第18話 墓地での誘惑

 その日の夕方。

 俺は椋の母親の墓参りに付き添った。

 家から少しあるいたところにある寺の傍ら。ここに椋の母親がいる。無縁仏の墓だった。

 ちょうど山の中腹にあり、町が見通せる景色のよい場所だった。

 その前には椋が朝に備えた花が挿してあった。


「いつもここに来てたのか……」


 静かな場所だった。赤い夕焼けの中、陽が沈むのが綺麗に見える。


「母さん、この町の景色が好きだったんだ。いつも僕をここに連れてきてくれて」


 椋が物心付くか付かない頃に記憶という。

 椋の母さんは椋にどんな思いを託していたのだろうか?


「母さん、この男の子が修一だよ、僕の大切な人」


 墓に向かって椋が語りかけている。

 いろんな運命に翻弄され、今ここに立つ椋にどんな言葉をかけているのだろう?

と、椋がお墓に向かったまま俺には背中越しに語りかけてきた。


「修一、覚えてる? 僕が出発する日のこと」

「ああ、忘れもしない」


 雨が降っていた。迎えの車に乗り込む椋を見送ったのは俺だけだった。


「修一。一人だけだった」

「そうだな」


 妙に感傷的だな、と思った。そもそもなんで椋は俺をここに連れてきたんだ?


「僕、その時思ったんだ。僕には修一しかいないって!」


 ふと、椋から妙な香りが、やば、クラクラしてくる。

 おかしい。体が動かないぞ。それになんかムラムラしてきて……。

 今までそれほど、意識してこなかった椋の体から急に目が離せなくなった。

 いや、改めて見ると今の椋は凄い綺麗な少女だ。肌も白いし、体はスリムで……。なんで今まで気にならなかったんだろう。


「修一、修一……」


 体を寄せられると、もっと椋の体臭が漂う。

 それに乗せられ、体がドンドン熱くなり欲求が高まってくる。

 抱きたい、抱きしめたい、その体を。

 自分の本能の欲望が増幅される。

 椋の体が欲しい、椋を―


 犯したい。


 いつの間にか、椋の体を抱きしめていた。

 その体を抱きしめていた。

 俺はただの発情期の一匹の雄になっていた。

 墓場の前で始まる雄と雌の交尾。

 椋の体を撫で回す。

 服に手を入れ、その手が椋の股間を弄んでも抵抗はしてこない。

 ただされるがまま。

 その手で触ってみてわかる。

 何もない、女の股間だ。

 本当は、椋の体が変わり果てたことに驚くべきなのに、

 今の俺はただ性の欲望しか、考えられない。

 なんて野蛮なのだろう。本能をむき出しにした俺。

 嫌だ、椋を手にかけたくないという理性は、この心地よい臭いにかき消されていく。

 もう駄目だ。服の上からじゃ満足できない。

 椋の体に直に触れたい。

 俺は胸元に手をやり、椋の服を引き裂こうとした。


「ギィ、ギャアアア」


 その瞬間、体が凍った。椋が例えようもない叫び声をあげたのだ。

 俺が今までに聞いたどんな獣の鳴き声よりも戦慄する声だった。

 それも怒りの声。

 何が起こったのかわからなかった。体が動かせない。椋は昨日俺に見せたあの獣のような姿になっていた。

 ネコのような瞳孔、鋭い爪の生えた手、口から食み出るほどの牙。


「フー、フー、、ギャァァ!」


 全身の毛が逆立っている。怒っている猫そのもの。


「な、なんだよ」


 さっきの興奮もあっというまにどこかへ。

 何が何だかわからない。椋は、なおも怒り続ける。激しい息とうなり声で威嚇している。

 体を弓なりにくねらせた次の瞬間、凄まじい跳躍を見せ、近くの木に飛び移った。

 次の瞬間、白い影がザッと木の枝に生い茂った葉っぱから飛び出した。

 その白い影は別の木に飛び移った。

 影をよくみると人の形をしていた。

 木の枝に乗りかかるようにしがみついていた。

 いや、よくみるとあれは……。


「なんだよ、椋。そんなに怒るなって」


 その人の形をしたものは耳と尻尾を持っていた。

 椋と同じものだった。


「何でお前がここにいる!」


 椋の怒り声が木の枝から聞こえた。椋の知っている奴なのか?

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