第8話 秘密基地

 五年前のあの日の出来事が記憶から蘇る。

 あの時、俺と椋はまだ小学生だった。


「よーい、どん!」


 校庭に俺の声が響いた。

 かけ声と共にスタードダッシュを切った。

 勝負相手の椋も同時にスタートする。

 校庭のトラックを一周のかけっこだった。


「く……」


 めいいっぱい腕をふり、少しでも足を前へと走る。

 最初は少しリードを保っていたが、最初のコーナーを曲がると徐々に椋がスピードを出す。


「ん、ぐぐ……」


 椋に追いつかれまいと、めいいっぱい顔を真っ赤にして力を振り絞る。

 だが、ついに同時に並び、抜き返されてしまう。最後のコーナーを曲がって直線にはいる。体一つ分差がついたところで、ゴールに決めていた校庭に植えらた大きな松に到達する。


「はぁはぁ……ちきしょう、負けた」


 校庭の地面にしゃがみこんで、息を整えつつぼやいた。


「ははは、僕の勝ちだね」


 一方勝った椋は勝利宣言をする。


「お前。なんでそんなに足が速いんだよ」

「かけっこだけは……得意だったからね」


 脚の速い椋は周囲でも評判だあった。リレーでもよく代表に選ばれ、ほめられる。

 俺にとって椋は目標だった。

 だが、今日も勝負を挑んで負けた。


「約束通り、修一の大事な秘密を教えてもらうよ」

「ああ、わかったよ」


 勝ったら秘密を教える。それを賞品がわりに椋に勝負を挑んだ。


「ついてこい」


 二人は校庭の鉄棒の脇に置いていたランドセルをそれぞれもって学校を後にする。

 学校は田圃に囲まれたのどかな場所にあった。

 そこからわき道にそれて少し歩くと小高く木々が生い茂った山があった。

 そこに椋を連れ込んだ。

 子供が一人やっと通れるぐらいの細い獣道があった。

 そこへがさごそと入り込んでゆく。


「ここだ……」


 二人が草や葉っぱだらけになりながら、竹藪の中を抜けると、少し開けた場所に出た。

 現れたのは、小さな洞穴だった。

 そして、そこに、いらなくなった粗大ゴミを集めたと思われる椅子や机、戸棚などがあった。


「すごい……どうしたのさ、ここ」

「ここは、俺の秘密基地だーー」


「秘密基地!?」


 途端に椋は目を輝かせた。

 もちろん男子の憧れだからな。


「ここを見つけて、ここまで作ったんだ」


 俺は昨日今日作ったのではなく、時間をかけてつくったことを説明した。


「へえーー流石修一だね」


 スコップやお皿などの食器もみせた。

 粗大ゴミに捨てられていたものをこっそり拝借。

 わくわくしている椋の様子に満足した。秘密を明かした甲斐ががあったというものだ。


「よし、今日から椋は基地の隊員だ」

「ボクが?」

「ああ、お前が第一号だ」


「ほかには誰かいるの?」

「秋菜がいる。あいつままだ隊員には任命してないがーー」

「あき……なちゃん、ああ町長さんのところの」

「ああ、俺の近所にすんでるんだ。あいつも今度つれてくるよ」


「もっと本格的に作っていくぞ」


「武器はここにある」


 水鉄砲を見せた。引き金をひいて発射するそぶりをみせる。


「敵をやっつける」


 腰に差す真似をした。


「ここに重要機密があるーー」


 こっそり隠していたぼろぼろのエッチな本だった。


「古本置き場に捨ててあったのをみつけたんだ」

「へ、へえ……こんなのをね」


 顔を真っ赤にしながら、椋はぱらぱらめくった。


「男同士の秘密だぞ」



「よし、じゃあ。椋隊員、防衛の対策をするぞ」

「はい修一隊長」


 足をそろえ、背筋を伸ばし気を付けの姿勢で、敬礼をする。

 秘密基地ごっこ。

 雑草を狩り、整地をする。

 木を立てて看板を作る。

 洞穴の入り口に枝を敷き詰めて敷居を作るーー。


 小さな穴を掘り、その周りに石をしきつめて小用トイレを作った。


「試してみよう」


 手本を見せないとな。立っておもむろにズボンのファスナーをおろす。

 そして豪快に放出して見せた。


「いいかんじだぞーー」


 ファスナーを戻す。


「お前もやれよ」

「ぼ、ボクも?」


 椋もそれに続いて用を足した。

 作業を終えると流石に疲れたようすで、椅子に座り込む。


「よし、作業を終えた隊員に、食糧を支給だ」

「え? 食糧」


 そして戸棚から取り出した飴とガム、クッキーだった。こっそりとっておいたものを椋に差し出す。

 椋に飴を差し出した。


「いいの?」

「一緒に食うぞ」


 一緒にお菓子をほおばった。


「施設で食べるより何倍もおいしいよ」


 椋は感動の声をあげた。


「そうか?」


 無邪気だった。

 その言葉の意味を知ることに、まだ小学生の俺は、数年の月日を要した。

 何不自由なく、両親の元で育った俺には、あたりまえの幸せの尊さを理解するには、速すぎた。

 一時間後、お腹がへって帰ることにした。


「そろそろ帰らないと……施設の人に怒られるから」


 椋は立ち上がった。


「バカ野郎、ここが俺たちの居場所だ」

「そうだったね、はは」

「これから俺と椋隊員は、偵察にでるので、明日の夕方、基地に帰還せよーー」


 敬礼をした。


 そして椋を分かれた。


 いつになく遊び疲れた。

 楽しかったがだいぶ時間を過ごしてしまった。

 母から怒られるかも、と思いつつ帰宅した俺がみたのは、不安そうにテレビを眺める両親だった。


「あ、修一……」


 夕食を作るのも途中だった。

 帰りの遅い息子をしかるのも忘れていたのだ。


「こちらはグラウンドゼロから10キロメートル離れた地点から中継しています」


 カメラは遠くのせわしなく動く戦車や装甲車を映し出している。


「先日、開放された異世界との空間から、得体の知れない生物が多数襲来したとの情報が流れています」


「調査関係者や警備担当に多数の死傷者がでている模様です」


「この後、政府から発表がある模様です」

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