第8話買物と書いてデートと読む

 スマートフォンに映るは女神。

一糸まとわぬ女神が、隠すべきところを手で隠した写真が映し出されている。

普段の白き肌は、火照りから少しばかりピンク色にゆだっている。

そしてあえてそうしているのか、顔は上半分が隠れ、その口元は笑っている。


 それは――綾香を殺すに十分だった。

幻覚。綾香には幻覚が見えていた。

スマートフォンを開いた瞬間――そこに映っていた女神。

どうしてか頭には引き金を引く音が聞こえる。


 スマートフォンはピストル。

女神という弾丸が、綾香の脳内を打ち抜く。


 アメイジンググレイスをBGMに、綾香は鼻血を噴き出しながら倒れた。

ゆっくりと――ゆっくりと――まるでスロー再生をしているように。

線を引いて舞う鼻血。

この世の全てを許すような顔をしながら。

綾香は天国へと昇る。


 天国へ昇ること数分。


「小悪魔かと思ったら女神になって、女神に殺された」


 どうしてだか涙が流れる。

涙があふれて、身体は力が抜けているのに。

どうして――保存を連打する指は止まらないのだろう。


 振り回されているのは分かっている。

あの頭ぽんぽんをされた日以来、ずっと、ずっと、ずうううっと。


「六道さん……私だけの女神……絶対誰にも渡さない。渡したくない」


 おかしな感情が沸いていた。

この女神を自分だけのものにしたい。こんな写真を送るのは自分だけにしてもらいたい。


 鼻血と涙に塗れた顔がやる気に漲る。


 ドダダダダダ。


 綾香はダッシュで風呂場へと向かうと、超高速で衣類を脱いで浴槽へダイブした。


「綾香! うるさい! なんなのもう!」


 また母が叫ぶ。

でも、綾香は止まらない。


 負けてはいられない。

このままでは振り回されっぱなしだ。


 よくない。よくない。

何故なら今は恋敵がいる。


 カシャ。

 カシャ。

 カシャ。


 イヴがそうしたように、綾香もまた入浴中の写真を撮った。

勿論イヴに送るためである。

どうにかイヴと同じような構造で写真を撮ると、さっそく送信ボタンを押す。


『私もお風呂♪』


 ピロン。


『エロい笑』


『興奮した?笑』


 ピロン。


『男だったら良かったと思ったわ笑』


「それは!!!!!!! こっちのセリフだ!!!!!!!!」


「綾香!」


「ごめん! 黙る!」


 ピロン。


『でも、私のほうが乳でかいな笑』


 写真付き。


 綾香は死んだ。



 ◇ ◇ ◇



 放課後になって、イヴはさっそく綾香に声をかけると駅へと向かっていた。

バスに隣同士腰掛けながら、イヴはどこへ行こうかなんて話しかけてくる。


「古着屋ならいっぱい知ってるけど、どこ行く? ジョルナとか?」


「えーと、そうだね、とりあえず色々歩きながら見てみよう」


「うん」


 心の中で綾香は念仏を唱えていた。

いや、正確な念仏は分からないのでそれっぽいのをひたすらに唱えていた。

そうでもしないと正常心が保てなかったためだ。


 だって。


 太ももが――隣同士で座っているから、太ももの肌と肌が触れ合っている。

イヴは女の子であるにも関わらず足を開いて座ると綾香の太ももと濃厚接触している。

肩もくっついているし、ふとした瞬間に長い金髪が綾香のほうへと揺れる。


「そうだ、ゲーセン寄らない? プリとろーよプリ」


「プリクラ?」


「うん、女子高生はプリクラ好きだろ?」


「え、うん……でも、今はプリクラじゃなくても盛れるアプリあるよ?」


「マジか」


 イヴは顔をしかめるとさっそくスマホをぽちぽちしている。

何故だか悔しそうな顔をしながらぶつぶつと『そっちまで調べてなかったな……クソ』なんて言って親指の爪を噛んでいる。

それを見て綾香は親指になりたいと考える。


「よし、インストールした。これどうやればいいの?」


「えっと……ここの設定で種類選べるから」


 イヴのスマホを覗き込みながら指示をする。

ふむふむと頷きながら、イヴも顔を寄せる。

もう顔すらも濃厚接触しそうで、綾香は興奮しないように必死に舌を噛んだ。


 いい顔が近い。

 いい匂いが鼻腔に流れる。


「これでいいのか、じゃぁ撮ろう!」


「今?」


 イヴは綾香の肩を抱き寄せると、頬と頬をくっつけてポーズを決めた。


 カシャリ。


「撮れた撮れた。うわ、俺ぶっさいくだわ。豚の鼻してるよ」


「……」


「綾香見て見て。ほら、綾香?」


「……」


「本当よく失神するな、お前」


 バスが終点についたとき、綾香はやっと目を覚ました。

起きた瞬間にまた失神しそうになったが、綾香はこれからが買物――つまりデート本番だからと気合を入れると意識を呼び覚ました。


 買い物の時間は幸福そのものであった。


 様々な衣類を取るたびに、イヴはきゃっきゃいいながら笑う。

これ似合いそう。あれ似合いそう。なんていいながら。


「あー懐かしい、昔これ着てたわ」


 メンズもののショップの前を通り過ぎたとき、イヴはそんなことを言った。

ガラスケースに映っていたのは、男物の黒いシャツである。


「これ着てたの? 男ものだよ?」


「あー、いや、なんていうか……」


「も、もしかして彼氏のを……着たとか?」


 超絶恐れながら、口も足もガクガク言わせながら綾香が問う。


「違うって! そういうんじゃないから!」


 あまりに強く拒否するものだから、余計に疑ってしまう。


「べべべべべべべ別に、イヴさんに彼氏いても……」


 だって、こんなに可愛いし綺麗なのだから。

男だって放っておかないだろう。だろう。。。


「本当に違うから。今のは忘れて」


「うん……」


 前世でヤクザだったとき、男だったとき。

好きだったブランドだった、なんてイヴは言いだせなかった。

 下手こいたなぁと思いながら、イヴはさっさと次の店へと向かう。


 今は女子高生なのだ。

ヤクザではない。男ではない。

せっかく生まれ変わった自分を楽しもうとしていたのに、イヴは抜けきらない過去に少しばかり顔を暗くした。


(なんか……暗い顔してる。やっぱり彼氏いたのかな)


 イヴの考えなど知らぬ綾香は、そんな風に思ってしまう。


「そういえば、綾香は彼氏とかいるの?」


「いるわけないよ! 全然! いないいないまさか!」


「へーそうなんだ。綾香も可愛いから、いるのかと思った」


「いないよ! 作らないよ! ……それに……好きな人いるし」


「マジ!? えー誰だよ、名前は!?」


「え、いや、あの、その……(お前お前お前お前えええええええええええええええええええ)」


「ちょっと詳しく聞かせろよ! あ、カフェあるし。カフェ入ろ。そこでじっくり聞かせてもらおうじゃねぇか!」


「ああ、ああああ、違うの。私の好きな人は……」


 ぐいと腕を引っ張られて、無理やりカフェに押し込まれる。


(どうする!? どうする私!)


 イヴは勝手に二人ぶんのコーヒーを注文すると、綾香を席に座らせた。

対面に腰掛け、イヴはニヤニヤしながら綾香のことを見つめる。


「で、好きな人って誰?」


 恋愛トークは女子高生にとってはかかせないものだとイヴは考えている。

しかもリアルな話題はいい情報源になるし、自身に置き換えた時も使える。

実際の女子高生がどのような恋愛をしているのか、イヴにとっては最も聞きたいことの一つだ。


「え、ええと、ええと」


「3組の稲葉とか? それともサッカー部のキャプテンとか?」


「違う、違うの」


「えー、誰だよ」


「ええっと、あの、しょの……」


 早く教えろと急かすように、テーブルのしたではイヴが綾香の足を足でつつく。


「だぁれ?」


「私が好きなのは……!」


「好きなのは?」


「Eさんです!!!!!!!!!!!!!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る