第3話 ネコミミと尻尾

「改めて、ただいま、修一」


 再会の興奮が落ち着いて、その少女は改めて俺から一旦離れるとペコリと頭を下げる。

頭に被っている白い帽子というか頭巾のようなものを被っているが、ずり落ちない。

確かに椋だ。椋は、俺の顔をみると静かにニコリ、と笑った。


「5年ぶり……かな? あれから」

「ああ。もうそんなに経っちまったが……。でも帰ってきたんだな、やっと」

「ふふ、死ぬまで戻ってこないと思った?」


 椋が、悪戯を企む少年にように笑った。


「死んで溜まるか。俺はお前に言いたいことまだ残ってるんだ」


 最後の椋を見た5年前の記憶がふと蘇った。雨の中この駅で、俺は一人で街を去る椋を見送った。

 その日は、夏なのに、冷たい雨が降ったことをはっきりと覚えている。

5年前のあの日、この場所で俺の前から椋は消えた。「また会おう」

 最後に交わした握手はお互いに冷え切っていた手だったのも覚えている。


 実際は、あの時の俺はもう椋とは永遠に会えないような気がしていた。

だから椋の指摘は図星だった。

その後に続いた無気力と失望の日々の始まりは、どこまでも広がる暗い雨だった。


 そして今。あの日と同じこの駅で椋を出迎えたのは、やはり自分一人だけだが……今日は五年前とはまるで正反対の暑くどこまでも晴れた青空だ。夏の入道雲が遠い空に広がり、どこまでも青い空が――。


「はは、後で聞かせてもらうよ、そのいいたいこととやらを」

「おう」


 本来喜んでいるのに、心があっさりしている自分に驚いた。

 五年ぶり、そしてもう会えないかとすら思われた椋との再会は本来もっと涙で飾ってしかるべしと思っていたのにーー。

(俺には、まだわだかまりがあるというのか)

 止まったままの時がようやく再び動き出した。それだけに過ぎないことにどこかで気づいているのかもしれない。

 これは、ほんの始まりだ。


「ここで立ち話もなんだ。長旅で疲れただろう。どっか店入って休むか? 駅の周辺以外は、相変わらず何もないからな」


 駅前の商店街は、この小さな町で数少ない店が立ち並ぶ通りだ。喫茶店は一応何軒か並んでいる。のんびりお茶を飲んでいるお年寄りや主婦がいることだろう。


「きっとこの時間は、混んでるんじゃないかな?」


 辺りを見回して椋は首を傾げた。


「じゃあ俺のとこ来いよ、休んでいけ」

「うん、ボクも実はそうしたいと思ってたんだ。でもさ……」


「……何か気づいたことないはないかな?」


再会の挨拶が一区切りすると、椋は自分から切り出した。


「ああ、そうだな」


 俺は椋の体を改めてみつめた。

 肩を露出させた白いワンピース姿。

 小さいフリルがついて、風のたびにフワッと揺れるスカート部分。

 いかにも女の子らしい衣服だが、もっと問題なのは身体だ。

 ワンピースがよく似合っている。


 そのワンピースからも、ボディのラインがはっきりとわかる。

 腰は細く括れ、お尻は大きく――胸には二つの膨らみがある。

 どこからどう見ても、その特徴は少女だ。ここまで見事な女の体だと、疑いようもない。

 だが……。


「椋って女だったっけ……」


 椋はふう~と息を吐いた。

 やれやれ……と言いたげだ。


「もうちょっと何かリアクションを期待してたんだけどなあ、何だそれは? とか可愛い~とか、あ、昨今は萌えとかいうんだっけ」


 どうやら俺がいつまでも突っ込まないのでご不満らしい。

 胸の膨らみの辺りに手をやった。

 

「そんなベタな反応を俺がすると思うか?」

「それも、そうだね。昔からヒネクレてるからねえ、修一は」


 椋は笑う。


「でも……これならどう?」


 椋は頭に被っている白い頭巾のような被りものを取った。


 すると――。

 信じられないものが椋の頭にあるのを見た。俺も流石に目を丸くした。


「うわっ」


 もっと違う変化が椋にあったのだ。

(あれは飾りか何かか?)

 椋の頭に目を向けた。

 頭には髪の毛の間から生えるように猫のような耳がついていた。


「まだあるんだけど……」


 さらにワンピースのスカートをごそごそやった。

 後ろに手をやり、裾を持ち上げる。


「な、何やってんだ? 椋」

 

 その意図がわからず、俺は尋ねた。


「ふふ……」


 その直後、ぴょこん、と何かが飛び出した。

 お尻のあたりから長い一本の尻尾がユラユラと揺れていた。


 今は、さらさら背中までなびくほどの綺麗な黒髪。顔も、体つきも女らしくなった。胸も腰も、成長していた。そして女性として成長した椋の体を映えさせるワンピース。

 そしてネコミミと尻尾。

 それらを一言で言えばネコミミ美少女。

 椋は5年の間に、ただの少女ではなくネコ耳美少女になっていたのだ。


「これでも?」


 どうしても俺のリアクションが欲しいようだ。


「そうだな……」


 だが俺も意地だ。

早くも昔の椋のやつとの掛け合いを思い出す。椋が俺に悪戯を仕掛けてくるが、それを俺はかわす。

 最後は俺が勝つのだ。


「その飾り物の耳と尻尾を早く取れ」

「あ、そういうつもりなんだ。これはね……」


 俺があくまでも恍けるので、椋も意地になったようだ。

 椋は、そう言いながら、ゆっくりと背を向けてわざわざ修一の方にお尻を向けてきた。

 髪の毛の色とは違う、白銀色だが、毛がびっしり生えていて動物のもののようだ。

 それにびみょうにふりふり動いている。

 ちょうど尾てい骨の当たりから生えてきていて、本物か作り物か区別は付かなかった。

 耳も同じだ。


「どう?」


 さらさらと黒い髪が、揺れる。―ーぴょこん、とネコと同じ耳が、きよひこの頭ではねた。


「……本物かよ、それ」

「本物さ」

「マジ、ありえねえ。可愛い――」


 流石に降参した。

 椋が本物のネコミミ少女であることを認める。


「ボクの勝ち、だね」


 勝ち誇った笑みを浮かべた。

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