第78話いもうと

 最近姉が変わった気がする。

妹であるユリカは何故こうも姉が変わってしまったのかという疑問を抱えていた。


 ある日を境に姉の感情の起伏が激しくなった。

 ある日を境に姉の肉体が以前よりも引き締まった。


 少し開いた扉から見れば、姉である綾香は部屋でダンベルなどあげている。


 何故。


 ノックもせずに姉への部屋へと上がり込む。


「おねーちゃん」


「ちょっとノックくらいしてよ」


 ダンベルを下ろすと姉は顎から落ちそうになっていた汗を拭う。

首に巻いていたタオルで顔を拭うと、綾香はその場に腰を下ろした。


「最近変わったよね」


「え、そう?」


「うん。前はこんなことしていなかったしさ」


 足先でダンベルを小突く。

少しもビクリとしないダンベルには10kgと書かれている。

随分と重そうに見えるそれを、今の姉は軽々と持ち上げてしまう。


「フフフ……トレーニングすることでね、あの人の気持ちが分かる気がしてね……」


 キラリと光る汗がウザい。

しかし、そんな姉のウザさよりも、気になるのは『あの人』というワードだ。

年ごろな姉のことを考えれば、それは好きな人に違いないだろう。


「好きな人でも出来たの?」


「そう……ユリカ、おねーちゃんはね、今恋をしいてるのよ」


 少女漫画ばりに乙女チックな顔になっているのを、これまたウザく感じてしまう。

元々おばかな姉だなとユリカは思っていたが、最近は拍車がかかりすぎている気がする。


「それってだぁれ?」


「フフフ……それは……な・い・しょ♡」


「うざっ」


 バチンと飛んできたウィンクを避ける。


「さて、トレーニングも終わったしシャワーシャワー♪ フフフ、ユリカよ、恋する乙女は無敵なのよ」


「マジでうぜぇ」


 スキップでもしだしそうな姉が一階へと降りていく。

途中で転んで頭でも打てばまともになるのだろうかと思うが、綾香はそのまま風呂場へと消えたようだ。


(好きな人ねぇ……でも、絶対片思いだろうな。あの姉が好かれるわけないし)


 ピロン。


 ベッド上に置いてあった姉のスマホが音を鳴らす。


(もしかしたら……その思い人かな?)


 単純な姉のロック番号は知っていた。

今ならばシャワーに入っていることだし、ちょっとだけ覗いてやろうと手を伸ばす。


「なんだ、イヴさんか……」


 通知はイヴである。

残念な思いをしながら、通知はそのままに今度はギャラリーを開く。

もしかしたらその思い人の写真があるかもしれない。

あのおばかな姉ならば単純だから、そういったこともするだろう。


 開かれたギャラリーにはそれはもう大量の写真、写真、写真。


「イヴさんは分かるけど……あとの人は誰だろ……」


 映っているのはイヴだけでなく、ピンク色のポニーテールの少女。

長い黒髪に黒パーカーを羽織った少女、あとは最新のものだと青い髪をした少女の写真もある。


(以外に友達いんだな……おばかのくせに)


 スクロールして他の写真を探す。

すると、徐々に制服だった姿が肌色が多いことに気付いた。


(なんだこれ……)


 一枚をタップする。

そこに映っていたのは――女子高生の生足や谷間の写真だ。


(えっ、おねーちゃんどんな写真もってんの!?)


 ドン引きしながらもスライドする手が止まらない。

そして、その写真のパーツたちにユリカは見覚えがあった。


(これイヴさんじゃね?)


 さらにスライドしていくと、今度はイヴと綾香の入浴シーンの姿まである。

お湯に包まれた二人。恥ずかしそうな姉に、イヴが噛みつこうとしている写真。


(おねーちゃんは気持ち悪けど……イヴさんはちょっと綺麗だな)


 スライドしても出てくる写真はイヴイヴイヴイヴイヴイヴ。

時折、他のピンクポニテと黒髪ロング。


 てっきり好きな人の――好きな男の写真でもあるかと思ったが、ユリカの予想は外れてしまう。


(でも、なんでこんなにイヴさんばっかり撮ってんだ? しかもエロ親父みたいな撮り方して……)


 おばかなだけでなく、姉は変態だったのかと考える。

でも、あの可愛らしく美しいイヴならば撮影したくなる気持ちもちょっと分かる。


(う~ん……)


 悩む素振りをしながらラインを開く。

あて先をユリカ宛てにすると、写真を選択肢送信ボタンを押していく。

送ったのはいずれもイヴの写真たちである。


(こんなけしからん画像をもって……まったくもって変態な姉だわ)


 そう思いつつ、写真を送る手が止まらない。

ある程度の写真を送り終えると、ユリカは自分との会話ごと削除ボタンを押す。


(まったく……おねーちゃんてば変態なんだから……)



◇ ◇ ◇



 最近妹が変わった気がする。

姉である綾香は何故こうもう妹が変わってしまったのかという疑問を抱えていた。


 最近妹は部屋に引きこもっていることが多い。

部屋にはパソコンなども置かれているため、てっきりゲームにでもはまっているかと思ったがそうではないようだ。

 

 一度だけ、妹の奇行を見たことがあった。

ほんの少し開いた扉の向こう――薄暗い部屋で妹はパソコンモニターを眺めるとニヤニヤしている。

妹の頭が邪魔でそこに何が映っていたのか正確には分からないが、画面に動きがないことをみれば恐らくは静止画を見ているようだ。


「全く……けしからん……なんて……いい身体なのかしら……ぐふふふふ」


(こいつ完全にやべぇ奴だ……)


 妹の独り言を聞くと、綾香はドン引きしながら妹の部屋から離れた。


 そしてこれもまた最近気づいたことではあるが、ラインから妹とのやりとりが消えていた。

あまりラインでのやりとりをすることはないが、たまに連絡を取ることはった。

そのやりとりの一切がなくなっている。

消したかな、と考えてみるが会話を消す必要もない。

ならば、何故――と思えども答えは分からない。

もしかしたら誤って消してしまったのかもしれないと思うと、綾香はそれ以上考えなかった。


 いつものようにノックもせずに妹が部屋を訪れた。


「おねーちゃん」


「ん、なに?」


 ベッドでうつ伏せになっていた綾香が顔だけをユリカへ向ける。


「前さイヴさんうちに泊まったじゃん」


「うん」


「また来ないの?」


「うーん、イヴんとこ今おじいちゃんが来てるらしいし、しばらくはないんじゃない?」


「そっか……」


 何故かシュンとする妹。

綾香は一瞬まさかと思ったが、そもそもユリカとイヴには接点はない。

あのお泊まりのときに顔を合わせただけで、それ以降は顔を合わせたことがないはず。


「でも、なんで?」


「んー、また泊りにこないかなぁって」


「だから、なんで?」


「えー、イヴさん可愛いし綺麗だし、また逢いたいなーって」


 なんだか妹が乙女チックな顔をしている気がする。

妹はまだ13歳ではある。しかしそれは恋を知らぬ年というわけではない。

もしかしたら、もしかしたら、と思う。

姉だから、同じ血を引いているからこその直観。


「ユリカ、イヴのこと好きなの?」


 恐る恐る聞く。


「うん。好き。少なくともおねーちゃんの100億倍は好き」


「えぇ……」


「ま、いいや。おねーちゃん今度またイヴさん誘いなよ。誘ったらユリカにも教えてね」


「わ、わかった」


「絶対誘ってよ!」



 バタン。


 妹が去っていく。しかしまぁ何故そこまでイヴに執着するのかと思う。


(ユリカ……いや、でもまさかな……こんどパソコンになにがあるのか見てやろう……)


 再び枕に顔を突っ伏してスマホをいじりだす綾香。


 部屋へと戻ったユリカはスリープ状態にしていたパソコンを起こすと、画像のフォルダを開いた。

フォルダ名は『E』

フォルダの中には何枚ものサムネイルが並べられている。

一枚をクリックすると、モニターには拡大されたイヴの写真が写る。


 姉のスマホからユリカのスマホへ。そこからさらにパソコンへと転送したものである。


「あぁ、可愛いなぁ……綺麗だなぁ……ハァ……ハァ」


 ユリカ自身気付かぬうちにその吐息に熱がこもる。

じっくりと写真を眺め、また次の一枚を眺め。それらを繰り返し終わったら、また最初の一枚へ。


「いけない身体してるよねぇ、イヴさん……ハァ……そりゃおねーちゃんだって写真撮りたくなるよね……」


 写真を眺め終えると、ユリカはベッドへともぐる。


「イヴさん、また来ないかな……また一緒にお風呂はいれないかな……」


 もし次きたら――その時は。


「いっぱいいっぱいあそびたいな。イヴさんといっぱいいっぱいあそんで……夜になっても絶対寝ないの……」


 爛々とした目が輝く。


「ハァ……ハァ……」


 暗くなった部屋にはユリカの息の音だけが静かに聞こえていた。


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