第14話枕一つ、身体二つ

 隣から聞こえてくるじゃれる声がわずらわしかった。


(どうして……どうしてこうなった)


 結局一緒に風呂に入ることも叶わず。

 浴後一緒にイチャつくことも叶わず。

綾香はベッドに潜り込むと独り、枕を涙に濡らした。


 隣からは妹ユリカとイヴがきゃっきゃいう声が聞こえてくる。


『イヴさん、筋肉もあるんだ!』


『抱っこしてー!』


『お姫様抱っこしてー!』


 ギリギリギリギリギリギリ。

枕を食いちぎる。


(なんで!? なんでユリカがイヴさんとイチャついてんの!?

ていうか、ユリカチョロすぎない!? 出会って秒で抱かれるとかなんなの!?

ビッチ候補なの!?)


 ベッドにはイヴの匂いがかすかに残っている。

残り香を思いっきり吸い込み、綾香は孤独に涙を流した。


(なんのためのお泊りだ!? せっかく振り絞った勇気なの!? 何故こうなった!?)


 綾香の予定も妄想も全て丸つぶれである。

嫉妬ファイアーから、綾香はそれなりの勇気(と欲情)からイヴを誘い、今日にいたっている。

ああしたい、こうしたいがいっぱいあった。

ああすることも、こうすることも出来ていないナウ。


(漫画読んでるイヴ見てただけじゃねーか!!!! くそくそくそくそくそくそくそくそ!!!)



 とんとん。


 ふいにノックがなって、綾香は顔をあげると涙を拭った。

戸を開けたのはイヴだ。


「おまたせ、ユリカちゃん寝ちゃったから」


「……!?」


「あれ、昼にいってた漫画ある? 読んでいい?」


 パジャマ姿の女神が、ベッドに腰掛ける。


「も、もちろん……」


「なに、泣いてたの? 目真っ赤だよ」


「え、い、いや、別に……」


 泣き顔を見られたくなくて、綾香はさっさと立ち上がるといっていた漫画をクローゼットから引っ張り出す。

漫画の山をベッドの横に置くと、綾香はイヴの隣に腰掛けた。

チラリ横目に見る顔。

なんだか情けない気持ちばかり沸いてくる。


 嫉妬して暴れて、妹に奪われて泣いて。

朝から赤マムシ見せたり。なんだかイヴの前では情けない顔ばかりしている気がすると、気分は底なし沼へ沈んでいくようだ。


「どうした、暗い顔して?」


「うぅん、何でもないの……」


 パタリ、本を閉じる。

イヴは自分の太ももを叩くと綾香の顔を覗き込む。


「大丈夫か? 膝枕しようか?」


「えっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!????????」


「ほら、おいで」


(え、なんでそうなるの!!!!!!??????? 膝枕してくれるの?!?!?!?!?!?!?

イヴの太ももと私の頭部が濃厚接触していいの????????????????????)


「おいで」


 導かれ、太ももに誘われる。

柔らかな脂肪。しかし頭を乗せてみれば脂肪の向こうに筋肉があるのも感じられる。

風呂あがりだから、余計にいい匂いがして、綾香の頭部全体はイヴの香りに包まれる。


 気にせず漫画を読み進めるイヴ。

全てが気になる綾香。


 読み終わり、次の一冊を読もうとイヴは屈んで手を伸ばす。

するとイヴの巨大な胸が綾香の顔を押しつぶす。

パジャマの下には何もつけていないのだろう。ほぼ生の――ダイレクトな柔らかさが綾香の顔を襲う。


(今、私のエッチコンロが点火しました)


「り……イヴさ」


「ん?」


「ち、ちちち、乳おっきいよね……」


「ん? あぁ、豆乳飲んでるし、多分筋肉もついてるから、余計に大きく感じるんだよ。

ごめん、邪魔だった?」


「全然!!! むしろご褒美です!!!」


「ご褒美? お前男みたいなこと言うな」


(もういい……こんな幸せなら……もうどうなったっていい)


 頭をイヴの太ももと胸部でサンドイッチにされている。

こんな幸せなことがあっていいのだろうかと思う。


「じゃぁ、はいご褒美」


「うぷ!?」


 顔面を思い切りデカい脂肪で押しつぶされる。


「読み終わるまでこのままでいてやるよ」


「!!!?!???!?!?!?!?!?!」


 この時、綾香は思った。

漫画が辞書のごとく分厚ければ、辞書のごとく細かな字でぎっしりと詰め詰めで書いてあればいいのに。

呼吸がしずらいなんてことは気にしない。

今自分の顔はイヴの乳に押しつぶされている。


(なんだ、これは!? お風呂も入れず、イチャイチャも出来なかった私に、神が情けをかけてくれたのか!?)


 イヴは気にせずページを捲る。


(ヤバい……息が荒くなる……息が乳にぶっかかる!!!)


 それが続くこと10数分。

イヴは読み終わると背伸びをして、綾香の顔から離れた。


(あぁ、私の幸せタイムよ……)


「んー、あと二巻か」


 むぎゅ。


(おうふ!?)


 再び顔を潰される。


(あと二巻……っていうことはあと二巻ぶんはこのままッッッ!?!?!?!)


 イヴが一冊を読み終わるのは、だいたい15分弱だ。

つまりあと二巻分――30分弱はこのままの姿勢。


「大丈夫? 苦しくない」


「ご褒美に……苦しいなんてないよ……」


 綾香は潰れた顔で言った。


「そ。じゃ、このままね」



 30分弱。

その時間は瞬間的に過ぎてしまう。

綾香はこのとき『これが相対性理論か』と思った。


 漫画を読み終わり、時刻を確認する。

時間は23時を少し回ったくらいだ。

せっかくのお泊りなのに、もう寝る。というのは少し味気ない気もする。


「なにしようか?」


「そう……ハァハァ……だね……なにしようか? ハァ」


「やっぱり苦しかった?」


「大丈夫、ちょっと脈が通常の5倍くらいになってるだけだから」


「それやばくね?」


 イヴはベッドに横になると、隣に横になれとベッドを叩く。

ここは綾香のベッドなのに、支配権はイヴにある。

自分のもののように扱うイヴに、綾香は飼い犬のように尻尾を振って従ってしまう。


「なにか話でもするべ」


「う、うん」


「綾香てさ、なんでいつもそんなにキョドってるの?」


「え、だ、だって……」


「だって?」


 好きな人のいい顔が目の前にあって、平常心でいられますか。

少なくとも綾香はいられない。


「うぅ……」


「そうだ、綾香がキョドったりドモらないように練習しよう」


「練習? ど、どうやって?」


 イヴが綾香の頭部をガッと掴むと、顔と顔を数センチ先まで近づける。


 いい顔が、近すぎるッッッ。


「こうやって」


 話すと、息がかかる。


「むむむむむむむむむむりぃぃぃぃぃぃ……」


「ほら、頑張れ綾香。普通に話せたほうがいいだろ?」


 荒すぎる治療。

しかし、幸せすぎる時間。


(なんだ、この時間は!? サービスタイム通りこしてボーナスタイムか!?)


「ほら」


 プルンと輝く唇が動く。

イヴの吐息が顔にかかる。


「がががががががががんばりいmしゅ……」


「余計震えてんじゃねーか」


「らって、らって……」


 ジィとみる顔。

 見つめ返す真っ赤な顔。


(あぁ、イヴの目に私が映ってる……あぁ、今の私はきっと子羊。悩める子羊。このまま食われたい)


 目はぐるぐる。汗はだくだく、身体はぷるぷる。

心臓は壊れそうなスピードで爆音を奏でている。


 ちゅ。


(ん?)


「フフ」


(ん?)


 今――何が起こった。

パニくりすぎて、逆に綾香は真顔になると、心臓の音が小さく弱くなっていく。


 一瞬すぎて分からなかった――……

いや、分かってはいるが、脳が追い付いていない。


 今――唇が――


「あんまり可愛いかったから。ごめんな。はじめてだった?」


(私の、ハジメテ? え、ん? はいぃ?)


「やっぱりキョドるの治さなくていいか。可愛いし。さ、そろそろ寝るべ」


 そういってイヴは毛布を二人の身体にかける。


「電気消してくれる?」


 言われるがままに、綾香は部屋の電気を消した。


 一つの枕に、二つの頭。


「おやすみ、綾香」


「おやすみ、イヴ……」


 やっと冷静になっていく頭。

やっと処理がおいついてきた脳。


 おやすみ、っていったのに綾香の意識は覚醒する。

眠ることなんて、出来やしない。


(……)


(……)


(……)


(え、ちゅーされたの、私)











(キスされたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)

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