第7話ライバル

 帰宅したイヴはさっそく頂いた封筒を開いた。

中には可愛らしいクマの絵がプリントされた手紙が入っている。


 六道さんへ。

急なお手紙で驚いたと思います。


 そこからは前園凛が、以前から図書室へと通っていた経緯が書いてあった。


 ある日、前園凛は図書室へと向かうと、いつもと違う人が受付にいるのを見つけた。

普段ならば地味な女の子が受付で読書をしているのが日常だった。

しかし、そこへ現れた唐突な女神。


 前園はその名を知っていた。

六道イヴ。毎週水曜日に図書委員を行っている女の子である。

 しかしどうしたことか、先週までは目に入ることなどなかったはずの女の子が、今は視界にいればすぐに気づく容姿になっている。


 長い金髪、短いスカート、第二ボタンまで開かれたシャツ。

 先週まで知っていた六道イヴは、そこにはいなかった。

でも、当番表を見ればやはり六道イヴと書いてある。


「あの、本の貸し出しを……」


「はい、こちらの用紙に記入をお願いします」


 なんとなく――見た目は確かに変わったが、声は同じ。

ならば、やはり先週まではまるで目立つことを知らなかったあの地味系女子が、この人。


 まじまじと見てしまう凛に、イヴは笑った。


「この作者、私も好きなんだ」


「そうなんですか? 私もです。いいですよね、人情というか人の温かさが書いてあって」


「分かるー。貧しい中でも温かさを失っていなくて、助け合っていて、胸が温かくなるんだよな」


 本を受け取る。


「あの、本当に六道イヴさんですか?」


「ん、そうだよ?」


「なんか、見た目違うなーって……」


「少しイメチェンしたんだ。派手だったかな?」


「そんなことないよ。凄く可愛いし、綺麗。そっちのほうがいいよ」


「本当!? ありがとう」


 それから、凛はイヴのことが気になりだしたという。


「そういえば、そんな会話したよなしてないような」


 紙を捲る。

二枚目にはそこからさらにイヴのことが気になってしまったというのが長々と書いてある。

読み進めていくと、最後には一言。


『良かったら、私とお友達になってください』


 文のしたにはラインのIDが記入されている。


 イヴはスマホを取り出すとラインを開き、さっそくIDを打ち込む。


「えーと、これか、凛ってあるからこいつだな」


 追加、登録。


『六道です』

『お手紙ありがとう』

『お友達になりましょう(ウサギの絵文字)』


 返信は即座にきた。


『前園です』

『連絡ありがとう』

『びっくりさせちゃったでしょ』


『びっくりはした(女の子の絵文字)』

『でも、友達が増えて嬉しい(花の絵文字)』


 ピロン。


『良かった』

『私もよく図書室いくから』

『またお話したいな』


『是非』


ピロン。


『今度おすすめの本持っていくね』


『ありがとう』



 ちょっとしたやりとりをして、スマホを閉じる。

 部屋着に着替えると、イヴは日課であるトレーニングに励む。


 腹筋、腕立て、ダンベルによるリストカール、コンセントレイションカール。


 ピロン。

 ピロン。


 トレーニングの合間に、またラインの通知が響く。

しかし、今はトレーニング中。

とりあえず終わってから返せばいいやと、イヴはトレーニングに集中した。


「あと2セット……」


 キャミソールが汗に濡れていく。


 ラインを送ったのは凛ではなかった。

あのやりとりを見てから悶々としていた、綾香である。

その後のことが気になって気になって、綾香は居ても立っても居られない。

普段ならば、ラインを送るのもためらわれた。

しかし、嫉妬ファイアー燃え上がる綾香は送信ボタンを押すのをためらわなかった。


 だが、返信はおろか、既読すらない。


「六道さん……」


 ベッドに横になりながら、ラインの画面を見つめる。

既読はつかない。


 もしかしたらやりとりをして、いい感じになっているのだろうかと妄想してしまう。

凛とラインをしているのか、もしくは通話しているのか、もしくは。


 綾香だからこそわかる。

あの時の凛は恋する乙女の表情であった。

そんな乙女から渡される手紙なんて、恋文に決まっている。


 一歩先を行かれた。

そう思うと、綾香は胸が痛くなる。


「はああああああああああああああああ」


 クソでかため息を吐きながら返事を待つ。

あの時は失態に意気消沈していた。しかし、得たものもある。

受け取ったハンカチは、血に塗れているがまだ手元にある。


 バッグをがさごそ。


 まだ血で濡れたハンカチを取り出すと、少しばかり匂いを嗅ぐ。

血の匂い――そして、その先にイヴの匂い。

洗おうか迷う。洗ってはイヴの匂いがなくなってしまう。

しかし、借りているものな以上洗って返さなければならない。


「いや、待てよ」


 このハンカチをキッカケに何か出来ないだろうか。

そうハンカチは手元にある。つまり返さなければならない。

返すだけでなく、何かしらのお礼もしなければならないだろう。


「お礼、お礼――」


 てくてく。

部屋を歩きながら探偵のように考える。


 お礼には何が最適だろうか。

お茶でも奢る? それとも新しいハンカチを渡すとか?

何が最適か。どうしたら好印象か。

どうしたら、ライバルを出し抜けるか――。


 ピロン。

 ガッ!


 鳴った瞬間に手が伸びる。


『ごめん、トレーニングしてた』


 ブッ。


 鼻血が出た。


 そこには短い文――だけでなく、また写真も送付されている。

映っているのは鏡越しのイヴの姿。

キャミソールに短パン姿、そのキャミソールは汗に塗れている。


「なんて……! なんて刺激的な格好をしてやがるッッッ!!!」


 きっと生まれてくる性別を間違えたのだろうなと綾香は思う。

だが、もし自分が男だったら、そもそもこのようなやりとりがなかったのでは、とも。


「いやらしい……! こんな、こんな格好……」


 平常心平常心。

深呼吸をして返信を打ち込む。


『すっごい汗だくだね。でも、六道さんならいい匂いしそう』


 ピロン。


『汗臭いよ笑 あとイヴな』


『今日もいい匂いしていたもん。絶対いい匂い』


 ピロン。


『無いわ笑 嗅いでみる?笑』


 YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES

YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES。

YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES、YES。


「クッソ!!!!!!! なんで私は男に生まれなかったんだ!!!!!!!!!」


 ピロン。


『嘘だよ笑』


「この小悪魔がああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 ピロン。


『今日買い物行けなかったから明日行く?(女の子の絵文字)』


「好きだああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


「綾香! うるさい!」


 下から響く母の声。

しかしもう綾香には母の声など聞こえてはいない。

綾香は即座にタンスを引っぺがすと、明日着ていく下着を選別しはじめていた。


「勝負下着、勝負下着、勝負下着……」


 ラインを打ち込み終わったイヴは汗に塗れた身体を流すため、浴室へと向かっていた。


「イヴちゃん、お風呂?」


「親父、おかえり。うん風呂」


 いつの間にか帰っていた父がパンツ一丁にタオルを肩にかけている。

もう風呂に入ったあとなのだろう。湯だった身体からは蒸気があがっている。


「親父も少し腹でてるな」


「幸せ太りだよ」


「少し運動しろよ」


「へへへ。このお腹には幸せがつまっているんだよ」


 腹を叩くとパァンと威勢のいい音が響く。


「いい音。じゃ、私風呂入るからさっさと出て」


「へいへーい」


 父を脱衣所から追い出し、衣類を脱ぐ。

スマホも持ってきていたので、半身浴をしながらスマホをいじいじ。


 ピロン。


『明日買い物行きたい! 超行きたい!』


 綾香からの返信だ。


『じゃぁ明日学校終わったら買い物行こう』


 ピロン。


『わぁい! 楽しみ!』

『あのさ、今何している?』

『良かったら少し通話しない?』


「今風呂入ってるからなぁ。通話はなぁ」


『ごめん、今電話無理』


 ピロン。


『(泣き顔の絵文字)』


「うーん……」


 カメラを起動させる。

 カシャ。


『今風呂入ってるから。ごめんな』


 写真付きで送信。


 その後しばらく、綾香からの返信はなかった。

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