第10話本屋で貴女を買いたい

 放課後、校門前で待っているからと連絡が入り、イヴは校門へと急いだ。

 前園凛とやりとりはしているが、はっきりとした印象がない。

そもそも図書室で数回顔を合わせた程度の仲である。

イヴにとっては数百人いる女子生徒のうちのただの一人だ。


(あれだったか?)


 校門の前でスマホをいじる女子生徒が一人。

イヴよりも短いスカート、黒いニーソ、黒いパーカーにはにゃんこの耳が生えている。

ただ、唯一覚えている長い黒髪から、それが多分前園凛なのだろうと予想出来る。


「お待たせ」


「あ、六道さん。お疲れ様」


「前園さんそんな格好していたっけ?」


「フフ、今日はお外に出るからね。少しオシャレしたんだ」


 目の前でくるり回って見せる凛。

スカートふわり揺れれば、中身が見えてしまいそう。

見えたからといって動揺するわけでもないが。


「あれだな。V系とか好きそうな格好だな」


「好きだよー。六道さんも聞くの?」


「まーちょっと昔のなら。ムックとか黒夢とか」


「まじ!? え、今度カラオケいこうよ! V系好きな人学校にあんまりいなくてさ!」


「カラオケか……うん、女子高生らしいな。いいぜ、今度いこう」


「やった!」


 可愛らしい笑顔をパッと咲かせながら凛は二ヒヒと声をあげる。

 

(カラオケなんていかにも女子高生らしいしな)


 前世ならばスナックなどで歌った記憶はあるが、カラオケボックスに入ったのは数回。

これはいい機会だと、イヴもノリノリである。


 そんな風に音楽の話をしながらバスに乗り込む。

昨日と同じではあるが、凛は綾香とは違い物怖じをすることはなかった。

肩がくっつこうとも、太ももが触れ合おうとも、一切の気になることはない。

そんな凛にイヴもこれは話がしやすいと、話題が溢れるように口から次々と投げられる。


「あ、このアプリ私も使ってる。可愛いよね!」


「昨日綾香に教えてもらったんだ。俺の顔ぶっさいくだろ」


「えー、可愛いよー。いいなー、ツーショット。私も撮りたい!」


「撮るか?」


「とろーとろー!」


 凛は同じアプリを起動させると内部カメラを向ける。

猫耳と猫髭の生えた二つの顔が笑うと、シャッターが閉じられる。


「やぁん、可愛い」


「おー、いいじゃねぇか」


「もっと撮ろ撮ろ。あ、良さそうなやつツイッターにあげてもいい?」


「いいぜ。俺、あ、私も載せていい?」


「いいよー。ってかツイッターやってるんだ。フォローしてもいい?」


「構わねぇよ」


 さっそく相互フォローをかわすと、凛は機嫌良さそうに写真を投稿している。


『今日は美人さんとおデート(はぁと)』


 投稿してすぐにでもいいねがつき、SNS上の仲間たちがコメントがつく。


「見て見て、お似合いカップルだって♪」


「へぇ。反応早いな。私投稿してもそんなすぐにコメントこないよ」


「私前にバズったからさ。そのときフォロワーかなり増えて、そっからよくコメントくるようになったんだよ」


「バズりか……どうやったらバズるんだ?」


「えー分からない。たまたまだからなー」


 バスが駅へとたどり着く。

バスターミナルから目的の本屋へと少々歩くこととなる。

バスターミナルの階段をあがっていると、先に歩いていた凛のスカートがひらひらと揺れている。


「前園パンツ見えそう」


「見る?」


「どれどれ」


「いやん♪」


 あざとく笑いながらスカートを抑える。

 こういった女子高生同士のイチャイチャも悪くないなぁと心朗らかになる。

綾香と話したり出かけはしたが、ここまで和やかな雰囲気はなかったように思う。


 目的の本屋につくと、凛はさっそく好みの本を数冊手に取る。

とったのは女性作家の悲恋小説ものと、少し前に賞を取ったライトノベルだ。


「前園は結構本読むんだな」


「読むよー。暇さえあれば読んでる気がする」


「へー、凄いな」


「私いつか作家になりたいんだよね。よくない? 作家」


「うん、いいと思う。どんなの書いてるの?」


「今は異世界転生ものが流行りだから、それ系かなー。女の子が転生してヒロインと百合展開するみたいな?」


(異世界とは違うけど……転生してTSならまんま俺だな)


 本棚を見ながらぼんやりと考える。


「もし転生とかできるなら、どうなりたい?」


「んー、そうだなぁ。病気にならない体になりたい」


「現実的すぎるでしょ! もっとチート使いたいとかはないの?」


「うーん、争いごとは嫌いだから……(ていうか、抗争に巻き込まれて銃殺されたしな)」


「そっかぁ。私はチート使いたいな。やっぱ憧れる」


「そんなもんかね」


「そんなもんだよ」


 凛は数冊の本を購入し、イヴも新刊コーナーで時代小説を一冊ほど購入した。

このまま解散――ということもなく、流れでフードコーナーへと足を伸ばす。


 たこ焼きをつつきながら、二人は本の話題に花を咲かせた。

あの作者はここがいいだとか、最近流行りのあの作品はこうだとか。

二人とも同じ作者が好きなために、好みの作品には似たものが多い。


「そうだ、今日ね、六道さんに本貸そうと思って持ってきたんだ」


「へー、どんな本」


 出したのはロリータ服の少女が表紙の短編集だ。

手に取るとパラパラとページを捲る。

さっと見ではあるが、表現やちょっとした心情の揺れ動きなどは繊細で美しさを感じられる文章だ。


「どう?」


「うん、良さそう。ありがとう」


「その短編集のさ、パールっていうのが特に好きなんだ。女性同士の恋愛なんだけれどね、すっごく繊細で美しいの」


「ほーん」


 言われた短編集の冒頭を読み進める。

開始わずかでヒロインのロリータ少女が、アダルトな女性とくんずほぐれつになっている。


「こういうの嫌い?」


「いや、全然。あまり読んだジャンルではないけれど、苦手じゃない」


「良かったー」


「前園はこういうの好きなの?」


「好きー。だって綺麗じゃない? 美しくない?」


「まー確かに」


「六道さんとかがそういう展開になったらめっちゃ絵になりそう」


「うぅん、あんま想像できないな……でも、男にされるよりはいいかもな」


 男にされるよりはいいかもな。

凛はピクリと反応してしまう。

もしかしたら、これはいけるかもしれない。

その気があるのかもしれない。

凛自身もその気があるわけではないが――仮にイヴと物語のような展開になったら、赦してしまいそうに思える。


「そうだ!」


「ん?」


「プリ撮らない?」


「さっき写真とったじゃん」


「いいからいいから♪」


 残っていたたこ焼きをさっさと胃に放り込むと、凛はイヴの手を引いた。

違う階のゲームセンターにはプリクラが複数台設置されている。

凛はその中から適当なものを選ぶと、イヴの背を押して中へとぶち込んだ。


「ねぇねぇ、六道さんって女の子をお姫様抱っこしたことあるんでしょ?」


「前のバレーのときな、綾香が足くじいてさ」


「そうだったんだ! 私のこともお姫様抱っこ出来る?」


「おう」


 そういってイヴは凛の肩と太ももに手をかけると、軽々とその身体をお姫様抱っこした。


「わー。凄い凄い! 重くない?」


「全然。鍛えてっからよ」


「じゃー、このまま撮ろう♪」


 機械が作動し、お姫様抱っこされたまま写真が撮られる。

機械から流れてくるポーズの指示などは無視し、イヴは姫を抱いたまま。

姫は首に手を回すと、頭を寄せている。


 撮られた写真が画面に映る。

盛られた姿は、王子様とお姫様のようである。


「六道さんマジ王子だわ」


「前園も姫っぽいな」


「フフフ、じゃー王子様にご褒美あげるね」


『3……2……1……』


 カウントダウンが終わる瞬間、凛は王子の頬に軽くキスをした。



◇ ◇ ◇



 帰りのバスに乗るイヴは一人だった。

スマホには今日とったプリクラの画像が表示されている。

相互フォローした凛のアカウントには、さっそくプリクラを撮ったという旨が投稿されている。


『王子様と結ばれました(はぁとはぁとはぁとはぁと)』


 なんて言葉を添えて。


 驚くことにいいねは300を超え、コメントも数十件が寄せられている。


「すげぇなぁ。俺も載せてみようかな」


『お姫様抱っこしてみた』


 送信。


「どんな反応くるかなぁ」



 凛には教えたが、綾香にはツイッターのアカウントは教えていない。

しかし、綾香はすでにそのアカウントを割り出していた。


 綾香はなんとなく部屋でスマホをいじり、ツイッターをチェックしていた。

当然のごとく、見ているのはイヴのアカウントだ。

少しばかり監視しているという罪悪感。ストーカーのような自分の行為をはじながら、綾香は見ることをやめられなかった。


『お姫様抱っこしてみた』


「はい?」


 最新の投稿にはイヴと知らない女がイチャついている写真。


「は???????????」


 写真を見返す。確かにイブである。

イヴが知らない女を、お姫様抱っこしている。


「はあああああああああああああ??????????」


 思わずスマホを握り潰そうとしてしまう。


「この泥棒猫野郎……あたしのイヴに……くそくそくそ!」


 負けてはいられない。

ツイッターの画面を閉じると、綾香はラインを開き超速で文字を叩き込んだ。


 負けてはいられない。

まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。

だからこそ、綾香は負けられない。出し抜かなければならない。


『今度デートしよ。うち泊まりこない』


 送信を躊躇うことは、なかった。


 

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