第19話 襲撃者

 木と木それぞれに登った二人の人影が声を交わし続ける。


「椋がいつまでたっても実行しないで、こんなとこでのろけてるから手伝ってやろうと思ってな」

「お前には関係ない。そもそもこの町の人間じゃないだろう」


 なんだ? この剥き出しの敵意。異様に椋がいきり立っている。


「ははは、こっちはもうことが終わったのさ。あらかた片づけたからな」


 もう片方は椋より一回り大きい。女の姿のネコ人間だった。

 椋と同じように耳や尻尾をうねらせているのも同じ。


「まさか、お前……本当にやったのか?」

「命乞いするんだ、見苦しいったらありゃしない。俺を騙して送り込んだくせによ」

「人を傷つけるなんて最低だ」

「俺達は今何をしても許されるんだ、その為の力だってあるんだ。使わない手はないさ。お前だって今……そいつを食べ……」

「やめろ! それ以上言ったら許さない!」


 何だ? 椋が俺に何をしようとしていたんだ?


「はは、そいつの男も不幸だな、けだものになった椋に狙われてさ」

「ちくしょう!」


 相手の言葉を遮るがごとく、椋が相手のいる木へ飛び乗ろうとした瞬間、凄まじい速さでそいつは木から飛び降りた。

 白い影となり、あっというまにこの墓から消えた。

椋はそれを追わなかった。


 なんだったんだ?あの姿からすると、椋以外の帰還者だ。

 でも、あいつの凄まじい身体能力、そして椋もそうだった。


「ごめん、椋。また変なとこ見せちゃって」


 椋は元に戻っていた。

 俺は別にあの獣のような椋には、もう驚いていない。

 ああいうときでも椋はあくまでも自分を失っているわけではないことを知っている。

 椋は椋なんだ。

 だがあれを知らない人間が見たらそうとうな恐怖だ。

 

「今の奴一体誰だったんだ?」

「イツキ。ボクとは別の帰還者……」


 やはりそうだったか。帰還者は人数からしてどの町にもいる計算になる。

 どこで遭遇してもおかしくはない。


「なんでそんなのがこの町に……」

「あいつはこの世界に残った人間を恨んでたんだ。特に自分を騙して送りこんだ偉い人とかその取り巻きとか」


 借金を抱えた家族の弱みを突かれ、地元のヤクザなんかに脅されたり、嫌がらせされ、断れば自分自身や家族に危害が及ぶような状況に追い込まれたらしい。

 こと、隣町のお偉いさん方は、秋菜の父さんとは偉い違いで、汚職、談合、あまり良い噂を聞かなかった。

 強引な手法だったのも想像に難くない。


「真っ先に復讐をするって言ってたんだ。ひょっとしたらもう隣町の人たちは」


 最悪だ。あんなのに狙われたらひとたまりもない。警察が束になっても敵わない。

 それに今は帰還者の地位を得ている。誰も逆らえない。

 人々が脅えていた理由がわかったような気がする。

 俺達の立場はそこまで不安定だったのだろうか?

 俺は、さっきの白い影がいた木の枝に近づいた。

 おかしい。何か生臭い臭い。


「あ!?こ、これ」


 血だ。さっきの奴がいたとこに血痕がついている。

 一体誰のだ?あいつの血でないことは確かだ。怪我をしている雰囲気はなかった。


 何か胸騒ぎが始まった。嫌な予感。

 その時、俺の携帯が鳴った。

 秋菜! 発信先は秋菜だった。 何があった!?

 俺はポケットから携帯を取り出した。


「秋菜! 秋菜!」


 大丈夫か?


「し、修一?」


 果たして秋菜の声だった。今にもはち切れそうな、悲痛な声だった。


「よかった。大丈夫―」

「修一……助けて、お父さんが……お父さんが大変なの」


 な、何だと? あの町長が?

 冷や汗が背中を流れた。電話の向こうの秋菜は今にも崩れおちそうな声だった。


「今どこにいるんだ?」

「今病院からかけてるの……」

「なんでだよ」

「お父さん集中治療室で治療受けてるから……」

「なんでだよ、昼に見たときは元気そうだったろ」

「強盗が入ったらしいって。家の書斎で血まみれで倒れてて。でもおかしいの、何も盗られてなくて、しかも鋭い何かで抉られたように服が引き裂かれてて」


 俺はその犯人が思い浮かんだ。たった2、3分前に遭遇したもの。

 あの白い影なのか?


「何で? 何でお父さんがこんな目にあわないといけないの?」


 秋菜はついに泣き崩れた。

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