第79話いいからあたしの小説を読め♡

『みーちゃんみーちゃん♡』


『な、なんですか?』


 唐突に送られてきた凛からのライン。

教えた記憶はないが――恐らくはグルチャを経由してアカウントを登録したのだろう。


 まだ凛ともそこまで接点があるわけでもない美里は思わず身構えてしまう。


『ちょっとお願いがあるの♡』


 これから何を言われるのだろうと悩む。

つい今までイヴにもらった同人誌を読み漁っていたが、美里は栞も挟まずに本を放置するとスマホを両手で握っている。


『な、なんでしょう……』


『あのね、ちょっと読んでほしい小説があるの♡』


 凛から小説の話が出るなど思ってもみなかった。

美里から見た凛のイメージといえば『綾香と敵対してるロリっこ』『カラオケでデスヴォ歌う人』程度の認識だ。

そこにさらに『小説の人』というイメージが加わる。


『どんな小説ですか?』


『ないしょ♡』

『明日放課後時間ある?♡』


『たぶん……』


『じゃぁ、明日よろすく♡(唇の絵文字)』


 さらにスタンプ。


「お……これは」


 凛が送ってきたスタンプは最近アニメが放映されている日常系百合アニメのスタンプである。

可愛らしい女の子が甘えた仕草で『おねがい♡』なんて言ったスタンプ。


「凛さんもそういうの好きなのかな……」



◇ ◇ ◇



 駅に近い昔ながらのカフェで、凛と美里は顔を合わせていた。


「みーちゃんてさ」


「ぁ、ぁぃ……」


 落ち着かせようとコーヒーを一口。


「BL好きなんだね♡」


「ブホァッッッ!!!!」


 盛大に吐き出されるコーヒー。

むせ込みまくる美里に構わず、凛はニヤニヤとした顔でそんな美里を見つめている。


「イーちゃんから聞いちゃったの♡」


「ぶほぁ……げほっ……ぇ、ぇぇ……」


「あ、でも安心して♡ たまたま聞いちゃっただけだから♡ 他の人には言ってないよ♡」


「ぁ、ぁわわわわ……」


 出来る事ならばバレたくない趣味である。

日の光を浴びることのない陰のモノとしては、そういったディープな趣味が白日の下に晒されるのは死刑に他ならない。

晒されればいじられることは間違いないだろうし、美里の学生生活も終わりを迎えるかもしれない。


「でね♡ みーちゃんの秘密を知っちゃったから、あたしの秘密も教えようと思って♡」


「り、りんしゃんの……ひみちゅ?」


 バッグを膝の上に乗せると、中からクリアファイルを取り出す。

クリアファイルの中には文字がびっしりと書かれたA4サイズの紙が数枚。


「凛ね、作家さん目指して小説かいてるの♡」


「り、りんしゃんが? ぃ、ぃがいだね……」


「うふふふ♡ でね、そろそろ一次選考が近いのだけれど、みーちゃんにも読んでほしいなって♡」


「えぇ、ぁ、ゎたしに……?」


「そそ♡ 前にイーちゃんには読んでもらったんだけどね♡ 他の人の感想も聞いてブラッシュアップしたいの♡」


「にゃ、にゃるほど……本格的だね……」


 つまり『お前の趣味は黙っててやるから、あたしの小説読んで感想よこせ』という取引だろう。

凛はほとんど常に笑顔でいるが、その裏には何かを企んでいる気がして油断がならない存在だ。

否定などしたらどうなるか分からないし、そもそも否定出来る根性など美里には持ち合わせていない。


「素直な感想でいいからね♡」


 とは言うが、素直に言葉を受け取ることは出来そうにない。

とりあえず紙の束を受け取ると、美里は凛の顔色をうかがいながら小説を読み進める。


「ゅ、ゆりなんだね……」


「そうなの♡ 百合もBLも同性愛でしょ? だから、通じるものあるかなぁって♡」


「へ、へぁ……」


 パラパラと読み進める。

ライトノベルらしい文章、そしてライトノベルらしい一人称で話は進んでいる。

ちょいちょい細かな誤字脱字はあるが、読めないほどではない。


「少し……誤字脱字あるね……」


「ほんと? あ、赤ペンあるから訂正する部分チェックしてもらっていい?」


(私は赤ペン先生か?)


 赤ペンを受け取り、誤字脱字をチェックしていく。

チェックをしつつ、内容を読み進める。


「ど、どうかな……?」


 読み進める美里に、凛もドキドキである。

こうやって生の感想を頂ける機会などほぼ皆無である。

以前はイヴにも感想をもらったが、きっと美里ならばイヴとは違った視点を持っていることだろう。

美里には美里にしかない視点がある。

そこから見える自分の小説はどのようなものなのか、凛は試しかった。


「ぁ、ぇっと……そぅだな……」


「うんうん、なんでも言って♡」


「ぇーと、王道っぽくて……いいと思う。でも……」


「でも?」


 蟀谷を掻きながら美里は言おうか言うまいか悩む。

チラチラと凛のことを見るが、凛に笑顔はなく真剣な表情をしている。

いつもの綾香と対峙する顔でもない、イヴに甘えている顔でもない、作家志望としての凛の顔がそこにある。

いつになく真剣な凛である。こんな姿に対して適当な感想や、ただの甘い感想を言うのは失礼に感じてしまう。


「ぁ、ぁのね……ぉ、ぉこらない?」


「いいよ! なんでも言って! さぁ、凛ちゃんの小説を裁いて!!!!」


「ぇ、ぇーとぉ……」


 前のめりになる凛。もはや語尾に♡がない凛は一人の夢見る少女と化している。


「こ、この小説には……な、なんていうか……」


「うん!」


「性癖が……ないかな……」



 ピシャン!

凛の脳内に雷が鳴る。



「せ、せいへき……だと!?」


「ぅ、ぅん、ゎ、ゎたし本はBLばっかりだん、なんだけど……BLもさ、なんだろう……作者さんによって性癖が違うと思うんだ……」


 碇ゲ〇ドウのような恰好をすると、凛は聞き耳を立てる。


「あの作者さんは……胸筋がよくかかれてるとか……この作者さんはかならずSMぽい属性が出てるとかさ……」


「……ほぅ」


「なんていうかな、凛さんの作品は物語は王道で読みやすいけれど……王道によせすぎて特徴が見えない気がする……

例えば、凛さんはどんなシチュエーションが好き?」


「そうだなぁ……お姫様抱っこも好きだしー、勘違いとかすれ違いからのラブラブとか最高だよね。

あとは見えそうで見えない脇とか……」


「そういう凛さんの好きな性癖をもっと入れても……いいかな、って思う。

あのね、性癖ってさ、自分のストライクゾーンは必ず誰かと重なるし、知らない人にも新しい性癖を開花させられると思うんだ……」


 まるで新しい世界が見えていくようだった。

美里のいうように、凛はなんとか一次が通りたくてその一次が受かるような方向ばかりに気を取られていた。

故に、物語も王道であるが、それ以上の突出したものがない。

それはまるで白紙に鉛筆で書かれた絵画。色がつけられることのない絵画だろう。

色のない作品、ましてや素人のラフ絵など、そうそう誰かの目に留まることなどないだろう。


「そっか……そうだよね。みーちゃんありがとう。みーちゃんのお話凄くためになる」


「こ、こんなのでよければ……ぇ、ぇへへへへ……」


 アドバイスをし、美里はさらに数ページを読み続けた。

誤字脱字に訂正の赤ペンをしつつ、また盛り上がりのシーン前には前振りや少しの落ちるシーンの追加など。

いつの間にか凛の小説は赤ペンだらけになっている。

そのやりとりはまるで、作家と編集者のようだ。


 全てに赤ペンを入れ終えると、美里は小説を凛に返した。


「みーちゃんありがとう」


「ぃ、ぃぇ……お役に立てたなら……ぅぅれしいな……」


「ブラッシュアップしたらまた見てもらってもいい?」


「ぅぅん……いいょ」


 これで少しは打ち解けられたかな、なんて美里は思ってしまう。

しかし、そんな想いの答えは聞くまでもないようである。

 小説をバッグにしまうと、凛は立ち上がる。


「みーちゃん、ちょっとお買い物いかない?」


「ぃ、ぃぃけど……どこ行くの?」


「フフフ……決まっているでしょう! オタク同士が集まったのよ! オタク周りするよ!」


「お、おたく……まわり……?」


「みーちゃんも知ってるでしょう、ここにはアニメ〇ト、ゲー〇ーズ、とら〇あなとなんでも揃った町よ!」


「ぁ、ぁぁ……確かに……」


「だからさ、一緒にまわろ♡ 凛オタ友いないからさ♡ 一緒にオタ充しよーぜ♡」


 いつもの笑顔が、そこにある。

でも、その奥にはなんの企みもない、純粋に物事を楽しもうとしている笑顔がある。


「ぅ、ぅん……ゎ、ゎたしも……いきたいな!」


「百合とBL、性別に違いはあれど愛に代わりはないよ!!!」


「そ、そうだね……!」


「さぁ、いきましょう! 百合の楽園へ! 白百合咲き誇る乙女の花園へ!」


「ゎ、ゎたしは薔薇だけど……へへへ……」



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