第17話 悔恨

 んで、俺達は隣町のデパートまで足を伸ばした。


「ほら、これ椋ちゃんに似合うと思うな」

「え?こ、これちょっと大胆じゃ……」

「駄目よ、椋ちゃんは知らないかもしれないけど、女の子って少しぐらい派手にして他よりもアピールしないと」


 遥か遠くで二人の声が聞こえる。今は下着のコーナーだ。

 ああ、ちくしょう。俺にも椋のコーディネートさせろってんだ。秋菜の奴、荷物係にしやがって。大体 椋が怖くないとわかったらすっかり打ち解けやがって。

 椋ちゃんなんて呼ぶようになって、なんだか旧知の女友達みたいだ。まあ俺が服選べって言ってもわからないのだが……。


「お待たせ、修一。はい、これよろしくお願い」


 秋菜と椋が戻ってきた。いきなり俺のベンチにドサっと紙袋をさらに数袋置いた。


「チョ、なんだよこれ」

「何って修一、はい。持ってって」

「もう持ちきれねえよ!」

「修一、僕が持とうか?」

「いいっていいって、女の子に荷物持たせたら男が廃るって」

「秋菜が言うんじゃねえ!」


 まったく……秋菜に変な知識を椋に教えられると困る。

 時折、椋の大きな帽子を目に留める通行人がいたが、見つかることは無かった。

 尻尾も上手く体に隠していた。

 3人で食堂でランチを食べているとき、設置された液晶大画面からニュースが流れていた。

『帰還者の受け入れ先でトラブルが続出』

 と流れている。

 トラブルって何だろう?


「今日はありがとう、秋菜さん」


 ショッピングを終えて、再び戻ろうと店を出た。


「いいえ、こちらこそ。これで明日から安心ね」

「おう、まあ何だ間だ言って助かったわ」

「言っとくけど、椋ちゃんに変なまねしたら承知しないからね」


 なんだよ、信頼無いんだな俺って。


「なんだあれ?」


 店前の送迎用ターミナルに黒塗りのハイヤーが止まっているのに気が付いた。

 それに数人のスーツの男が……。

 しかも俺達を認めるとこっちへやってきた。誰だ?この男。どっかでみたことがある気がする。


「あ! お父さん……」


 真ん中の恰幅のいい白髪頭の男を見て秋菜が叫んだ。

 秋菜の父親。

 一人進み出てくる。後ろに控える他のスーツの男も緊張した面持ちだ。あいつらもどっかで見たことがある。

 あれは、確か町のお歴々。俺も椋も深からぬ因縁がある。


「お、お父さん、どうしたの?」

「秋菜、椋君と話がしたいんだ。今は静かにしてくれるかい?」


 優しくそれでいて強い意志を感じさせる強い口調だ。長年町長を勤め、町の人々に慕われた威厳を感じさせる。


「秋菜ちゃん、こっちへ来てください」

「え?でも……」

「お父様がそう仰られてるのです」


 あの中年の男は秋菜の父ちゃんの秘書だ。秋菜はその男に連れられて、また店の中につれられていった。秋菜の父ちゃんと、椋から見えない場所まで。


 秋菜がいなくなったとこで椋が口を開いた。


「久しぶりですね、町長さん」

「お帰り、椋君。元気そうだね」

「まいったなあ……そんなつもりじゃなかったのに。僕が呼びつけたみたいで」

「そんなことはない、本当は私のほうから来るべきだったんだ」


 なんという状況の変化……。1年前に無抵抗の椋を生贄のように差し出した町の中心人物が、今は椋に打ちしおれるように雁首を並べている。


「びっくりしましたか? 今の僕随分変わっちゃって」

「そんな、ことはない」

「僕、向こうの世界の環境の影響でが雌化しちゃって女の子になっちゃったんです。助かりました。秋菜ちゃんが色々教えてくれて」


 と、椋が、頭に被っている大きな帽子を取った。取った瞬間に耳がピョコンと跳ね上がる。ネコミミだ。

「あと、異世界に行った時、お土産もらったんです。ほら」


 椋の意志に合わせるように、ピョコピョコ動く。そしてスカートからは大きな長い尻尾がウネウネとまくりあがる。


「みんな、修一にも秋菜ちゃんも可愛いって言ってくれたんですよ、これ」


 それを見るなり、明らかに男達の顔に戦慄の顔が浮かんでいた。俺達は、そりゃちょっとはびっくりした。でもあれはちょっと度が過ぎている。真っ青に青ざめて、死刑宣告を受けた被告のようだった。一番後ろの男など、足が震えているのが俺からもわかった。


「済まない!椋君。この通りだ。私が悪かった」


 秋菜の父ちゃんはその場に手を着いた。土下座。椋の前で地面に手を着いた。


「どうやったら君達の怒りを静められるかわからない。でも……やれることならなんでもする。だからどうか誰も傷付けないで欲しい」


 額を地面に擦りつけ、


「私はどうなっても構わない、好きにしていい」


 あれ?この光景どっかで見たような……。


「僕はわからないよ、何でみんなそんなこというんだろう? 町長さんも、修一も……」

「やめてください、町長さん。秋菜ちゃんに見られたらどうするんですか? だから僕は行きたくなかったのに……」


 椋はそっと地面に膝をつく秋菜の父ちゃんの肩に触れた。

 俺はその時初めて知ったことがあった。

 椋や俺を翻弄した大人たちの思惑。そして秋菜の父ちゃんの犯した罪。

 5年前の騒動の際、連れて行かれる生け贄要員は秋菜が候補の1番だったこと。

 混乱する町を抑えるためには、もはや町長の娘がみんなの身代わりで行くしかなかった。

 それが、この町を任された責任あるトップの判断。

 だが……町長も人の親だった。一人娘の秋菜を二度と戻らないかもしれない遠い旅に出すのは忍びなかった。

 温厚、人徳と慕われ自分自身もそのことを名誉としてきた町長はその時、初めて非情になった。

 身寄りのない施設暮らしの椋に迫ったのはその直後だった。


「秋菜ちゃんには何も話してませんからー」

「すまない、すまない……」


 崩れ落ちた秋菜の父ちゃん。ずっと心の中で苦しんだのだろう。

 あの時はみんなが正常ではなかった。心の中にある醜いものの存在を知った。

 そして椋は知っている。秋菜の父ちゃんの親として娘を思う気持ち、

 そして同じ人の子の椋に向けられなかった後悔の念。

 俺だけの問題じゃない。椋をどうむかえるか俺達が背負った課題だ。

 この町が背負った十字架。


「さ、行こう、修一。秋菜ちゃん、どこ言っちゃったのかなあ?」


 椋が歩き出してその場を後にしても、秋菜の父ちゃんと大人の男達はいつまでもその場に佇んでいた。

 見えなくなる瞬間、最後に一礼したのは、俺も椋も実は気づいていた。

 皆わかっているんだ。みんな俺と同じように椋のことを考えている。

 ショッピングが終わり秋菜とともに帰って、マンションの玄関前で別れた。

 秋菜も何か勘付いたのか、俺達と父親の間にあったことについては何も聞かなかった。

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