第21話 椋の異変

 俺は、部屋に戻った。

 そして、また静寂が訪れる。

 コチコチ……アナログ時計の針の音だけが部屋に響く。


「椋……」


 リビングの廊下の向こうの部屋を見ながら、呟いた。





 あの日。あの時のことが俺の脳裏によみがえる。

 墓場で遭遇したものとの対峙――

 そしてかかってきた電話は、秋菜の父親が何者かに襲撃されたという知らせ――


 来襲者は去り、秋菜からの電話も切れた。

 再び墓地は静まり返る。俺たちは果てしない静寂の中にいた。

 椋は、電話を切った俺の顔を見続けていた。

 たった今、秋菜に落ち着け、と言った俺だが、顔は青ざめていた。


「今の……秋菜ちゃんからでしょ?」

「あ、ああ……」

「何が、あったのさ……」

「椋、お前が悪いわけじゃない」


 さっき現れたもう一人の帰還者「イツキ」の姿が思い起こされる。

 状況からいって、あいつの仕業に違いない。

 血の跡も町の人々に対する憎悪も全て一致する。


「秋菜の父ちゃんが……」

「……」


 椋からの返答は無かった。何が起こったのか全てを察したようだった。

 ついさっきまでふるん、ふるん、と揺れたり、怒気にそまったときには、逆立っていた尻尾。

 見る見るうちに、力を失い、尻尾がだらん、と垂れ下がっていく。耳もしおれたように……。


「ボクは、こんなことのために……帰ってきたんじゃない」


 せっかく椋と秋菜の父ちゃんとの邂逅で、永久凍土と思われたわだかまりは、溶け始め、良い方向へいったと思った矢先なのに……

 椋の思いがようやく長い時間を超えて、実ろうとしたばかりだったのに。


「ああ、わかってるよ」


 俯いていて、その表情は読みとれない。だけど、声が涙ぐんでいるのがわかった。

 とてつもない悲しみと無力感に襲われている。


「椋!?」


 椋のその細い体が、崩れ落ちるように膝をついた。

 俺は駆けよって、その肩を掴む。その細い体を支えた。


ハァハァ……


 椋の息が荒い。


「大丈夫、一人でも……」


 そのままなんとか立ち上がろうとする――


 が……


「大丈夫じゃねえよ」


 明らかに様子がおかしい。椋の肩を抱えて家へ向かう。

 町の外れの墓地からは距離がある。それでも俺は椋を抱えた。

 夕暮れの道を抱えて引っ張っていった。


 今の椋の体は、細く軽いとはいえ、既に思春期に入った少女のものだった。

 軽々と、というわけにはいかない。

 二人分の重さの中、長い帰り道をゆっくり、一歩一歩家路についた。

 その間ずっと、俺に肩を借りっぱなしだった。


「ごめん……」


 ようやく一言、それだけを言った。 

 尻尾はずっと垂れっぱなしだった。

 ようやく部屋に到着し、部屋に椋を運ぶ。ベッドに横たえた。


「しっかりしろ、椋」


「ありがとう……」


「何か、欲しい物は無いか?」


「このまま、そっとして……くれ……ないかな」


「わかった、隣にいるから何かあったら呼んでくれ、な? 後で飯持ってくるからな」


「う……ん」


 そして、椋は部屋にそのまま閉じこもってしまった。

 この俺も、部屋のドアの前に、水と食事を置くだけだった。

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