第9話コイバナ
Eさん。
イニシャルからイヴはそれが誰だろうかと想像する。
E、E、E――……
「Eって誰がいたっけ? 江口とか?」
江口は同じクラスにいる男子の名前である。
しかし、そこまでイケメンだったかなぁと思えば違うように感じる。
「あとは……あ、陸上部の江川とか! 確かにいつなら爽やかイケメンだしな!」
「あ……あ、その……」
「その反応やっぱり江川だろ! 綾香、江川が好きなんだろ!?」
きゃっきゃ喜びながらいうイヴ。
綾香は否定したいが、あわあわとするだけ。
「そっかー綾香は江川が好きなのか。連絡とか取ってるの?」
「違うの……違う……」
「江川じゃないの?」
「私の好きなEさんは(EVEのEに決まってんだろうがあああああああああああああああああ)」
「えーじゃぁ、あと誰だ?」
(おまああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!)
EといったらEVEしかいなだろうがと綾香は思うが、イヴはまったくもって自分のこととは思っていない。
「も、もうこの話題はいいんじゃないかな! ね! ほら! 違う話しよ」
「えー気になるじゃん」
イヴとしては情報収集にもなるし、綾香の恋愛トークを聞きたい。
だが、綾香は怒ったようなそれでいて悲しいような顔をすると、口にチャックをしている。
ピロン。
イヴのスマホがなり、意識がそれる。
通知を見ると、この前手紙を渡してきた前園凛からである。
『六道さん、明日暇?』
文字を打ち込む。
『暇だよ』
ピロン。
『じゃぁ、放課後一緒に本屋いきたいです』
「誰から?」
「ん? 昨日手紙渡してきたのいるだろ、前園ってやつ。あいつから」
「へえ……へぇ……なんて来たの?」
表情が一変する。
綾香はその目に光を失うと、今にも人を刺しそうな表情をしいてる。
「明日本屋いこうってさ」
「本屋、へぇ……本屋に……へぇ。へぇ。そっか、本屋にね……」
「どうした、綾香、今にも人殺しそうな顔しているぞ」
「うぅん。別に。殺したりなんかしないよ。しない。するわけないよ」
「なんか怖いな、綾香」
「全然大丈夫だから。うん、大丈夫。全然焦ってるとかないから」
「なにを焦ってるの?」
イヴにラインを送っていた前園凛もまた、綾香と同じような存在である。
急激に変わってしまった六道イヴに対し、恋心――とまではいかないが非常に気になる視線を送っている。
イヴから明日の承諾を得ると、凛はひとり浮足立っている。
ベッドに寝っ転がりながら、凛はウフフと微笑みながらラインを見返す。
「六道さんはどんな本好きなんだろう。そうだ――あの本とか進めてみようかな」
立ち上がり、本棚から一冊の本を抜き取る。
それは短編集であった。
ドラマ化もしたことのあるそこそこ有名な作家の短編集。
しかし、その短編集に乗っているのはドロドロとした女性同士の恋愛や、悲しくも美しい女性同士の恋の物語が綴られている。
女同士の恋愛が好き、というわけではない。
凛としてはその作者の繊細な文や、独特の比喩表現などに惹かれて購入したものである。
なのに。
ページを開く。
『〇〇さん、あなたはどうしてそんなに変わってしまったの』
『変わったのは貴女でしょう。今の貴女はコンクパールのように卑猥で、美しくなってしまった』
『変わったのは貴女よ』
『だって、貴女が貴女が』
文章の中、セリフは口づけによって奪われる。
その手が、身体が熱を帯びていく。
どうしてか、凛はその二人のキャラクターを自身とイヴに置き換えてしまう。
物語は進み、二人のキャラクターは女同士にも関わらずあらあらまぁまぁでウフフでオホホでえっちな展開を迎えている。
(もし、六道さんがこんな風だったら)
考える。
悪くない。
むしろ男よりもいいかもしれない。
パタリ、本を閉じる。
「明日楽しみだなぁ」
そういって読んでいた本をバッグに仕舞う。
同じ作者を好きなもの同士、この本ももしかしたらイヴのストライクゾーンかもしれない。
凛は長い黒髪を櫛で溶かし、手鏡で顔を確認する。
凛は自分のことをある程度は可愛い存在だと自負している。
男子に告白されたことはあるし(振りはしたが)、他の女子生徒とも仲良くなっており、その中でも可愛いほうだ。
「私と六道さんがあんな展開になったらどうなるかなぁ? フフフ」
◇ ◇ ◇
綾香とバイバイし、イヴは家に帰っていた。
綾香のことがどうも気にかかっていた。
好きな人の話をしてから、綾香はずっと機嫌を悪くしていた。
(いや、綾香がいるのに、他のやつとラインしていたからか?)
目の前に友人がいるのに、他の人とやりとりをするのは失礼であったかと悩む。
にしても、綾香は不機嫌すぎたようにも思う。
今にも人を殺しそうな顔をしていたし、その後はイヴが話しかけても心ここにあらずだったように感じた。
「うーん」
もし自分のせいで悪い思いをさせてしまったのなら、申し訳ない。
ただでさえ友達が少ないイヴにとって、綾香は無くしてはならない存在だ。
「一応詫びとくか」
『今日はごめんね』
送信。
『大丈夫だよ。私のほうこそごめんね』
『無理に好きな人聞いちゃったし、綾香いるのに他の人とやりとりしちゃった私に非があるよ。マジでごめん』
『大丈夫』
大丈夫と繰り返されると、逆に大丈夫だとは思えなかった。
ハンドグリップを握りながら、どう返信を打とうか悩む。
こういったことが起きた時、前世ならばどうしたか。
金で解決するか、何か詫びの品を送るか、指を詰めるか。
「そこまではすることじゃないな……」
ピロン。
返信を考えていると、綾香のほうから追撃が送られてくる。
『じゃぁ、一つお願い聞いてもらってもいい?』
『またイヴの自撮りみたい』
『もうちょっと攻めたやつを』
「攻めたやつって……どう攻めろと?」
送ったことを、綾香は後悔していた。
「うおあああああああああああああああああああああ!!!」
布団を被り叫ぶ。
調子に乗った。イキってしまった。
出来ることなら送る前に戻りたい。
相手の弱みにつけこんで、自撮りを要求するなんてなんてことをしてしまったのか。
これでは女性に写真を送れと脅迫する変態おじさんと同じではないか。
「ああああああああああああ!!!!!」
布団を被りながら枕を殴る。
「最低! 最低! 綾香のバカ! ゴミ! 屑! 人でなし」
自分で自分を責める。
でも、そういいながら少し期待してもいる。
今頃、イヴは何をしているだろうか。
こんな自分に引いてしまっただろうか、もしくはもっと攻めた写真を撮ろうとしているのだろうか。
焦り、期待。
しかし、もう文は送ってしまったし、既読はついている。
もうこうなっては綾香に出来ることはない。
ピロン。
ガッ!
そこに文章はなかった。
かといって写真が送られてきたわけでもない。
▶マークのボタン。
「どう……が……?」
ポチ。
映像の中で、イヴは自分の谷間を映している。
そこからゆっくりと顔の方へとアングルを変えると、その口には棒つきの雨を咥えている。
『……』
「こいつ……一体何を……!?」
『綾香のへんたい』
「うっ……」
腹を抑える。
だいぶ気のせいであることは確実であるが――。
綾香はその一言で、おなかに生命が宿った気がしていた。
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