第13話 星空
五年前のあの夜。俺は走っていた。
真っ暗な山の中を――。月の無い夜空の下、星明りだけが頼りだった。
森の中は恐ろしく静寂で、暗かった。
心細く押しつぶされそうなほどの暗闇と静寂をかろうじて押し返すことができているのは、俺の握る手の中にある温かみ。
俺の後ろでぴったりとついてくる足音があるからだ。
俺を頼りに、黙って俺の後をついてきている。
椋の温もりだ。
熊笹や、木々を掻き分け、俺が突き進んでいくと、椋もついてくる。
やがて到着したのは、山の森の斜面だ。人が入ってきそうもない茂みを掻き分け進むと広がりが現れ、草むらに覆われた斜面があった。そこにちょっとした洞穴があった。
俺自慢の秘密の隠れ場所。そしてついこの間椋に教えてやった場所だ。
ここなら誰にも見つからない。
ここを知っているのは秋菜ぐらいかー。
ついにこの秘密基地がその役割を果たす時がきた。
『ど、どうしたの?修一? こんな時間に』
『椋、いいからここにいろ』
露で靴はびしょびしょだ。
もうすぐ夜が明ける。
ついさっき、俺は上手く見張っていた大人たちの隙をついた。
椋は町で一番厳重な建物で監禁状態。
監視下に置かれ部屋から外に出ることも禁じられて、静かにその時が来るのを待っていた。
見張りの交代のわずかな時間、監視の目がゆるむのだった。
『駄目だよ、朝になったらお迎えの車が来るんだから』
椋は突然現れた俺に目を丸くした。
そんなのは俺でも知っている。そのことは既に町中に知れ渡っている。
椋は異世界へ連れ去られる生け贄にされる。
そして明日は、椋の出立の日だ。
選ばれた子供たちが異世界へ連れ去られる。行ったきり、もう二度と帰ってこない旅。
この当時はみんなそう思っていた。大人から子供まで。俺自身も。
おかしい。なんで椋が―。
そんな自問自答の末ついに決行した椋の救出作戦だった。
そして連れ出した。
この秘密基地でしばらく隠れていれば、やりすごせる。
椋もあんなとこに行かないで済む。
雲ひとつない夜空を眺めた。
空気が澄んでいて沢山の星が見えた。
星をみつつ心で呟いた。
嘘だろ?
椋が明日にはこの星の下にはいない。どこにもいない。
どこか遠くの世界に行く。
「ちょっと待ってろ、この辺りに蝋燭が……」
洞穴の中は真っ暗で、何も見えない。
「ええっと……」
ガサゴソと手探りで暗闇をまさぐる。
この辺りには色々と持ち込んだ道具が……。
「あったあった」
小さな箱を探り当てた。マッチが入っている。それに細長い蝋燭。
シュっという音と共に、火が起こる。
特有の赤燐の匂いは鼻につく。
マッチの火を蝋燭の芯に移す。
直後、オレンジの仄かな明かりがぽうっと灯った。
穴の辺りを照らした。
『修一……』
ゆらゆら揺れる蝋燭のオレンジ色の炎。その向こう側に、俺の顔をじっと見つめる瞳があった。
微かに映し出される椋の顔だ。
ショートカットの髪と綺麗な瞳、そして綺麗な顔。少し女っぽかったっが確かに、この時の椋は男の子だった。
「なんで、なんでボクのことを、そうまでしてくれるのさ」
よく意外に思われていたが、椋は運動神経が良かった。
「お前と一緒にまたサッカーしたいんだよ、野球も、椋に勝つことができなくなっちまうだろ」
クスっと笑った。
「あ、笑いやがったな」
「だって……」
長い間、かけっこも、サッカーの腕も、ボールを投げる距離も、身長も、椋に負けてばかりだった。
ついこの間勝ったばっかりだった。ようやく悲願の椋との勝負に勝って、得意げになっていた俺。
少しぐらい悔しがると思っていたのに、椋はそんなそぶりをみせなかった。良かったね、修一、と一言。拍子抜けした。まったく、俺は勝負の一週間前から走りこんで、練習をしていたというのに。
しかも、なんだか嬉しそうだった。負けたというのに、笑顔だった。
勝ったのに勝った気がしない。だから、もう一度椋と勝負をしたかった。
「もう、ボクは修一には勝てないよ」
「何言ってるんだよ、まだ決着はついてねえ」
「椋、俺がお前を守ってやる」
「嬉しいよ、修一」
笑顔を見せた。
雲のない星空の下で、静かに過ごしていた。
そこに椋と俺はいた。
明日までここにいれば椋は助かる。
だから、俺が眠りこんで目覚めた後に、椋が消えていることに気がついた時には、号泣した。
手紙だけが残っていた。
『ありがとう、でも帰らないとーー』
「なんでだよ、なんで……」
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