第15話妹なりせば

 イヴの朝は早い。それは友人宅に宿泊したとて同じである。

早々に着替えたイヴは一階に行くと、すでに起きていた小林父母に挨拶をする。


「おはようございます」


「おはよう、イヴさん。あら、早いのね」


「いつも目が覚めちゃうんです」


 小林母は台所に立つと出来上がった料理を用意している。


「お皿洗うの手伝います」


「あら、いいの?」


「はい、やらせてください」


「イヴさんは良い子ねぇ。うちの子にも見習わせたいわ」


「綾香さんも十分素敵な方です」


 なんて出来た子なのかしらと思いながら、母は朝食を盛り付ける。

爪の垢でも煎じて飲ませたい気持ちになり、母は笑う。


「イヴさん!」


 ドダダダと朝から元気のいい音を響かせながら、ユリカが降りてくる。


「ユリカちゃん、おはよう」


「起きたらイヴさんいないんだもん! もう、どこいってたの!」


「私起きるの早いから、先に起きちゃったんだ」


「うー! そうだ、イヴさんユリカとお散歩いこ。コンビニいこ」


「今洗いものしてるから、ちょっと待ってね」


 すっかり懐いてしまったユリカは、イヴと遊びたくて仕方ない。

自分の姉よりも優れた存在。そして優しい存在。それも姉とはくらべものにならないほどの美しい人。

優しくされればされるほど、ユリカはイヴの存在に引き込まれてしまう。


 洗い物を終えると、イヴはユリカに手を引かれるままに外へと出た。


「イヴさんはおねーちゃんと仲いいの?」


「うん。ユリカちゃんのお姉さんは優しい人でね、私にも声をかけてくれるんだよ」


「えー、イヴさんだったら誰だって声かけるでしょ」


「フフ、でもね、綾香は特に私と仲良くしてくれるの。だからこうやって遊びにもこれたんだよ」


「ふーん、お姉ちゃんバカだけど、良いとこもあるんだね」


「フフ、そうだね」


 コンビニでイヴはプロテインとユリカにねだられてアイスクリームを購入すると、家へと戻っていく。

手を繋ぐ姿は姉妹のようにも見える。それはとても仲の良さそうな姉妹に。



 そんなことが起きているとは露知らず、綾香はまだ夢の仲。


『綾香、おいでお風呂入ろ』


『やっとイヴとお風呂に入れるのね』


『そうだよ、ほら背中流してあげる。他に流して欲しいところはある?』


『イヴにならどこでも。二人の愛の海へと流して欲しいわ』


『困ったお嬢さんだ……仕方ない。綾香を快楽の波で飲み込んであげる』


 だらしない顔をして綾香は声をあげる。

次第に声はエスカレートすると、顔を赤らめつつも恍惚とした表情になっていく。


「だめええええええええええええええ!!!!!!!1」


 ガバッと毛布を剥いで起きる。


「ハァハァ…………どちゃくそにえっちな夢みた……」


 じゅるりと涎を拭い、もう一度夢の続きを見れないかと毛布を被る。

しかしながら、夢を見る必要はないと意識が戻る。

何故ならイヴは同じベッドで寝ていたはずだからである。

隣にイヴのぬくもりは――無い。


「どこにいったのマイハニー!?」


 部屋にイヴの姿はない。

もしやと思って鬼の形相で妹の部屋を覗くが、そこには妹の姿もイヴの姿もない。


「あれ? イヴどこいっちゃったの……」


 もしやすでに起きて朝食でも食べているのかと、一階へ。

だが、そこにも両親だけが朝食を摂っている。


「ママ、イヴは?」


「ユリカと散歩いったわよ」


「散歩だと!?」


「何大声出してんのよ。まったく、うちの娘は本当にバカっぽいんだから」


「どこに行ったの! ユリカはどこへ!」


「コンビニだって。すぐに戻るでしょ」


「くっそ、あのクソ野郎」


「はぁ、まったくうちの娘はなんでこうなのかしらね。口は悪いし、声はデカいし。進んで手伝いはしないし」


 ジロリ母の視線が突き刺さる。

綾香は不服そうな顔で返すが、母は尚も言葉を続ける。


「イヴさんはあんたよりユリカより早く起きてきたわよ。食器洗いまでしてもらっちゃったんだから。

せっかくいいお友達をもらったんだから、あんたも少しは見習いなさいよ」


「私だって、昨日食器洗ったじゃん!」


「あんたはママが言ったからやったんでしょ。進んでやることなんてないじゃない」


 両親にはイヴの株はずいぶんとあがったようだが、その分、綾香の株は大暴落している。

朝食を食べ終えた母はため息をつきながら寝ぐせのついた娘を見る。


「な、なによ」


「あんたイヴさんの爪の垢飲ませてもらったら?」


「爪の垢……考えとく」


 玄関の開く音がして、イヴとユリカが帰宅した。

ユリカは機嫌良さそうに笑顔で帰ると、母にアイスを買ってもらったことを話している。


「イヴ! なんでユリカと散歩いったの!?」


 綾香は絶叫する。


「私も朝の空気吸いたかったしさ。綾香にもアイス買ってきたから後で一緒に食べよう」


「うん!!!!!!」


 綾香、チョロい。


「おねーちゃんもマジでもうちょっとまともになりなよ。じゃないとイヴさんが可哀想」


「なにいってんのユリカ」


「だってさー、こんな美人で優しくて完璧すぎる人のお友達がおねーちゃんとか」


「おねーちゃんだって!」


「だって?」


「ぐぬぬぬぬ」


 そっと二人の間にイヴが割って入る。


「綾香もいいところたくさんあるよ。優しいし、こうやってお泊りに誘ってくれるし。

いつも気遣ってくれて、私は嬉しいよ」


 後光が差していた。

やはり、この女、女神である。

その眩しさは朝日を超え、綾香は立ち眩みさえ覚えそうだ。



 ◇ ◇ ◇



 夕方にはイヴは自宅へと戻っていた。

さすがに明日からはまた学校もあるし、長居は小林家への迷惑になってしまう。

綾香は涙を流しながら何度も『また来てね』と言い、ユリカは笑顔で見送っていた。


「ただいま」


「おかえり、イヴ。お泊りどうだった?」


 出迎えた母が訪ねる。


「楽しかったよ。妹さんに懐かれちゃってさ」


「へー、小林さんち妹さんいるんだ。良かったわね」


「うん。凄くいい経験になった。友達んち泊まるなんてはじめてだったし」


「そういえば、イヴ、お泊り会とか今までしたことないっけ?」


「ないと思う。そうだ、今度はうちに友達呼んでもいい?」


「えぇ、いいわよ。でも来る日決まったら早めにいってね」


「分かった」


 イヴは一人、自宅でのお泊り会を想像していた。

綾香が来たらどんな反応をするだろう。何をして過ごそう。

そうだ、凛も呼んでみたらいいかもしれない。

三人で過ごしたほうが絶対に楽しい。

1+1=2ではない。きっと女子高生三人もいれば、その楽しさは何倍にもなることだろう。


 だが、その考えは危険すぎる考えでもある。

何故なら、綾香にも凛にもその身体には『混ぜるな危険』と書いてあるからだ。

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