第7話 帰宅
駅から歩くと商店街、田んぼ道。コンビニやファミレス、ラーメン屋などの前を通ってそしてまた住宅街。自転車ではなく歩きだと、30分くらい。ゆっくり歩いたら、もっとかかる。その道を椋と歩いて、ようやく自宅にたどり着いた。出るときに自分で閉めた鍵をまた開けた。
先に入って靴を脱ぎ、椋を手招きをする。
「とりあえず上がってくれ。散らかってるけど」
椋も履物を脱いだ。
「失礼しまーす」
改めて履物をよく見ると椋が履いているのはサンダルだ。小さな小さな白い色の、俺より一回り小さいサンダルだった。
椋は脱いだ後、脱いだサンダルを綺麗に並んでそろえた。ついでに俺のシューズも揃えてくれた。
「あ、悪いな」
身を乗り出したが手で制止された。
「いいって気にしないでよ」
どっちがホストかわからねえな。
「とりあえず、そこに座ってくれ」
リビングのソファに座らせた後、俺はキッチンに向かう。
椋は俺たち以外誰もおらず静かな部屋をキョロキョロし見回している。
「あれ? 今日は誰もいないの? 両親は?」
「ああ、俺の親父もお袋も、長期出張で帰ってこないんだ。当分俺一人だからさ、遠慮しなくていいぞ」
返事をしつつ戸棚の扉を開いてインスタントコーヒーを取り出す。
「あ、そうなんだ、おじさんもおばさんもいないんだ」
「まあたまに帰っては来るがな、いたって元気だよ」
静かに戸棚の扉を閉じる。
「そう……」
どことなく物思いに沈む椋。あまり家族に関する話題は突っ込まないほうがいいか。
「椋、お前はお茶とコーヒーがいいか? いま淹れるが……」
ふとあの耳と尻尾をみて思いつく。ひょっとしてネコだから、熱い物はだめか? そう思って冷蔵庫の扉を開けて氷を取り出した。
その様子を見た椋は、すぐに俺の悩みを察したようだ。
「はは、別に気にしなくていいよ。多分修一の方がよっぽどネコ舌さ」
しまった。俺が熱物駄目なの知ってやがったのか。
まあ今日のような陽気には。冷たいものの方がいいだろう。
インスタントコーヒーを一旦お湯で溶かしたあと、水道水を注ぐ。そしてミルクを混ぜて作ったアイスコーヒーのグラスを2つ。椋が座っているソファのテーブルの前に置いた。
「ありがとう、いただきまーす」
普通に椋はグラスを手に取り、添えたストローを使って、俺の作ったアイスコーヒーを飲み干す。
「ふう、暑かったな」
「うん」
アイスコーヒーで喉を潤して人心地つく。
「おっ……」
なにげに椋の様子を見て目を見張った。
改めてこうしてみると椋の体は、女の子のものだった。ワンピースが似合う女性的なふっくらとした体型をしている。すっかり長くなった銀色の髪も、さらさらした綺麗なロングヘアだった。
おまけにその繊細なほどきれいな銀髪頭には、猫耳がピョコンと元気に飛び出す。そしてお尻の部分には細長く、毛のふさふさした尻尾がウネウネ動いていた。
……これは無駄に愛くるしい。むしろこちらがかくして欲しいと思うぐらいに人目に晒すのがもったいない。
「しかし、いきなりで驚いたよ」
「本当は帰ってきたのは一ヶ月前なんだ」
「え! そうなのか?」
「向こうの世界が長くなって、向こうの環境に染まっちゃってたから……、それにこれからの生活の準備とかあってね」
確かに耳も尻尾も……上手にカムフラージュしないといけないだろう。
椋たち、異世界に行った者たちの帰還の事実はしばらく伏せられていたということか。まあ5年の長旅、それもこの世界を離れていたんだ。復帰にもそれなりの時間がいるだろう。
それがどれほどのものか、俺には想像もつかない。
それだけの苦労を、ただ一人の若者に押し付けて送り出したこの町に、椋は戻ってきたということでもある。
思わず、俺は目を閉じたーー。
こうやって椋と一緒にアイスコーヒーを飲みながら、しゃべり、くつろぐこの平穏に過ごす時間が奇跡のように思えた。
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