第16話戦場オリエンテーション

 オシャレを取るか、それとも動きやすさか。

イヴは二通りの服装を前に悩んだ。

明日はオリエンテーションの日である。


 といってもただ遊園地に遊びにいくようなものである。

しかしそこは女子高生の集まる場。周りから浮かず、それでいて動きやすいもの。

下手な服装で行けば後に笑いものになるかもしれない。


 女子高生のオシャレも命がけである。


「でも、動きやすいほうがいいか」


 タイトで短すぎるショートパンツと、サイズ大きめのシャツを選ぶ。


「よし、これなら動きやすいし、地味ってこともないな」


 全身鏡を前にくるり回ってみる。

チラリ見えるおなか。

しかし、これだけでは足りないかなとネクタイもつけてみる。

ネクタイといってもビジネス用ではなく、勿論オシャレようのものだ。


「明日は楽しみだなー」



 当日は現地集合であった。

 イヴは生徒たちの中でも特に早く着くと、一つゲート前で待った。


「イヴ!」


「綾香、おはよう、早いね」


「イヴなら絶対早いと思ったからさ!!!!」


「よく分かってるね」


 綾香も隣に並ぶとチラチラとイヴの服装を見てしまう。


(なんだそのくっそエロいシャツは!!! サイズでかすぎるだろう! ボタンの隙間からブラが……!!!)


 時間が経つと生徒たちが次々と集まってくる。

しかし、どれだけ時間が経ってもグループ決めのときに見た顔がない。

小寺美里と蓮田ゆきだ。

その二人の顔がいくら時間だ経っても見えないのだ。


「あ、綾香。今二人から連絡きたんだけどさ」


「え、なんて?(ていうか、連絡先知ってるの????? なんで??????)」


「二人とも体調悪くて来れないってさ。せっかくこれを機会に仲良くなれると思ったのに」


「それは残念だね」


「残念っていいながら、なんでそんな嬉しそうな顔してんの?」


 二人が来れないと知って、綾香はとてつもないほどの笑顔になってしまっていた。

だって、二人がいない――ということはイヴと二人きりになれる。

二人きりで遊園地で遊ぶなど。


 デートと呼ばず、なんと呼ぶッッッ!!!


「六道さぁーん」


「あ、凛だ」


 手を振りながら駆け寄ってくる姿。

黒のロリータ服に身を包んだ黒髪――前園凛だ。


「どうした、凛」


「あのねぇ、実はグループ解散しちゃってさ。良かったら一緒に回らない?」


「は?????」


 真っ先に口を開いたのは綾香である。その顔はもうキレそうになっている。


「グループ解散ってどうして?」


「一人は病欠で、他二人は彼氏と回るんだって。だから私ぼっちになっちゃったから」


「じゃぁ、ぼっちで回ればいいんじゃない???」


「えー、そんなのやだー。だから、六道さんと回るの」


「いやいやいや、イヴは私と回るんだけど??????」


「まぁまぁ、いいじゃねぇか。俺らんとこも二人病欠だし。多いほうが楽しいじゃん」


「ほら、六道さんもそう言ってるし。あたし、前園凛、よろしくね」


「あぁ、知ってる。うん、知ってるよ。その名前」


 忘れもしない名である。

だって、その名は以前イヴに恋文を私らライバルの名なのだから。

 ぶち切れ寸前の綾香に対し、凛はさっそくイヴの腕に自分の腕を絡ませると身体をこれでもかというほどくっつけている。


「ねぇ、六道さん今日もいっぱい写真撮ろう」


「おう、撮ろう撮ろう。あと私のことはイヴでいいよ。もうダチだろ?」


「そう? じゃぁ、イーちゃんって呼んでいい?」


「構わねぇよ」


 目の前でイチャつかれ、綾香はもうすでに凛をどう殺してやろうかとすら考えていた。


(私がいるっていうのに人前でイチャつきやがってこのクソ泥棒猫のクソビッチがあああああああああああああああ)


 教師のアナウンスがあり、生徒たちが園内へと入っていく。


「ねぇねぇ、イーちゃん、何から乗る? あたしなんでもイケるよ。絶叫系もお化け屋敷もなんでも」


「マジか。じゃー人気のジェットコースターから行こうぜ。綾香も大丈夫だったよな」


「え、あ、うん、だいじょう……ぶ」


 以前は一緒にいたいがために、絶叫系も平気だなんて言ってしまったが、綾香は大の苦手である。

しかし、ここで後れをとってはいけない。

ここで合わせなければ、凛にイヴを奪われてしまう。

盛大に唾を飲んで喉を鳴らすと、綾香は腹を決めた。


「じゃー。行くか」


「私イーちゃんと一緒に乗るー!」


「いやいや、ここはじゃんけんでしょ! 後入りのあなたが勝手に決めないで!」


「えー、だって凛はイーちゃんと一緒がいいんだもん」


(コノヤロウ…………)


 青筋が浮かぶ。


「しょうがねぇから、じゃんけんにしよう。最初はグー」


(グーで殺す、グーで殺す、グーで殺す、グーで殺す)


 殺気立つ綾香は拳を握ると、グー以外を出す気を無くしていた。

それを見て、ニヤリ笑う凛。


(フフフ、おばかさぁん)


 ほんのわずかな後出しをして、凛は“あえて”負けた。


「いよっしゃあああああああああああああああああああああああああ」


「あー負けちゃった♪ いいよ、二人で並んで乗って」


「ごめんな、凛」


「いいのいいの♪(だって計画通りなんだもの)」


 ジェットコースターの列に並び30分。

綾香は超ご機嫌でイヴの隣に乗り込んだ。

そして、どうしてか負けたはずの凛も機嫌は良さそうである。


 徐々にあがっていくジェットコースター。

見晴らしのいい景色と、すぐ目の前にある落下地点。


 綾香は笑顔を作りながらも、その表情を青ざめさせていた。


「おー、高い高い!」


「たたたたたかいね……」


「そろそろ落ちるぞー!」


「嘘、え、もう!? やだ、やだ、落ちなあああああああああああああああああああああああああ」


 頂点から急降下する。

その速度は最高速度100キロを超える速さ。


 イヴは両手をあげて楽しんでいるが、その隣にいる綾香は気を失うと身体の力が抜けている。


 楽し気な悲鳴をあげながら、ジェットコースターは進む。


「綾香、綾香、おーい、終わったぞ」


「はっ!?」


 すでにジェットコースターは周回を終えていた。

イヴの声で綾香はやっと目を覚ますと、抜けそうな腰でよろよろと立ち上がった。


「大丈夫か、綾香」


「うん……なんとか……」


「綾香ちゃんジェットコースター苦手だったのぉ? 無理しちゃってたんだぁ、かわいいー」


 凛にいやらしい視線が綾香に刺さる。


「じゃ、次は私が行きたいところいいかな」


「凛はどこに行きたいんだ?」


「えっとね、あたしお化け屋敷に行きたいの♪

ジェットコースターは綾香ちゃんがイーちゃんとペアだったから、今度は私がイーちゃんとペアでいいよね♪」


(ぐっ……こいつ、そのためにわざと負けやがったのか!?)


 すでに先にイヴとペアになっていた手前、綾香も拒否することは出来ない。

いや、出来ないことはないが、ここで拒否をすればイヴに対して悪い印象を抱かせる可能性もある。

そして何より、今はグロッキーでとてもそんな状態ではない。



「凛ねぇ、お化け苦手なの。イーちゃん、凛を護ってね♪」


「苦手なのに行くのかよ」


「だって、スリルは好きなんだもん」


(こいつ……ハナからそれが狙いか)


 お化け屋敷――それはカップルが堂々といちゃつける空間。

薄暗い中、わざと怖がることで相手との距離を近づけらることが出来る場所。

怖がることで相手に抱き着くのはなんら不自然ではない。そうナチュラルにボディタッチを出来る楽園(エデン)。


「行こう、イーちゃん♪」


「よーし、任せとけ!」


(凛……テメェ)


 グロッキーな視線が向く。

 凛の挑発するような視線が返される。


 二人の間に火花が散った。

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