第5話 原罪

 五年前のことだった。

 悪夢のような出来事がこの国を襲った。

 俺たちが小学六年の時。まだまだゲームや漫画、遊ぶことが生活の大半を占めていた。多少は新聞やテレビの堅いニュースもようやく耳を傾けたり見たりするようになったぐらいの年頃。

 そして世の中きれいごとばかりではなく、必ずしも善意ではなりたっていない。

 そんなことが、徐々にわかりかけてきた年頃になった時だった。

 まさにその年ーー。

 地球にーーというかこの国に異世界の穴が突然開いた。


 異世界といっても、ゲームに出てくるような、剣と魔法の世界ではなく、中世世界でもない。

 そこからあふれ出てきた異形のものたちと、その世界を統べる異世界の住人の存在ーー。

 そんなものが、簡単にこちらの世界にやってきた。世界と世界の間を自由に行き来できるようになった。

 人類の歴史で培ってきた科学や武力でもことができず、なす術がなかった。


 その当時、一ヶ月近く社会はパニック状態になった。

 首都を脱出し、田舎に逃げてくる者で道路は溢れた。

 政治も経済も大混乱。世界全体を巻き込む騒動となった。


 巷で「悪夢の八月」と呼ぶその一カ月はまだに破壊と混沌に覆い尽くされた一月だった。

 この国の首都や都市ではーー被害を受けてまだ完全に機能が復旧してないところもまだまだある。

 もちろん俺たちは何もできなかった。

 ただ大人たちが右往左往するのを見てただけだ。

 だが映画で宇宙からやってきたエイリアンをヒーローたちが撃退するというような話は、あくまでも創作で、実際に現れたらそんなスーパーマンはどこにもいないという現実を知ることはできた。

 そして混乱が頂点に達した頃、人類に救いの手が差し出された。

 異世界の怪異からこの混乱を抑えるための方法が示唆されたのだ。

 曰く、この混乱を抑えたいのならば、生け贄が必要だと。

 異世界からの荒ぶる異形のものを抑え、そして穴を塞ぐための生け贄が欲しい。


 異世界の神ともされるその存在からの提案に人類は飛びついた。

 破壊と混乱は収まった。

 奴らの正体は未だによくわからない。ただ事態を収拾するためにその要求の一つに出したのが、こちらの世界の子供を生け贄に差し出すことだった。

 異世界と開いてしまった穴を塞ぐにはそれが必要だ。

 この国は提案の実現と称して、一定数の人間の子供を、異世界に送らなければいけなくなった。名目は混乱を収拾するための『派遣使節』だったが実質は人身御供だった。


 誰かが生け贄に行かなければいけない。

 なにをされるかわからない。だれも行きたがらないこの役目を、椋が引きうけたのは、五年前のことだった。


 みんな勝手だ。

 椋のようなやつがいてくれたこそ、俺達はこの五年間を平和にこれまでどおり暮らすことが出来たのだ。

 地球を破壊し混沌に貶めた異世界からの要求を呑んで人身御供を差し出した。

即ち何百人、いやもっと多いかもしれない子供たちを差し出して。

 そして人々はこれまでどおりの生活を安堵された。

 だが、選ばれてしまった椋は、距離でも時間でも計りきれない異世界に連れて行かれた。

 身寄りの無い椋を無理やり―ー。

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