第4話鏡よ鏡よ鏡さん
部屋に置かれているもの。
ダンベル、ハンドグリップ、トレーニングマット、バランスボール。
それだけを見ればまるで体育会系男子か、最近流行りの筋トレ男子の部屋に見える。
しかしながら、その部屋の主は男ではない。
全身鏡に映されたその姿は――美の極地ともいえる美貌の持ち主である。
六道イヴ、16歳。
花のJKである。
そして、その前世はヤクザ。
長い金髪に華やかな髪飾りをつけ、女の子らしいピンクのワンピース。
手首には細やかなシルバーのブレス、耳には気品あるピアス。
鏡を前に何度も全身を確かめる。
立っている姿、動いたときの雰囲気。鏡を前に回ってみれば、スカートふわりと揺れている。
しかしながら、イヴは満足がいかないように腕組をして鏡を見た。
(果たして、これは可愛いだろうか? 女子高生らしいだろうか?)
前世がヤクザであるが故、その姿が女子高生らしいだろうかと必要以上に考えてしまう。
パソコンやスマホで検索した女子高生たちの写真や記事などを参考に、今日の服装を選んだ。
アクセサリーもメイクも、研究に研究を重ねた。
しかし、変わってしまった自分の姿を鏡に訪ねても本当に女子高生らしいのか、可愛いのかという答えは出ない。
鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番女子高生らしいのはだぁれ?
鏡に向かって微笑んでみる。
(うーん……70点だな……)
自分の笑顔に点数をつける。
笑ってはいるが、まだ足りない。
何が足りないのかと考えて、部屋をうろうろうろうろ。
「イヴ―」
「お袋」
「ちょっと買い物に……って、あんた何してんの?」
「今度学校でオリエンテーションがあるんだ」
「そういえばそんなこと言ってたね。随分と気合入ってるじゃない」
「気合は勿論入れている。でも、なんだかな……」
「何が気に入らないの?」
「今のお、じゃない私、可愛く見える?」
スカートのすそを摘まんで微笑んでみる。
かしこまった娘の姿に母は腕組をして足先から頭までをじっくりと見上げる。
「そうね……可愛いっちゃ可愛いけど……なんか大人っぽいというか、背伸びしているというか、年相応じゃないというか」
「女子高生っぽくはない、か」
「そうね。16歳には見えない」
「うぅん、16歳っぽくないか……そうか、ありがとう」
「あんた……やっぱり彼氏できたでしょ」
「出来てないって。作るわけがない」
「だって、そんなにオシャレしてめかしこんで“私可愛い?”って聞くなんて」
「作るわけがない。それだけは断言できる」
「なんで?」
「男に興味がない(というか、元男なのに彼氏作るとか無理だろ)」
「ふーん……まぁいいわ。お母さん買い物いってくるから、何か買ってきて欲しいものある?」
指先を顎に当てて考える。
「あ、そうだ。プロテイン買ってきて。紙パックの」
「プロテ……イン?」
「うん、よろしく」
娘の意外な頼みものに、母はやはりうちの娘はどうにかなってしまったと考える。
だが以前母自身がいったように、娘は影響されやすい年ごろである。
最近はよく調べものをしているし(流行りものやモデルなど)、その影響かもしれないと答えを出すと、イヴの部屋をあとにした。
車に乗り込み、家を出る。
「プロテインねぇ……ダイエットかな。お母さんも飲んでみようかな」
娘の成長に、母は少しばかり複雑である。
イヴは何着か服を着ては脱ぐのを繰り返すと、当日着ていく服を決めた。
女子高生らしくあろうと、部屋にあったアニメグッズを売った金と父より頂戴した小遣いを元に様々なものを購入していた。
衣類、アクセサリー、シューズ、メイク道具。
果ては下着の類までこれだというものを自身に合いそうなものを購入している。
今、イヴは下着姿で鏡の前に立つとその姿に点数をつけていた。
(もう少し……乳があるように見せたほうがいいか?)
背中の脂肪を無理やりに前に引き寄せ、整える。
下着ショップで正確なサイズも測ったし、やりかたも教わったのでいかに美しく見せるかの方法はすでに知識となっている。
万が一に下着が見えてしまった場合にも、見られても平気なもの。
寄せ上げた谷間。前かがみになって鏡に映す。
(うーん、こんなもんか。筋肉だけじゃなくて、脂肪ももうちょっとつけないとな……)
記憶が戻った日より、身体の鍛錬は欠かさずにいた。
それはない体力を戻すという意味合いもあったが、女子高生らしいラインを引き出すためのものでもある。
しかしながら、ストイックなその性格は、余分な脂肪までも落とすと少しばかり肉付くが悪い印象を与えている。
(脂質と糖質も摂ったほうがいいな……スイーツでも頼むか)
スマホで買い物にいった母に連絡を取る。
ラインを開くと、アイコンも名前も女子高生らしくあるようにしたものだ。
アイコンは顔を隠した自身の姿。名前は六道イヴという名から「りく」と表示してある。
『何か甘いものも買ってきて』
『了解』
連絡を終えると、つけていた下着を脱ぐ。
次につけたのは部屋着ではあるが、バストやヒップの形を崩さないように作られたものだ。
「年相応ってのも難しいもんだな……酒もタバコもやれねーしなぁ……」
酒の代わりにプロテインを。
タバコの代わりにスイーツを。
全ては女子高生らしくあるために。
ほぼ同時刻、小林綾香は悩んでいた。
イヴと同じように全身鏡を前にすると、その容姿をいつまでも見つめている。
ほぼ同時刻に、綾香もイヴと同じ悩みを抱えていた。
(これは――可愛いかな?)
今の自分に出来る最高のオシャレをしようと、綾香はああでもないこうでもないと衣類を重ねた。
控えるオリエンテーション。
遠足である。
遠足と書いて“デート”と読む。
あの日――……
バレーで足を捻挫したあの日。
お姫様抱っこをされたあの日。
頭をポンポンされたあの日。
あの日、小林綾香15歳は恋に堕ちた。
男にではない。
クラスメイトの――同性の――今までは冴えなかったあの――
六道イヴに。
オリエンテーションなどまたと無い機会である。
今まさに恋する乙女となっている綾香は、少しでもイヴによく見られたいと全身全霊を持ってオシャレに悩んでいた。
「ダメだ。どうやっても、あの凛々しさには敵わない」
うなだれて顔を歪ませる。ため息さえ零れる。
いくら頑張ってみても、六道イヴの隣を歩ける気がしなかった。
「はあああああ~~~(クソでかため息)」
きっとオリエンテーションのとき、イヴは最高のオシャレをしてくることだろう。
制服姿であの凛々しさと美しさなのだ。私服をきたらどうなってしまうことだろうと妄想が膨らみすぎて爆発する。
あの見た目ならどの服装も似合うことだろう。
少女にもなれる。アダルトな美女にもなれる。麗しの男装にだって。
どうしても、そんなイヴの隣を歩きたい。
だが、それに見合った自分が想像できない。
「あー。くそくそくそくそ。このブスが!」
鏡へ向かって愚痴を垂れる。
ブスというと余計に自分がブスに見えて、さらに気力がしぼむ。
少し前まで教室の隅っこにいたはずの六道イヴ。
一切に気にならない、それこそ道端の石ころのような存在だったはず。
なのに、今はショーケースに飾られた宝石のごとく、綾香の中に存在するイヴ。
何がきっかけだったのか、どうしてあのようになれたのか。
自分も頑張れば――背伸びすれば、あの存在に少しは近づけるのではないか。
そう思って、また衣類を変えて鏡を前にする。
「ぶすぅううううううううううううう」
泣く。
己のブスさに。
小林綾香は決してブスな類ではない。
しかし、イヴと比較すると自分が道端の石ころに感じる。
「はぁ」
体育座りした泣き顔を鏡に向ける。
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番ブスはだぁれ?」
鏡の向こうの泣き顔が指を指す。
「はぁ。六道さん今ごろ何してんのかな」
スマホを開く。
イヴの連絡先はすでに知ってはいたが、なにか文章を打ち込んでも送信ボタンが押せない。
『今何してるの?』
『遠足楽しみだね』
『っていうか好きです』
ないないないないない。
そうして、また文字を消していく。
もし読まれなかったら。既読無視だったら、そっけない返事がきたのなら。
ウザい女子だと思われたのなら。
送ることなんて出来なかった。
ピロン。
「あ………あぁ………あああああああああああああ!!!」
りく;オリエンテーション楽しみだな。
この服装、変じゃないかな?
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
添えられた写真。
私服姿の写真。
スカートを摘まんだ凛々しき姿。
初めて送られた自撮り。
綾香の指先は――
文字を打つときよりも早く。
文字を削除するときよりも早く。
その速度は脳から送られる電気信号のごとく。
ごく自然に、それでいて高速で。
保存をタップしていた。
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