第80話 国家間会議


 アイリツ大陸は不安の暗雲に包まれていた。


「人の口に戸は立てられぬ」


 とはよく言ったもので、情報統制ならびに箝口令が敷かれはしたが大陸民にとっては意味を為さなかった。


 輸出入の商いを行う商人たちも武国の軍事的緊張感を余さず伝えるものだから、真実味と云う彩も添えられて。


 そこに来て国家間会議である。


「心配するな」


 という方が無茶だろう。


 国家間会議。


 読んで字の如く、だ。


 アイリツ大陸四か国のトップである神王皇帝が政治的空白地帯である大陸魔術学院に集まって議論する会議を指す。


 時に講和。


 時に牽制。


 時に妥協。


 時に意思疎通。


 いくら国家間の仲が悪くとも話し合いのパイプがなければどちらかの軍事力が消滅するまで戦争を続けるしかなくなる。


 少なくともアイリツ大陸の戦争が国境紛争程度で済んでいるのはここに理由がある。


 大陸魔術学院という政治的空白地帯を通して政治的決着をつける。


 つまり大陸魔術学院は魔女の学院でありながら高度に政治的空間でもあるのだ。


 無論だからといって四か国全ての神王皇帝が揃い踏みになるのは普通では有りえないのだが。


 一般的に国家間会議は二か国が話をつけるときに用いられる。


 が、武国の(良く言って)開拓精神がこちらに向かってくるともなれば神王皇帝が出そろうのも致し方なし。


 一応暗殺の危険もあるため宮廷魔女や王属騎士が護衛につくが、あまり仰々しい護衛は下に見られるという風潮があるため各国の王たちは必要最低限のお供しか連れていない。


 此度のアイリツ大陸全国家による国家間会議においてデミィ……北の神国のデミウルゴス教皇猊下の護衛はビテンとマリンとユリスと相成った。


 宮廷魔女でも王属騎士でもない。


 学生。


 とは云うが暴力的な能力なら実のところ他国の護衛より頭一つ抜けている。


 ビテンとマリンは当然ながら、ユリスとて、


「北の神国の国境を定義する者」


 との評価を得ている。


 デミィにしてみれば、


「心強い」


 に相違ないだろう。


 もっとも……ぶっちゃけた話をするのなら、


「そもそもデミィに護衛はいらんだろ」


 というのがビテンの本音ではある。


 閑話休題。


 北の神国がまず真っ先に武国の脅威にさらされるのは既に国家間会議に出席している誰しもが共有する念だ。


 次に危ないのが西の帝国だろう。


 とはいえアイリツ大陸は四つの国しか興っていない辺り小さな大陸だ。


 東の皇国並びに南の王国も対岸の火事とは言えなかった。


「各国の王よ。集まってもらってまずは感謝の念もない」


 猫……というより権威を被ったデミィの言葉に各国の王が重々しく頷く。


 ある種の戦争だ。


 ここで弱みを見せれば付け込まれるため、神王皇帝は権威の衣を何重にも纏って矜持を維持せねばならない。


 ピリピリとした空気ではあるが、


「くあ……」


 ビテンは特に何を恐れ入るでもなく小さくあくびをした。


 マリンがビテンのわき腹をつねる。


 ビテンの無粋は今更だが。


「今こうして我々は武国の脅威にさらされている。各国言いたいことはあろうが目先の利権に終始すればくわえた肉を川の水面に落とす狂犬となる……というのは理解されているはずだ」


「回りくどいのう」


 王の一人が皮肉った。


「北西大陸の武国がまず攻め入るとしたら北の神国であろう? 兵を貸せと素直に言えばよかろう」


 アイリツ大陸の四か国の内もっとも兵力が無いのが北の神国である。


 宗教国家の定めではあるが、量より質を揃えることで軍事力の裏付けを取るのが北の神国の伝統である。


 まさにデミィやビテンやマリンやユリスがそれに準じている。


 一個師団に勝る一人。


 本来魔女はそんな存在だ。


 が、こと武国においてはこれが通じない。


「マジカルアバドン」


 そう呼ばれる戦力にして戦術の名が武国をして北西大陸における最強国家足らしめているのである。


 これもまた読んで字の如く。


魔術的蝗害マジカルアバドン


 である。


 魔術を使うにはマジックキャパシティと呼ばれる能力を備えておかねばならず、この能力は女性特有のものだ。


 逆に言えば女性であれば大なり小なり魔術を扱えるということでもある。


 アイリツ大陸の国(だけではなく一般的な国家もそうなのだが)は魔女に量より質を求める。


 先述したが一個師団に勝る一人。


 その具現化に心血を注ぐのが常道である。


 しかして武国における魔女の在り方はそれらに対して真逆だ。


「粗製乱造」


 一言で云えばそれで済む。


 要するに魔術を使えるというだけで女性優位主義の名の下にプライドを刺激し兵力として招き入れるのだ。


 下はファイヤーボールから上はメギドフレイムまで。


 とにかく攻撃魔術を使える魔女は惜しみなく戦線に投入する。


 数千から数万に達する粗製乱造の魔女の軍団が出来上がるのだ。


 この魔女の軍団を指してマジカルアバドンと呼ぶ。


 本当にただの人為的蝗害である。


 一個師団を殲滅する上級魔女のメギドフレイムも、暗記うろ覚え魔女のゼロの一発で無に帰る。


 対して下級魔術であるファイヤーボールも一万を超えれば防御の魔術の対応にも苦慮させられてしまう。


 数にものを言わせた混在魔女軍団。


 ゼロは対象魔術であるから一回の行使につき打ち消せる魔術は一つのみ。


 であれば一発のメギドフレイムより一万発のファイヤーボールが戦場では活きてくる。


 そんな数万の魔術の乱発によって進軍する魔女の軍団。


 誰が呼んだかマジカルアバドン。


 下級魔術から上級魔術までもを乱発して進軍し、通り道にはぺんぺん草も残らない。


 蝗害に例えるのも言い得て妙ではあった。


 対抗手段もあるにはある。


 が、それは北の国の禁忌魔術に相当する。


 軽々しく話せるネタではない。


 と思いきや、


「こちらにはマジカルアバドンの魔術を例外なく封殺する用意がある」


 デミィはあっさりと口にした。


 ゼロフィールド。


 ゼロという対象魔術を範囲魔術にまで引き上げた北の神国のマル秘魔術。


 明言こそしないものの、


「それを指している」


 ということはデミィのお供であるビテンとマリンとユリスには理解できた。


「ほう?」


 とデミィ以外の神王皇帝の面々は皮肉気に眉を引くつかせた。


「そんな便利な魔術が北の神国にはあると?」


 西の帝国の皇帝が皮肉ったのもしょうがないだろう。


「ええ」


 サラリと躱すデミィ。


 そしてそこからが深刻だった。


「しかして魔術を封殺して済む問題でもありません」


 此度のネック。


 問題点。


 デミィは言ったのだ。


「武国の戦力はこちらの二倍から三倍」


 と。


 それも武国全体ではなく、あくまで華国を占領し、なおかつその統治を行いながらアイリツ大陸に出兵できる戦力が、である。


 である以上どうしても数の差は出てくる。


 マジカルアバドンも脅威だが、それ以上に単純な数値の差がそのまま国力に直結している点をデミィは指摘してのけた。


「つまり」


 と神王皇帝の一人が言う。


「我らに兵力を貸せと。そう仰る?」


「ええ」


 デミィの声に嘆願の色はない。


 少しでも気後れを見せようものなら付け込まれるのは目に見えている。


 弱みはこの際致命的だ。


「汝らとて武国のマジカルアバドンへの対処方法を持ってはいないだろう?」


 デミィの皮肉に、


「…………」


「…………」


「…………」


 各国の王は沈黙せざるを得なかった。


 少なくともデミィの言いたいことは十全に飲み込める。


 デミィは述べた。


「北の神国の魔術ならばマジカルアバドンを封殺できる」


 と。


 その言葉の真偽はともかく、少なくともそこに勝機があるとデミィが確信していることには疑いようもない。


「……わかった」


 一人の王が嘆息しながら言った。


「そちらに軍を回そう。幾らいる?」


「そちらの妥協できる範囲で最大限」


 アイリツ大陸の国とて仲良しこよしではない。


 である以上トトカルチョの様に兵力の一点集中派遣なぞもってのほかだ。


 だが北の神国に量としての兵力が慰みである以上、純粋な兵力は数をもって決まる。


 まして魔術を封殺してのけると豪語したのだ。


 後はどこまで神王皇帝に言葉が通ずるか。


 そこにかかっていたが、


「まぁ対岸の火事とも言えんしのう」


「余はそれで良い」


 各国から妥協は引き出せた。


「一応の危機感は伝わったらしい」


 とビテンは皮肉気に思う。


「後は戦場の構築と斥候の警戒、および潰走への追い打ちだが……」


 デミィがそう言うと、


「あう……」


 と人見知りで有名なマリンが割って入った。


 言葉にするだけでもプレッシャーだろう。


 何せ相手は神王皇帝。


 一人として並みの人物ではない。


 まして不敬を働けば護衛の魔女と騎士が黙っていない。


 けれども、


「案が一つ……あります……」


 勇気を振り絞ってマリンは言った。


 自身の可能性を。


 そして戦略の構想を。


「本気ですか?」


 問うたのは東の皇国の皇帝。


 さもあらん。


 シトネとの一件で東の皇国の禁忌魔術を会得したのだ。


 それを実用レベルで使うともなればどれだけの才を費やせなばならないのか考えるだけ無駄だ。


「出来ます……。多分……」


「異論反論はお早めに」


 これはビテンの言葉。


 少なくともビテンにしてみればマリンの提案は合理的だ。


 そが叶えば武国にも敵うだろう。


 であるからこその納得。


「反論はありませんね?」


 デミィが念をおす。


 反論はなかった。


「ではその通りに。細かい作戦を詰めましょうか」


 そして国家間会議は続けられるのだった。


「業が深い」


 と思ってはみても。

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