第11話 花

 それを言われると俺も弱い。

 5年前の騒動の際、俺が起こしたとある事件の際には秋菜にピンチを救ってもらった。

 何しろ秋菜は町長の愛娘だ。

 あの時、街中の誰もが血走っていた空気の中で、俺は下手するとリンチされて抹殺されるところだった。


「修一、あの時と同じようなことしでかすんじゃないかと、いえ、あの子といたらもっと危険なことが起こるかもしれないわ」


 そこで秋菜は、言葉を止めた。言いたいことを伝えたので、俺の反応を待っているのだ。


「そんなことはもうしないよ」


 秋菜が俺のことを心配してくれているのはわかる。

 だが、俺はあの時の行動は間違ったことじゃなかったと思っている。

 あいつを、椋を助けてやりたかった。でも救えなかった。

 非力な自分を恨んだ。

 結局何も出来なかった自分。

 さらに秋菜にまで迷惑をかけてしまった。

 かばってくれた秋菜には感謝してもしつくせない。

 俺には椋を救うことはできなかった。


 帰ると、街の入り口で、俺の両親が待ちかまえていた。 


「どこ行ってたんだ」


 父は明らかに怒りを押し殺した低く単調な声色だった。


「心配したのよーー」


 母の物を挟まったような伏せた目。


「どこだって……いいだろ」


 まだ反抗期にも入っていなかったので、親を毛嫌いしていたわけではなく、露骨に口答えをしたのは初めてだった。

 直後。

 痛みではなく、衝撃だった。その後に痛い、という感覚が頬からやがて顔全体へ広がる。


「うぐ……あ……」

「なんてことしてくれたんだ……」


 親父から本気でぶん殴られた。

 何度も何度も、まだ10才そこそこの俺をーー。


「なんだ、その目は」


 親を直接憎んだわけではないが、町の総意を代表している親に向けた。

 腫れ上がって見えにくくなった視界の中から必死に阻んだ。

 世界中を睨んだ。


「ちくしょう! ちくしょう!」


 醜い言葉を何度もたたきつけた。


「この野郎ーー」


 さらにもう一発お見舞いされる。覚悟を決めて目を閉じた。

 だが次の衝撃はなかった。


「おじさん、もうやめてーー」


 秋菜が、腕を掴んでいた。

 親父の太い腕にしがみついている。


「……勝手にしろ」


 吐き捨てると、親父は背を向けてずかずかと去った。


「椋は?」

「もう連れてかれたよ、丁重に……囲まれながら」


 立ち尽くす母が無言で俺を抱きしめた。

 今振り返ると、ああでもしないと抑えることができなかったのだ。

 遠巻きに何人もの大人たちが、俺たち家族のやりとりを見ていた。

 だから、あえて自分の手で見せしめにすることで、俺を助けようとしたのだった。

 わざわざ外で無様な親子喧嘩をみせたのもそのためだった。

 少し後に気づいた。

 町長の娘である秋菜が止めに入ったことで、俺に対する制裁はそれで終わったのだ。


「やあ、修一。玄関で何してるの?」


 沈黙で漂いだした気まずい空気を打ち破るように、秋菜の背中から少女の声がひびった。

 後ろからぬっと出てきた影には2つの三角形の耳が生えていた。


「ただいま。あっさっきの秋菜さんだね、こんにちは」


 そこに手に花束を持った少女が立っていた。

 外出から戻ってきた椋だ。

 さっきのように耳をぴょこぴょこ、ウネウネさせている。ワンピースがそれにつられて揺れている。


「!?……」

「や、やあお帰り……どうしたんだ? その花」


 椋を一目みるなり、そのままドアに寄りかかって言葉を失った秋菜に変わり、俺が声をかけた。


「母さんのとこに行く途中、新しい花屋さんを見つけたからついでに買ってきたんだ」


 手に持った花を俺に差し出した。黄色い薔薇の花だった。


「ああ、あの花屋か」

「ここも変わってないようで随分変わってるんだね。この町出てまだ3年しか経ってないのに」


 その直後秋菜がぺたんとその場に座り込んでしまった。

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