第6話 秋菜
とりあえず俺の家に行くと決まった。
自転車でも二十分以上かかる道のりを俺と椋は歩いた。時間はかかる。
途中の田んぼを両脇にしてひたすら延びる二車線道路の路肩を行く。
「あ、修一、修一じゃないどうしたの?」
ふいに女子の声がした。振り返ると、数名の青いジャージを着た女子生徒たち。テニスのラケットを抱えて屯している。俺の通う中学の名前である「山野中学」が、胸と背中に刺繍されている。その声の主、一人の女子が、こちらに駆け寄ってきた。こちらに元気良く走り寄ってくるたびに、そのショートカットの髪も揺れる。
女子テニス部の集団だ。そして、俺の名を呼び、駆け寄ってきた女子は見知った顔の奴だ。幼馴染の秋菜。同じ中学に通い、同じ学年とクラス。そして学級委員長を務める。成績も良いし、スポーツもできる。俺とは偉い違いだ。
昔は良いところでの子だとして近所のガキに、いじめられてたこともあり俺が助けたことなどもあったが、今は偉い差をつけられちまった。その秋菜とばったり出会ったのだった。
「休みに、何してたのよ、こんなとこで。暇なの?……あんたも部活に入ったら? 男子テニス部、まだ部員募集中よ」
秋菜は会うたびにそれを言う。どうも帰宅部の俺を同じテニス部に、入部させたがっているのだがー。生憎今の俺はどこかの部活に入るような気持ちになれていなかった。うちの中学は、部活は強制ではないので、入らなくても良かったが、9割以上はどこかの部活に入っている。好きで部活をやってる奴、秋菜の場合はそうだが、進学の内申書を気にして入る奴も多く大半は部活をやっている。
「いつでも歓迎よ」
いつもの俺との会話をしていた秋菜だったが――
途中で、視線を俺の横に移した途端に、目を見張るように瞳が大きくなった。隣に佇む美少女に気がついたようだった。
「よう、秋菜。俺もこれから家に帰るとこだよ」
「帰る? どこか行ってたの」
「ああ、こいつと駅で待ち合わせしてさ」
俺は椋に目配せした。
「こんにちは」
椋は秋菜にぺこりと頭を下げた。
「あ……こんにちは。私は秋菜。修一の同級生よ」
普通に初対面者に対する挨拶をした秋菜だった。
「久しぶりだね、秋菜さん」
「あなた、ひょっとしてどこかで会ったかな?」
「お前も、知ってるだろ? 椋(こいつ)のこと」
首を捻っている。思い出せないようだ。
「……」
(あれ?饒舌な秋菜が言葉を失ってる)
微妙な空気が包み、会話が止まる。
固まった俺たち三人の体を溶かしたのは、遠くから秋菜を呼ぶ同級生の声だった。
「秋菜ー。まだ続きそう? あたしたち先行っちゃうよ」
不思議な空気に包まれた俺たちはそれをきっかけに再び動き出す。
「呼んでるぞ、あとでじっくり話そう」
「あ、あ、うん、また後で……」
別れ際も秋菜は急に声のトーンが落ちた。
そして体を翻し、再び女子たちの中へ戻っていった。
なんなんだろう? 豆鉄砲喰らったみたいにさ。
女子グループが去り、再び俺と椋は歩き出す。
「ふふ……今の子、秋菜さんだね? 前会ったことは無かったんだよね」
「お、そうか。秋菜と椋は、ほとんど接点がなかったんだっけ?」
「うん」
確かに、俺の記憶では、秋菜と椋の接点はなく、一緒にいる場面が思い浮かばなかった。完全に他人というわけではない。同じ小学校に所属していたといっても、名前や顔は知っている程度の中だ。
俺自身は二人と深い繋がりを持っているがーー。
そう考えると、秋菜の反応には納得はいく。
そのうちに椋のことに気づくだろう。
「それにしても、あの驚きようは……」
ちらり、と椋を見た。椋の耳と尻尾は帽子とワンピースに隠れている。
まだ気づいてはいない。
別の理由を考えたが思いつかなかった。
(ならさっきの慌てっぷりはなんだったんだ?)
猫耳と尻尾に驚いたのでなければ……さっきの別れ際の慌てっぷりは……。
「なんだったんだろう? あの秋菜の反応は?」
耳と尻尾が無ければ、椋はごく普通の人間に見える。可愛い女の子だ。俺と女の子が一緒に歩いているのがそんなに驚くことなのか?
「はは、わかってないなあ、修一は」
椋は俺の顔を見つめながら笑った。
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