第13話したいことはたくさんあれど

 やりとりを目撃した妹は後にこう語った。

 小林ユリカ(13歳)の目撃談はこうだ。


「お姉ちゃんがお友達を連れてくるっていうのは聞いていたんだけど……

まさか、あんな人を連れてくるとは思いませんでした」


――姉は具体的にどのようなことを?


「そうですね……なんて言えばいいでしょう、こう……例えるならネズミと蛇みたいな」


――ネズミと蛇?


「はい、以前動画で見たんです。こう、蛇がぐるぐる巻き付いてネズミに絡まるんです」


――ということは?


「捕食、ですね。はい。あぁ、お姉ちゃんは食べられるんだなぁって思いました」


――姉は嫌がったりは?


「していません。むしろ喜んでいるように見えました……

こんなことをいうのは何ですが……あれほど蕩けた姉はみたことがありません。

最高に気持ち悪かったです」


――姉は結局捕食されたのですか?


「いえ……残念ながら。私が部屋に押し入ってしまったせいで、慌てて起き上がっていました。

――あのまま食われちまえばよかったのに」


――ほかに印象に残っていることは?


「そう、ですね――。姉にあんなに……あんな美人なお友達がいるなんて知りませんでした。

なんていうんですかね、美人。あんな人になりたいなぁって、そう思える人でした」


 目撃談の最期、小林ユリカは頬を赤く染めると想い出に浸るようであった。


(著;小林真由美――綾香とユリカの母)



 ◇ ◇ ◇



「うるさい!」


 隣室にいた妹の小林ユリカはあまりにも五月蠅い姉の笑い声に、堪忍袋の緒が切れると姉の部屋に突撃していた。


「ユリカ!」


「おねーちゃんうるさい!」


 友人であるイヴにもみくちゃにされる姿を、ユリカはこのとき目撃した。

金髪の少女――イヴが振り返ると、妹のユリカへとほほ笑む。


「ごめんなさいね、私がお姉さんをくすぐってしまったの。ご迷惑をかけたわね」


「あ、いえ、いいんです……お友達さん、ですよね?」


「うん、六道イヴっていうの。今日はお泊りするから、よろしくね」


「いえ、こちらこそ……」


「ユリカ早く出てって! なんで邪魔すんの!」


 せっかくのサービスタイムを邪魔されて、姉である綾香は蕩けそうな顔のままブチ切れている。

口からは涎すら垂らし、潤艶な瞳は睨むにも睨んでいるようには見えない。


「お姉ちゃんきっも。その気持ち悪い声出さないで」


「うるせー! 出てけ!」


「おねーちゃんこそ五月蠅いじゃん! 死ね!」


「フフ、仲いいね」


「そんなことないです! クソゴミ気持ち悪い姉ですが、仲良くしてやってください」


 ペコリ。

ここは妹のほうが一枚上手なようである。

イヴに対しては礼儀正しく頭を下げると、姉に釘をさすように睨みつけ、その場をあとにする。


「出来た妹さんだね」


「あんなのやかましいだけだよ! くっそ、サービスタイムの邪魔しやがって!」


「サービスタイム? くすぐってたのに、サービスタイムだったの?」


「あ、いや、これは違うの。ほら、あの、えっと、こうやって触れ合うのってオキシトシンが出るっていっていたでしょ!

だから、幸福感が溢れて、つまりそれはサービスタイムっていうか」


「綾香はよくキョドるね。可愛いけど」


 なでなで。

 まだサービスタイムは続いていたようだ。


 しかし、それ以上の濃厚接触をすることはなく、イヴは再び漫画を読み始める。

邪魔さえ入らなければ、もっと楽しむことが出来たのに。

綾香はギリギリと歯ぎしりをしつつ、その恨みを消化させるように寝ころんだイヴを見つめた。


(クッソが! だが、まだいい……本番はこれからだ!)


 脳内では今日一日の流れが妄想される。

 一緒にご飯を食べた二人は、一緒にお風呂に入る。

そのときこそが今日のメインイベント。二人して生まれたときのままの姿――

密室、二人きり、裸。何も起きないはずもなく。

 そうして風呂からあがったら、またサービスタイムを送る。

きっと先ほどの感じからして、くすぐったりすればあの状態をリフレイン出来る。

笑いつかれた二人は一つのベッドに入って、腕枕をしてもらって、おでこにキスなんかして。


『可愛い顔してるね、綾香』


『そんな、イヴのほうこそ』


『何いってんだよ、今のお前が最高に可愛いよ』


『そんな、ダメよ』


『ほら、もっとこっちにおいで』


『だめよ。これ以上近づいたら顔と顔が』


『嫌とは言わせない……今日は私だけの綾香なんだから』


『イヴ……』


『綾香……』


 そして、重なる唇――。


「メェルへええええええええええええええええええええん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「うわ、びっくりした! なに、どうした!」


「あ、いや、独りごと……ごめん気にしないで」


 隣室から壁を叩く音がする。

苛立った妹が黙れと促しているのだろう。


「綾香って感情の起伏激しすぎない?」


「いや、ちょっと妄想の世界に入っちゃって……でへ、でへへへ」


「妄想ってどんな?」


「な、ないしょ……」


「綾香ってそうやってすぐ黙ったり内緒にしたりするよな。私には話せないことなの?」


「う、うん……(話せるわけがないでしょうがッッッ!!!)」


「そっか。まぁ、想像力豊かなのはいいんじゃない。俺もよく妄想するし」


「どんな!?」


「うーん。ヤクザになったらとか?」


 何故、そのような妄想を? と綾香は真顔になる。

何かそういったドラマでも見たのだろうか。それともそういったご家族なのだろうか。

だが、そうだったとして気持ちが揺らぐことはないなと、綾香は認識する。

愛に家柄は関係ないのだ。


 夕方になると、綾香のご両親も帰宅した。

イヴは丁寧に頭を下げ、菓子折りを渡すと両親は機嫌良さそうにしている。

『バカな娘だけど、よろしくね』

『綺麗な娘さんだね、うちのはバカだから学校でも仲良くしてあげてね』

両親揃ってバカバカいうものだから、綾香はいい気分ではない。

しかし、イヴはクスリと笑うと『こちらこそ』と言っていた。


 張りきった父は寿司をデリバリーすると、小林一家+イヴで食卓を囲んだ。

食べながら、綾香は次に控えるメインイベント――そう、入浴のことばかりが頭を埋めていた。


「ねぇねぇ、イヴさん」


「何、ユリカちゃん」


「お風呂一緒入りませんか?」


 ドグシャァ!


 妹の言葉に、綾香は頭をテーブルにたたきつけた。


「何やってんの綾香!」


(待て待て待て待て! そのイベントは私のために用意されたものだ!)


「びっくりしたぁ……えっと、お風呂だよね。いいよ、一緒に入ろうか?」


「やった!」


(イヴも乗るんかい! ていうかユリカあああああああああああああああああテメェええええええええ)


 一緒にお風呂に入れると喜ぶユリカ。

さっさと自室へと駆け込むと着替えをもって、またバタバタとリビングへとやってくる。


「イヴさん、早く早く!」


「今着替え用意するからね」


「あらあら、イヴさんごめんなさいね、ユリカが」


 母も和やかすぎる顔で二人の入浴を歓迎している。


「とんでもないです。なんだか妹が出来たみたいで、私も嬉しいですから」


「私もイヴさんがお姉ちゃんだったらよかったなー。うちのお姉ちゃんただのバカだから」


 そのバカ姉のほうへと視線を向けると、姉はテーブルに頭を打ち付けたまま泣いている。


(くそくそくそくそくそ、何故こうなる。何故何故何故何故、なんだ、前世でも人でも殺したのか私は)


 ユリカがイヴの手をとってリビングを出ていく。

しばらくすれば、浴室のほうから楽し気な声が響く。


『イヴさんおっぱいおっきーい』


『触ってもいい?』


『わー! やわらかーい!』


『私も背中流してあげる!』


「私の……私のメインイベント」


 その涙は血涙へと変わる。

楽しみにしていた――お泊りのときにしか出来ないであろう、最高のイベントを。

妹が楽しんでいる。


『イヴさん好きー。ねぇねぇ、今日はユリカと一緒に寝よ』


「ユリカああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


「綾香五月蠅い! ほら、食べたんなら食器洗いくらい手伝いなさい!」


 母の雷が脳天に落ちる。


 楽しみにしていたイベントは妹に奪われ、それだけでなくいつもよりも多い食器を目の前にする。


「ぐぅ……ぐううううううう!」


 悔し涙を流しながら、食器を洗う。

しょっぱすぎる涙が、喉を通り過ぎていった。


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