第3話グループ決め
「じゃぁ、この前いっていたオリエンテーションのグループ決めをするから」
担任に言われ、さっそく教室内にはざわめきが起こった。
すでに仲良くなっているグループはいくつかあった。
教室にはいくつかの塊が出来たが、六道イヴは教室の片隅でぽかんとその様子を見ていた。
高校生活初の遠足――オリエンテーションが開催される。
そのためのグループ決めが行われたが、六道イヴは誰に馴染むことも出来ずにただそこに佇んでいた。
元より友達がいたわけではなかった。
故に、前世がヤクザであったという記憶が戻ったからと学園生活が変わるはずもなかった。
容姿や性格は変われども、クラスに馴染むことが出来ずにいた。
「六道さん」
「ん?」
そんなイヴに声をかける者がいた。
背の小さい黒髪おかっぱの少女である。見覚えのある顔だなと思えば、その顔はいつか保健室に運んだクラスメイトだ。
「あー、お前あのときの。足もう大丈夫なのか?」
「うん。もう大丈夫だよ。あのさ、六道さん誰かと回るの?」
「見りゃ分かるだろ」
イヴの周りに人はいない。
しかし、それは良かったとおかっぱの少女――小林綾香は微笑んだ。
「良かったら、私と一緒に回らない?」
「構わねぇよ」
「良かった」
「でも、いいのか。お前他にも仲いい奴いるだろ?」
「隣のクラスにはいるけど……このクラスにはあまりいないから」
「お前がいいなら俺――私はいいけどさ」
「じゃぁ、一緒に回ろうよ」
フフフと顔を赤らめながら隣に腰を下ろす。
担任は教室にいくつかのグループが出来上がるのを確認すると、出来上がったグループに用紙を書くように促した。
しかし、教室にはいくつかの所謂“ぼっち”な生徒がまだ残っている。
「六道、小林、あなたたち二人だけ?」
担任が声をかけると、イヴは頷いた。
「じゃぁ、小寺と蓮田もいれてあげて」
「お、私はいいけど。小林さんはいいのか?」
「え、私? えーと、うん、いいよ」
「よし、じゃぁ決まりね。四人の名前を書いて提出してね。
せっかくだし、この機会に仲良くなりなさい」
釘をさすような言い方にイヴはへいへいと頷く。
最初に一緒に回ろうといった小林綾香はちょっとだけ不服そうな顔である。
あまりもの四人が集まると、イヴはさっそく用紙に名前を書いていく。
「俺、じゃない私と、小林綾香と。あとお前ら名前なんだっけ」
「小寺美里」
「蓮田ゆき」
「小寺美里と、蓮田ゆきか。よろしくな。じゃー提出しとくから、お前ら何したいか考えとけ」
イヴは用紙を担任に渡すと、そのまま何かを話し込んでいる。
残された三人はイヴの後ろ姿を見ながら少しだけ気まずい空気だ。
何より今まで接点などなかった三人である。
「六道さんさ」
最初に口を開いたのは小林綾香だ。
「最近変わったよね」
「あー……確かに」
変わったという言葉に小寺美里も頷く。
担任と話し込んでいるイヴの姿はちょっと前まで地味目女子だったとは思えないほどの姿だ。
屈めばパンツが見えてしまいそうなミニスカートに、髪は金色に変わってしまっている。
前まではオドオドとしてビクついていた喋り方や雰囲気だったのに、今その背から感じるものは凛々しさと何処か男勝りな空気感だ。
「この前、小林さんお姫様抱っこされてたよね」
ふいにそんなことを言う美里に、綾香は顔を真っ赤にする。
「あ、あれは仕方なく! っていうか、六道さんが勝手にしたことで! 別に頼んだわけじゃないから!」
「そんな慌てなくても……でも、あの時の六道さん、なんていうか王子様っぽかったよね」
「そ、そうだね……へへ、へへ」
「小林さん顔真っ赤だったし」
「いや、あれは違うから! 皆の前でお姫様抱っこなんかされたから恥ずかしくて! 六道さんの顔がよかったからとかじゃ!」
否定すればするほど、綾香は『自分なにいってんだ』と余計に恥ずかしくなる。
変なことをいうものだから、あのときの記憶が戻ってきてしまう。
軽々とお姫様抱っこをしてくれた、あの感触。
あのとき、恥ずかしさを隠すために口を押えてしまっていた。
でも、あのとき首に手を回していたら。
保健室から去るとき、頭をぽんぽんしてくれた。
あの感触は今でも思い出せる。
寝る前にはよくあのときのことを考えてしまうし、考えていると顔が熱くなってしまう。
それはまるで――恋する乙女が如く。
「私の顔が何?」
ぽん。
「あ……ああ……あ……」
手のひらが。
あの時と同じように。
手のひらが。
頭にッッッ――……
いつの間にか戻っていたイヴは、綾香の頭に手を置くとそのまま後ろから顔を覗き込んでいる。
急激に上昇していく顔の温度。
乗せられた手を、今頭が、髪の毛が、全身全霊の力を持って、感じようとしている。
「なんだよ?」
「な、なんでも……ありま……ひぇん」
「? 大丈夫かお前」
「だ、だだだ、だいじょう……ぶ」
綾香の眼は潤みながらもグルグルと渦巻くと、今にも壊れそうだ。
「で、どこ行きたいか決めたか? 遊園地なんだろ、絶叫系とかダメなやついたら言えよ」
「あ、私絶叫系はちょっと……」
「私も苦手……」
気持ち程度に手をあげながら美里とゆきが発言する。
「お前ら絶叫系ダメか……そっかぁ、俺結構好きなんだけどな。小林さんは?」
「ダメだけどすすす、好きです!」
「どっちだよ」
「好きです! ダメだけど!」
「はぁ?」
「六道さんが乗るなら乗る!」
「おーマジか。じゃぁ一緒乗ろうぜ」
「はい!!!!!!!!!!!!!!!!」
顔を紅に染め上げる綾香を見て、美里とゆきは顔を見合わせた。
この時、二人はほぼ初の会話と初の面識をもった程度の仲であった。
しかし、その交わらせた視線で交わされるやりとりは同じ意見のものである。
そう、二人の意見は。
(小林さん、六道さんのこと好きなの?)
「エンドゥーも仲良くなれっていってたしよ、せっかくだからさん付けしないで行こうぜ。
俺のことはイヴでいいからさ。お前らのことも下の名前で呼んでいいか?」
「もちろん!!!!!!」
「よし、じゃー、小林は……綾香だっけ?」
小林は……綾香だっけ?
綾香だっけ?
綾香。
余分な部分を省き、名前の部分だけが脳内に衝撃となって響く。
その回数、およそ50回。
綾香の脳内にはイヴの声で優しく呼ぶ声がすると、その脳波は異常な数値を叩きだしていく。
「おーい、綾香。大丈夫か、綾香?」
「あ、ごめん! 大丈夫!」
「俺のこともイヴでいいからな」
「じ、じゃぁ……イ、り……六道さ……」
「だからイヴでいいって」
吸ってー。
吐いて―。
呼吸を整える。
「い、イヴ……」
「なんだ、綾香?」
その所作は――イヴの所作は普段となんら変わらないはずのものだった。
普段と変わらないはずなのに――
綾香のその目はどのアプリよりもどの一眼レフカメラよりもイブのことを鮮明に捉えると、極限まで加工したような輝かしさを伴って脳へと記憶されていく。
ただの頬杖をついた姿。
ただのささやかな笑顔。
なのに。
なのに。
「お前はすぐ顔赤くなんな、綾香。赤面症か?」
指先が――。
イヴの指先が。磨かれた爪が、白く細い指先が。
綾香の紅蓮のごとく燃える頬をなぞった。
「うおおおあああああああああああああああああ!!!」
急な綾香の叫びにクラスの視線が集まる。
そして、その二人を目の前にしていた美里とゆきはまた視線を交えた。
先ほどと同じように。ただ目線だけのやりとり。
まだ仲良くなったとは言い切れない二人の、しかしながら全くの同意見である。
(小林さん、六道さんに惚れてるわ)
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