かせた後に、彼は冷静になって副官に謝罪する。


「すまないな…。貴官に言っても、仕方がないのにな…」

「いえ、それで大公の溜飲が下がるのなら…」


 副官も大公のその気持が解っているので、気にしないようにと促した後に、上官にこのような質問をおこなう。

「ですが、大公。今のガリアルムを運営しているのは、若干17歳の王女だと聞きます。そのような若い者が、大公と同じ考えに至るでしょうか?」


 フリッツ2世とその政権が、あのような楽観的判断をしたのも、彼と同じで若いフランを侮ってのことであった。


「ガリアルム王は、消極的な人物ではあるが無能ではない。そのような人物が、実の娘とはいえ、国の運営を任せたのだ。只者ではないと思うべきだし、優秀な参謀が側にいるかも知れないと考えるべきである。とにかく敵を過小評価するのは愚行でしか無いのだから、常に最悪の展開を想定しておくべきであろう。そうすれば、対応もしやすいのだからな」


 ミハエル大公は副官に軍人としての心構えの一つを語ると、続けてこのような事を考える。


(一応、中央に援軍はすぐに送るべきだと、進言しておこう。受け入れられるかは、わからないが…)


 だが、彼の予測は悪い意味で当たり、援軍は送られなかった。

 一月十六日、フランの予定通り艦隊の再編が済んで、新編成による訓練を始める。第三艦隊(通称ヨハンセン艦隊)の旗艦パンゴワンの艦橋で、ヨハンセンと副管クリスは少し困惑している。


 何故ならば、新しく与えられた新型戦艦の艦橋の一角に、お洒落な白いティーテーブルと同じく白い椅子が設置され、その椅子に更に同じく白いゴスロリを基調としたオリジナルの軍服を身につけたお嬢様が優雅に紅茶をいれているからであった。


 そのお嬢様シャルロット・ドレルアン、愛称シャーリィこと通称白ロリ様は、彼らが自分のことをチラチラと見ているのに気付くと、持っていたティーポッドをテーブルに置いて話しかけてくる。


「お二人も、ご一緒に紅茶をいかがかしら?」


 彼女はそのようにフレンドリーに話しかけるが、ヨハンセンとクリスは高貴な彼女の優雅なお茶の誘いにどのように接したら良いかわからずに戸惑っていた。


 二人共お茶の飲み方の作法など詳しくないので、粗相をしてこの眼の前の王族の機嫌を損なえばどのような目に合うかと思うと、気が引けて気軽に返事ができなかったのだ。

 だが、このまま返事をしないのも、断るのも角が立ってしまう……

 そこで、クリスは意を決するとシャーリィのお茶の誘いを受けることにした。


「では、シャーリィ様。せっかくなので、お茶をご一緒させていただきます」


 ヨハンセンも間を置かずに、自分もお茶の誘いを受ける返事をする。

 二人は艦橋にティーセットを勝手に設置しているを、注意することもできずに三人で優雅に紅茶を飲む。


 <白ロリ様>は特にマナーのことは何も言わずに、二人との優雅に紅茶を楽しみ、二人の不安は杞憂に終わる。


 そもそも<白ロリ様>がここにいるのは、ルイと彼女が軍本部で会った日に遡る。

 あの日彼女が軍本部に来ていたのは、ヨハンセンに会うためであり、その目的は彼が自分の上官に相応しいかどうかを見極めるためであった。


 シャーリィは、士官学校で優秀な成績を修めて飛び級卒業しており、特に天才的な艦隊運動(艦隊の戦術運動)の手腕を有している。


 ヨハンセンが、優秀な艦隊運動の手腕を持つ人物を探していると聞いたフランによって、彼女は上記の理由で会いに来たのであった。


 彼女はソファーに座ると、さっそく面接のように彼に質問を始める。


「ヨハンセン閣下は、どうして戦うのでしょうか? 名誉のためでしょうか? 権力を得るためでしょうか?」


 ヨハンセンは、シャーリーから質問が始まったことに、彼女が自分を見定めていることに気付き言葉を選びながら、尚且正直に自分の考えを話すことにした。


「名誉や権力を望むなら、このような業の深い職業ではなく別の方法を選びます。それに私は、エゴイストなので他人が戦った戦史は好きですが、自分が戦うのは好きではありません。なので、本音を言えば戦いたくなどないからです」


 ヨハンセンのその答えを聞いたシャーリーは、軍人らしからぬ彼の発言に驚きつつも、彼が普通の軍人ではないことを感じる。


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