第11話Aー1000

 土曜日。

 AM5時23分。

 綾香の部屋。


 ターミ〇ーター登場のBGMを流しながら、綾香は下着のみの姿でいた。

ターミ〇ーターが登場したときのように両手を床にしてしゃがむ姿。

ゆっくりと立ち上がると、綾香は自身に私はターミ〇ーターだと言い聞かせた。


 デデンデンデデン。


(今の私はロボット。何事にも惑わされないロボット)


 デデンデンデデン。


(一切の感情を捨てたロボット。イヴ・リクドーを護るために作られたロボット)


 チャララーラーラ―ラー。

 

 デデンデンデデン。

 

(そして、邪魔者を抹殺するために生まれた私はアーヤネーター)


 ドガン!

壮絶な音を立てて扉が開かれる。

赤いロボットの眼差しが扉を向くと、そこにはパジャマ姿の妹、小林ユリカが凄い剣幕をしている。


「どうした、ユリカ」


「お姉ちゃん五月蠅い!」


「お姉ちゃんは今、お姉ちゃんではない。邪魔者を抹殺するためのアーヤネーターだ」


「キモ、うざ、せっかくの休みなんだから静かにしろ!」


「いいか、お姉ちゃんはね、今日……」


 ユリカは傍にあったファッション雑誌を持ち上げると思い切り綾香に投げつけた。


「いた!?」


「黙れ! 寝ろ!」


 邪魔者を抹殺するはずのアーヤネーターは、妹のたった一撃で倒れるとその機能を失う。


「アイル……ビー……バック……」


 親指を突き立てる。

 六道イヴが綾香の部屋を訪ねるまで、あと4時間と少し。


 いつものルーチンワークである掃除やトレーニングを終えると、イヴはやっとお出かけの支度をする。

友人の家にお泊りにいくことなど、イヴにははじめての経験である。

この日のためにと、お気に入りの可愛らしいパジャマや失礼のないようにと昨日中にすでに菓子折りも用意している。


「パジャマよし、菓子折りよし。あとは……あ、歯ブラシとかも持ってかないと」


 一階に降りると洗面台には父がのんびりと髭を剃っている。

少し前まで――前世のときは同じように朝は髭をそっていたなぁと思い、鏡越しに父の姿を見てしまう。


「おはよう、イヴちゃん。今日はお出かけなんだっけ?」


「そそ、今日は友達んちにお泊りにいってくるから」


「……本当にお友達? 彼氏じゃなくて?」


 ここのところ、ちょいちょい彼氏がいるのではないかと疑われる。

この手の会話も何回目か分からない。

イヴは露骨に嫌な顔をすると、父のたるんだ腹を引っぱたいた。


「オォウ!?」


「だらしない腹しやがって! 彼氏じゃねぇって何回も言ってるだろ!」


「ご、ごめんよ……」


「そんなに心配なら出かけ先に連絡でも入れてみろ」


「そんことはしないよ。イヴちゃんを信じているよ」


「なら、何度も聞くな! デブ!」


 パァン。

 父の腹が揺れる。


 今日はノースリーブの白いシャツに、タイトなパンツを選んだ。

いつもはガーリーなものが多いが、今日は少しだけ大人女子な格好にしてみようと思っていた。

友人の家にお邪魔するのだから、ご両親にも顔を合わせることになるだろう。

失礼のないように、かつ、清楚な印象を覚えてもらうためだ。


 手首に巻いた時計で時刻を確認する。

出るにはそろそろいい時間だろう。


「じゃぁ、行ってくる」


「いってらっしゃーい」


「ご迷惑かけないようにするのよ、イヴ」


「おう、任せとけ」

 

  

 ◇ ◇ ◇

 

 

 直接綾香の家に伺うことになっていたが、予定の時間よりも早くに着いてしまった。

あまり早すぎるのも失礼かと思ってしまう。


(うぅん)


 そういえば途中にコンビニがあったことを思い出すと、イヴは道を引き返した。

 窓からその様子を見ていた綾香は顔面を窓に寄せると、荒い息で曇らせた。


(なんで!? なんで引き返した!?)


 目玉すら窓に張り付きそうな勢いで引き返すイヴを見つめる。


(来るのが嫌になったの!? え!? WHY!?)


 時計を確認する。

待ち合わせまでは30分早い。


 何故何故何故。

綾香は不安げな表情になると落ち着かない様子で室内をうろつき、考える。


(時間が早かったからか? それともやっぱり嫌になっちゃった?)


 窓の向こうにはもう姿はない。


 ピロン。


『コンビニ寄るけど、何かいる?』


 嫌になって引き返したわけではないと答えが出ると、綾香は顔を落ち着かせた。


「えぇと、六道さんが欲しいです💛」


 一瞬、口にした言葉を本当に打ち込んでしまう。

いけないいけないと、文字を消す。


『大丈夫だよ、待ってるね』


『了解』


 あと数分もすればイヴはやってくることだろう。

最終チェックとして、室内を見回す。


「掃除よし! メイクよし! 服装よし! 下着よし! あとは……」


 ちらりと見る包み。

真っ赤なラベルの張られた茶色い瓶。


「赤まむし良し!!!!!!!!!!!!」


 赤マムシ、つまり精力剤である。

それが女性に効果もあるかどうかは謎であるが、もしかしたら効果があるかもしれないということで密かに購入したものである。


「こいつをドリンクに入れてしまえば……六道さんのムラムラもマックスになって……」


 ピンク色の妄想が膨らむ。


 妄想をかき消すチャイムがなると、綾香は玄関へとダッシュする。


「いらっしゃいませ!」


「お邪魔します」


 煌びやかな朝日に輝く、麗しの君よ。

意識がそちらばかりにいってしまい、綾香は握っていた赤マムシを落とした。


「ん、なにこれ?」


 一気に血の気が引く。

 何故、赤マムシを握ったまま出迎えてしまった。

 

「赤マムシ?」


「ち、ち、ち、ちが! 違うのこれはあああああああああああ!!!!????」


「これって女にも効果あるのかな?」


「ふぁああああああ!」


 パキッ、ゴク。


「あああああああああ!?」


「あんま美味くないな。お前も飲んでみ?」


 差し出された赤マムシを――そっと、そっと受け取る。

 たった今、イヴが口にしたそれ。

つまり、その瓶の先端にはイヴの口がついた。唾液がついた。


 瓶の先端に、赤マムシの妖精が踊っているようだ。


 グイ。


 服に盛大に零しながら、綾香は一気に残り全てを飲み干した。


「本当だ。美味しくないね」


「お、おう」


「さ、どうぞ上がって」


 飲み干した瓶をポケットにしまうと、綾香はイヴを部屋へと招き入れた。


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