1.3食目 流れ星が砕けた夜
辛うじて滑り込めた終電から這い出るように降りた僕。いつもはこんなに遅くはならないのだが、この日はどうしても残ってやらざるをえない案件があったのだ。ICカードをリーダーにタッチしてホームに出ると共に、胸ポケットから「
こうも遅くなったら自炊は面倒だけれど、せっかく用意した食材はこっちの納期など関係なく鮮度が落ちていく。こういう時こそしっかり食べて明日の活力にしようじゃないか。僕はそう自分に言い聞かせ、昨日の夜から決めていた献立を決行することにした。そんなに手間のかかるものではないし、気にするとはないだろう。
社会人として働きだして数年が経ち、金も時間も余裕がないという生活が続けば自炊くらいしか楽しみがないというのが実情というのが若者としては如何ともしがたい所だが、少なくとも現状にはさほど不満を持ってはいない。強いて言うなら、もう少し異性との出会いがあっても良さそうなものという、運命への不満くらいだろうか。
そんなことを考えつつ何の気なしにスマホの画面を点灯すると、真っ先にニュースの一文が飛び込んできた。それは今夜、突如として火球が空に出現したというものだった。しかもその出現位置は、自分が住んでいるこの街からよく見えたというのだから、せめて窓から見えればよかったと若干の後悔を抱いた。今日はとことんついていない。
ならせめてその時の委細な状況を知っておこうとそのニュースのリンクを追ったところ、妙に気がかりな一文が目に留まった。
「隕石の破片と思われる火球。よく見るとそこにもう一つの発光物が衝突し、空中で破裂しているのがお分かり頂けるだろうか」
確かにその動画を見ると、目を灼かんばかりの閃光を放つ隕石と思われるに小さな隕石のようなものが当たり、更に光を放って放射状に散っていくのが伺えた。
「まるでスーパーマンだな…。いやいや、どうせこの隕石の破片の一部が逆流してぶつかっただけだろ」
誰もいないことをいいことに一人ごちながら、自分のアパートへと近づく僕。狭いキッチンにも幾分慣れた我が家まであと少し。
そう思っていると、目の前の路上に何やら見慣れない影があった。
シルエットは女性のものだった。外灯のわずかな光を受ける髪は鮮やかな金色で、服装は何やらコスプレめいたノースリーブワンピースにニーハイブーツという出で立ち。ご丁寧に腰には二本の細長い何かまで差されている。最近は施設でコスプレの撮影会をするレイヤーもいるというし、その帰りなのかもしれない。
少なくとも僕の人生に関わるような人ではない。そう思って横を通ろうとすると、その人はいきなり片手を伸ばして制止を求めてきた。
「あっ、ごめんなさい!ちょっと今取り込み中なんだ!危ないから遠回りしてもらえるかな?」
外国人のような端正な顔立ちから放たれた流暢な日本語に躊躇うが、僕にもここを通らなきゃいけない理由がある。
「あー…コスプレの撮影でもやってるん、ですか?僕ん家、そこなんだけど」
「だからこそというか、ええと…とにかくダメなものはダメなんです!来ちゃダメ!」
話の通じない手合のようだ。あるいは撮影にのめり込みすぎているのかもしれない。僕はひとまず邪魔にならないよう、歩道の端を通って家路へ向かうことにした。
しかし、その瞬間。
「――えっ」
彼女の忠告は本当だったのだ、と刹那に理解した。何故なら、黒いサッカーボールほどの球体がいきなり路地から飛び出し、僕に向かって飛来。ほどなくして衝突したのだ。
不意な推力に道路へ投げ出される僕。間一髪鞄を顔近くに上げたことで難は逃れたが、ひっきりなしに何かを齧る音が聞こえてくる。よく見れば、その激突してきた黒い塊から歯茎と牙が剥き出しになり、僕の鞄に噛みついているではないか。今すぐにでも放り投げたいが、理解を超越した展開に体が言うことを聞いてくれない。
「そのまま、動かないで!」
すると、不意に聞こえた女性の声で僕は我に返り、言われた通りその姿勢を保つ。するとどうだろう、その声の主は先ほどいたコスプレ金髪少女で、何の躊躇いもなくこちらへと走ってくるではないか。
「ま、待って!こっちは危険だ!」
「だから危ないって言ったじゃん!私なら大丈夫、慣れてるか…らっ!」
次の瞬間、勢いよく飛び出した少女は思いきり足を振りかぶり、サッカー選手もかくやというキックで黒い塊を蹴り飛ばし、鞄から引き剥がした。同時に布が食い破られ、中から資料や弁当箱がまろび出る。
黒い塊はその勢いですっ飛んでいき、向かいのフェンスに音高く激突してバウンドし、宙に浮く。すると、少女は腰に差した二振りの獲物に手をかけ、わずかに姿勢を低くした。
抜刀。その時に現れた、月光を受けて白銀の輝きを返したのは紛れもなく刃。同じく銀の柄から伸びるその拵えは、ゲームや映画でしか見たことのない西洋剣であった。そして刹那、交差するように振り抜いた剣閃は謎の怪物を十字に切り裂き、断末魔を挙げながら黒い砂となって霧散していった。謎の生物の襲来以上に理解を超越した展開に、尻餅をついたまま動けない僕。彼女は二本の剣を両手に持ち、周囲を見渡してから僕に目をやると、困ったような笑顔を浮かべた。
「み……見た、よね?」
「ええ、まあ。これも撮影…だったりするのかい?」
「サツ、エイ…。これが作り話ならどれだけよかったことか。しかもここ、なんか知らない場所来ちゃったっぽいし…よし」
すると、少女は剣を納めて僕を立たせ、値踏みするように僕を見上げた。見上げるとは言うものの、僕もさほど背が高い訳ではないので、そこまで身長差はないように見えた。
「…おほん。よく聞きなさい。私の名前はシンシア。シンシア=フォン=ドラクリウス。私の名前と『クロノマンサー』という名前に聞き覚えは?」
「ぜ、全然」
「そっかあ。そんな気はしてたけど、やっぱりそっか…」
急にしおらしい声を出したかと思うと、シンシアと名乗った少女はいきなり僕の手を取って涙目になりながら見上げてきた。
「水と食糧分けてください!!あと寝床も!!私…私迷子なんですぅぅ!!」
「み、水と食糧ってそんな大袈裟な!ちょっと歩いたらビジネスホテルとかありますからそこまで…」
「ホテルって宿ですよねぇ?お金もないんです…。あなた、さっき家近いって言ってたよね!じゃあ丁度いいじゃん、さっきの来ても守れるから!」
「し、しかし……」
断りたい。しかし、ひしゃげたフェンスに食い破られた鞄。レイヤー風女性に泊めてと懇願されるこの構図はどう考えても事案ものだ。今は人通りがないものの、うっかり目撃されたらたちまちSNSで拡散されてしまうだろう。そこまで考えた僕は、眉間を抑えながら声を絞り出した。
「…一晩だけですよ」
縁北斗、20代中盤。始めて自宅に女の子を上げるシチュエーションは、どこをとっても現実離れしすぎているものだった。
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