第17話お化けより怖いもの?人ですかね

 暗い廊下に切れかけた電灯がチカチカと光っていた。


「凛怖い?」


「ちょっと怖いかな。腕握っててもいい?」


 答えなど待たず、凛は腕を組むとその腕をぎゅぅと自分のほうへと抱き寄せる。

そうして、あえてそうしているのだが、イヴの腕を自分の胸へと押し付ける。


(フフフ、綾香ちゃん、悪いわね。イーちゃんは私のものなの)


 ガタン!

静寂だった廊下に、いきなり天井からゾンビが落ちてくる。


「きゃ!」


「うわーびっくりした」


 ぎゅううううううう。

凛はここぞとばかりに腕だけでなくイヴに抱き着く。

くびれのある腰に手を回すと、その感触を確かめるように摩る。


「怖いよぉ、イーちゃんは平気なの?」


 潤んだ瞳で上目遣い。


「驚きはするけどな。でも、ちょっと楽しい」


「イーちゃん凄いね! あたし怖くて(もっと演出こいよオラ)」


「とりあえず進むぞ」


「はい♡」


 廊下を進むと、狭い通路へと出る。

壁が襖(ふすま)になっており、ところどころが破れている。

恐る恐る一歩踏み出す。


『ぎゃああああああああああああああああああ』


 どこからともなく聞こえる男の悲鳴。

すると、襖の穴から真っ白な手が飛び出してくる。


「!?」


「イーちゃん怖い!!!!」


 正面から抱き着き。

 凛の手はイヴの尻へ。

 顔は胸にストライク。

 胸へと抱き着いてきた凛を、イヴも思わず抱きしめてしまう。


「うわー手がいっぱいあるぞ」


「やーん、イーちゃん怖いよぉ。護ってぇ」


「おう、任せろ」


 狭い通路を抱き合ったままに進む。

全ては凛の思惑通りである。

怖がったと見せかけて、さりげなくボディタッチ。

ハグでもタッチでも、この空間なら思いのままである。


 狭い通路を通り抜けると、今度は冷たい空気が流れ込む青白い空間だ。

崩れかけた墓石がいくつもり、何故だか井戸も設置してある。

凛は井戸に狙いを定めると、『怖いよぉ』なんて言いながらも井戸のほうへとイヴを引っ張る。


 ガシャン!


 音がしたほうを振り向く。

しかし、見れば墓石が崩れただけである。

ほっと胸をなでおろし、振り返ると――


「ヴぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


「うおあ!?」


「きゃぁ♡」


 振り返った瞬間、そこには顔の皮膚が剥がれた女の白装束の姿があった。

イヴは思わず拳を握り、凛はどさくさに紛れてイヴの乳を掴む。


「あぶねー。びっくりして殴るとこだった」


「びっくりしたね! 心臓止まるかと思った♡」


 再び歩き出す二人。

凛は胸から手を離すと、今度はイヴの手を開かせて恋人繋ぎをする。


「手、握っていい?」


 再び上目遣い。


「おう」


「怖すぎておしっこちびりそう……」


「そこまでじゃねぇだろ?」


「本当だよ。見てみる?」


「何を見るんだよ……」



 今ごろ、凛は驚いたふりをしながらイヴに絡んでいるのだろう。

ジェットコースターですっかりグロッキーになった綾香はお化け屋敷前のベンチに座っていた。


「あんのクソアマ……」


 未だに内臓が浮いたような感覚に、綾香はうぅと声を漏らす。


 全てはこのときのため。凛はまざと負けた。

もっと考えておくべきだったと、綾香は自分の浅はかさを悔いた。

遊園地――そりゃお化け屋敷の一つもあることだろう。

きっと、凛は事前に下調べなどはすませていたはず。

きっと何通りも未来予想を立てて、今日の日に臨んでいたはず。

もしかしたら、それはグループ決めのときから考えていたことかもしれない。


「このままじゃ、イヴが奪われる……!」


 なんとか策はないものかと、スマホをいじる。


『遊園地 デート』


『遊園地 親密になる』


 アンド検索をしながら、それらしい記事を漁る。

 そこで一つ、これならいけるかもしれないというものを見つけた。


『観覧車の密室で親密になっちゃおう!』


「これだ!」


 綾香は記事をスクロールする。


「うぅむ」


 確かに観覧車であるならば、親密にはなれそうだ。

だが、それはあくまで二人きりの場合。

今は凛がいる。

凛を出し抜くにはどうしたらいいか――。

二人きりで載るにはどうするべきなのか。


 綾香は検索を続けた。



◇ ◇ ◇



 もうそろそろお化け屋敷のルートも終盤である。


(そろそろアレを使うか……)


 凛はわざと腰が引けたような歩き方に変えていくと、演出のタイミングを待った。

イヴの腕に抱き着きながら、通路を進む。


 正面にあった扉が開かれると、いきなりゾンビの大群が目の前に現れた。


「!?」


(来た!)


 ゾンビたちは大声をあげながら、二人の横を通り過ぎていく。

身構えるイヴ、ここぞとばかりに腰を抜かす凛。

大量のゾンビたちが通り過ぎると、凛はその場に女の子座りして動かない。


「凛、大丈夫?」


「ふうう……腰抜けちゃったカモ……立てないよぅ」


「マジか。肩貸そうか」


(そうじゃない!)


 肩を差し出され、凛はイヴの肩に手を回すが、それでもうまく立つことが出来ない。

勿論、演技である。

凛の狙いは、その先にある。


「イーちゃぁん抱っこしてぇ」


 嘘涙ほろり。


「しょうがねぇ、ほれ」


「ありがとう、イーちゃん♡」


 首に腕を回して、抱かれる凛。

ロリータ服の凛、そして白いシャツのイヴは王子様とお姫様のようである。


 そして、凛の最終作戦はまだ終わっていなかった。

このまま扉の向こうへ行けば、光差す出口である。

そう、暗闇はこの通路が最後。

散々下調べはしてきた。凛にはお化け屋敷のルート、構造が全て頭に叩き込んであった。


「ちょっと待ってイーちゃん」


「どした?」


 立ち止まるイヴ、凛は首に回していた手で頬をなぞる。

指先が、頬から唇に流れていく。


 指先が離れ、代わりに凛の唇が重なる。

凛の舌先が、イヴの中に入る。


「抱っこしてくれた、お・れ・い♡」


「……今のが一番びっくりしたわ」


「お姫様から王子様へ、キスのプレゼントだよ♡」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る