第23話 支援局
廊下ごしにやりとりすると、また近所に怪しまれるから、場所を変えることにした。
自宅マンションのすぐ近くの公園に行った。
マンションがいっぱいあり、人通りもそれなりだから、いざというとき、人目もある。
実際公園で遊ばせている子供たちの姿もチラホラ見える。
「で、まずあんたは一体何者なんだ?」
「何者じゃないわ。ちゃんと名前はあるわよ」
女は懐から取り出した名刺を、俺の目の前に、差し出した。
黒いスーツの女は、一枚の名刺を取り出した。
「帰還者支援局……?」
そして、市川美星。
アースランド界交流委員会帰還者支援局と書いてある。昨今新聞やニュースで聞くことの多い機関の名前だが、帰還者支援局なんて部署があるのは初耳だ。
支援とは体はいいが、その物々しい風体からして察するに、実際は帰還者を監視するのが役割の大きな目的だろう。だが、重要なことを知っていることは察することが出来た。
今の俺には有用なことを知ることができるかもしれない。とりあえず、話の続きを聞くことにした。
「ふーん、それで――市川さん、俺たちに何の用だ?」
「美星、でいいわよ。修一君。」
「じゃあ、美星さん」
「帰還した子供達を物心両面から支えるのがわたしたちの仕事よ。私は、この近辺の町の帰還者を支援する任務についているの」
「支援?」
「そう、支援よ。既にその一端はみたかもしれないけれど、椋君には、当面の生活に必要なものが渡されているでしょ?」
「……そういえば」
椋は金は困っていないと言っていた。お墓に供える花も持っていた。秋奈と一緒に服を買った時も椋が自分でだした。
一体あの金はどこから、というのは疑問に思ったが……。
「これからも、毎月十分な生活費が支給されるの。それから医療費だってタダなのよ」
今も地球には貧富や格差の社会問題がなくなったわけじゃない。
それを考えると、十分すぎるほどの手厚い保護だ。むしろ不公平ともいうぐらいの過剰な優遇だ。
「それから心と体についても……今椋君は、体に異変が起きているでしょう?」
「そうだ! 椋は……椋に何が」
色々なことに疑問があったが、椋の体に起こったことが、今の俺にとって、一番大事なことだった。
俺の知りたいことをずばり核心を突いてくる。
この静香という女は、はぐらかそうとしているのではないことはわかった。
「彼は、5年前はごく普通の男の子だった。それが今は女性、そして猫の能力も併せ持っている帰還者となった。それは知っているわね?」
俺は頷いた。
「今、椋君の体は大きな変化が加わって、心と体が耐えきれないのよ」
「耐えきれないって、椋がどうしたんだよ」
「考えてもご覧なさい。普通だった子が、あんなふうに体を変えさせられたのよ。何もなく心身平穏にいられるわけがないわ」
あなたも見たでしょう? とばかりに俺の表情を透かしみるよう目を向けた。
鋭い眼光だが、綺麗な瞳だった。敵味方とかは伺い知れないけれど、人を騙したり陥れたりはしなさそうに感じる。
「あの子の能力をみたはずよ? 姿が変わっただけでなく、動物のような……いえ、ネコのような瞬発力、攻撃性――」
まるで俺と椋が二人だったとき、こいつも一緒にいるような口振りだった。
椋が俺にみせたあの金色に光った獣の瞳……そして墓場でみせた攻撃性と驚異的な跳躍……。
どれも人間にあらざる者の姿だった。
そして特に、あいつとの遭遇で超人的な能力を見せた後に様子がおかしくなった。
「体の機能は、数えたらきりが無いくらいに、起きているの。それは精神面に大きな負荷をかける。今あの子に起きているのはまさにそれよ」
「だからどういうことなんだよ、わかんねえ」
「今女の子の体、そしてネコの性質を取り込んだことによる生理現象で苦しんでいるのよ。つまり……」
一端口を紡いだ。そして息を吸った後、再び唇を開いた。
「発情期よ――」
「は、発……」
「動物の雌に訪れる、定期的な生殖本能の発露。たいていの哺乳動物には発情期はあるわ、むしろ無い人間の方が珍しいぐらいね」
思わず吹き出しそうになった。
「ば、ばかばかしい」
そんなことがあるわけ……。
「あなた、最近、椋君の様子がおかしく感じなかった?」
「……」
俺は思い出した。椋の様子がおかしかったことに。
妙に椋の匂いが漂ってきて、それにあてられたら無性に体がむずむずして……。俺は椋を犯しそうになった。
そして椋はそれを望んでいるかのように受け入れ・・・・・・。
「雌は雄を誘惑するフェロモンを発散するーーあなたはそれを身を持って体験しなかった?」
「な、なんだよ」
なんでそこまで、見てきたかのように知ってるんだ。
背筋が寒くなる。何もかも見張られていたような、恐ろしさを感じた。
支援局といいながら、ほとんど諜報しているようなものじゃないのか?
だが、同時に椋のことも言い当てている。的確に把握していて、俺はとにもかくにもこの人、静香さんの話を聞くしかなくなっている。
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