第20話 揺れ動く町
「七時のニュースをお伝えします。故郷へ戻った帰還者たちは、祝福の声で迎えられ、各地で歓迎の催し物が行われています」
重苦しい時間が流れていた。
テレビが流すニュースの内容も、今の俺の頭に入っていかない。
部屋のソファに一人座ってただ、時間が過ぎていくのを待っていた。
壁に掛けた時計の音だけがかちかち鳴っている。
ピンポーンという音が居間に鳴り響いた。
「秋菜か!?」
今、俺のとこに来る奴は、限られているはず。その中で思い当たるのは……。
思わず玄関に飛び出す。
だがドアをあけるとそこに立っていたのはーー。
「どうも、こんにちは」
「!?」
見知らぬスーツ姿のおっさんがいた。七三分けに、黒縁の眼鏡。日に焼けた肌。
薄気味悪い笑顔を浮かべている。そして、ぐい、と強引にドアを開けて身を乗り出してくる。
ドアにチェーンをかけておいてよかった、と俺は思いながら、ぶっきらぼうに、声をかけた。
「あんた、誰?」
いったい誰だ。近所の人とか、一度会ったことのある類の人物ではなく、あまり歓迎すべきではない人物であることは、直感的にわかった。
「こちらに椋さんがいると聞きまして」
「はあ? 何であんたが知ってんの?」
だが重要な問いには答えず、さらにけしかけてきた。
「お宅の椋さんに、是非これを、と思いましてね」
きれいなデコレーションの箱を差し出してきた。男は、それを俺の目の前で開ける。
箱には、ぎっしりと詰まった指輪や、髪飾り――
女の子用のアクセサリーだった。
それも安物じゃない。かなりの高級品と思われる。この手のアクセサリーに興味のない俺でもなんとなくだけれど、わかるものだった。
「ああ?」
「椋さんには絶対似合いますよ。是非ともこれを椋様に、お渡しいただければ。そうそう、これからもなにとぞ、我が社おはからいを」
箱には名刺が添えられていた。名前は山本……まあどうでもいいや。山田だろうが山下だろうが。
ともかく、この近辺に営業所のある会社らしい。
「あんた、何言ってんの?」
「ああ、椋さんのお気に召さないようなら、別のものをお持ちいたしますよ。何せ、この町の「帰還者様」なのですから。我々が是非ともお力添えになりますよ」
「帰れ!」
バタン、とドアを閉めた。
2、3度ピンポンとチャイムをならされたが、無視した。
だが、望まざる来訪者は、こいつ一人だけではなかった。
いったいどこで居場所が割れてしまったのか……というか隠していたわけではないので、いずれはばれるのかもしれないが、それにしても早かった。
修一の想像以上に周囲の視線があったということだ。
もともと両親が仕事の都合でいなかった俺にとって、一人暮らしに付き物の悪質な勧誘には、経験済みだったが、とにかくそれ以降はそれが酷い。
それも、目当てとするのは、椋――。
「まったく、現金なもんだ」
椋に未だ警戒を持つ連中もいれば、逆に擦り寄ってくる連中も現れた、と推測された。
新たなこの世界の特権階級だと、考える目聡いのがいたのだ。
他にも招かれざる客がやってきた。
例えば……。
「この名画を椋さんのお部屋のインテリアに」
またこんなのもいた。
「金箔で出来た食器と家具のお届けにあがりました」
「帰れ! 椋から言われている。今は誰にも会わないとよ!」
そういう奴らを、俺はことごとく追い返した。
だが……気配を伺っていなくなった頃合いに、玄関を開けてそっと部屋の外へでると――
そこに、さっきのおっさんが持っていた箱が名刺もしっかりついていやがる。
他にも、勝手に置いていった花束や衣装なんかもあった。
「ご近所さんに悪いな……」
「あれ?」
隣の部屋がひっそりとしているのに気がついた。
お隣は退職した老夫婦が住んでいたはずなのに、表札も消えてがらんどうだ。
いつの間にか、いなくなっていた。
そんな媚びるような奴らが、やってくる一方で……。
「帰還者」の近隣に住みたくない。
仕返しを怖れて、直接は言わないのだ。
椋は絶対にそんなことはしないのに……。
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