第5話 一途な心

工場裏手から侵入したサトネは事務所に向かった。


「とりあえずパソコン、パソコンっと……」


何かしらの端末があれば、あのロボットに回線をつなげることができるはずだ。


サトネは病を患う以前より、その手の技術には長けていた。無論、ここ10年で幾世代かテクノロジーは進歩しているようだが、サトネにとってさしたる問題ではなかった。


「よし繋がった……リナ、聞こえるな。状況は?」


「まったく、サトネは昔から手際も物分りも良くて助かるよ」


リナの話によると、国連軍少佐と名乗った彼こそこの騒ぎの発端であった。


遡ること5時間前、グーテンベルクは軍用車両の一団をぞろぞろと引き連れて突如、この町工場を封鎖した。


軽装甲車と多脚戦車を合わせると計6両。


街中であればちょっとした騒ぎになろうかといった様相である。


が、幸か不幸かここは近畿地区の片田舎。


見渡す限り山林と田畑で点在するのは民家といった風情。


そんな中、これ幸いとグーテンベルクはひっそりと佇む一民間企業の私有地を我が物顔で占拠していた……筈だった、先程までは。


「ほんで、僕にできることは?」


リナは黙って権力の言いなりになるような女ではない、そんなことはどうせわかっている。


ならばこの事態、片棒を担ぐのは吝かではない。


「……ある。今からここを脱出する、手伝ってくれ」


「わかった」


「手筈は倉庫にいる青木さんに伝えてある」


青木という名前には聞き覚えがある。たしかこの工場の専務をしている男性だ。老齢の彼がひとり取り残されているということならば、救出にも行かねばなるまい。


「了解。ほな、あとで」


その声を聞き届けると、リナは無線のチャンネルを切り替えた。


「青木さん、そっちの準備は?」


無線は工場敷地の裏で待機中の建機運搬用トレーラーに向けられていた。


作業着姿の初老の男性が2輛目のトレーラーの運転席から姿を表す。工場の専務であり実質的な経営者でもあるこの男、青木康生(アオキ・コウセイ)だった。彼は至って冷静沈着な男であり、この状況に際して汗一つ見せてはいなかった。


「アイドル状態のフィールドブレイズの2号機が今、積み込み終わりました。車自体はこっちからリモート出来るし、そっちのタイミングでいつでも出せますで」


「了解!もうすぐそっちにサトネが向かうから……」


「2号機のコックピットに、彼を乗せたらええんですな?」


「……そういうこと!」


2号機は、形状の違う2本の操縦桿により制御されるT型コックピット仕様であり、リナの乗る1号機E型に比べいくらか居住性に優れる。当然ながら両手がフリーなので、機体のコントロール以外にも様々な機器の操作が可能である。サトネであれば問題なく扱えるはずだ。


「あと、青木さん。3号機は?」


「こちらもパーツ状態ですけど3号機、搬出終わりました。社長が時間を稼いでくれはったお陰で、なんぼか予備パーツも持っていけそうです。このトレーラーはオートクルーズでサトネくんの車を追っかけさせます」


「よし、突破口はあたしが作る。合図を待って、トレーラーを出してくれ」


「了解です」


リナーシャの目的は当初から陽動、時間稼ぎにあった。


組み上がっている1号機と2号機はともかくとして、パーツ状態にあった3号機は奪取、それが適わない場合は最悪破壊される恐れがある。


それらを安全に運び出す手筈が整うまではなんとしても倉庫内にグーテンベルク達の侵入を許すわけにはいかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る