第79話 亡命政府の事情


「何してんだろうなぁ」


 それがビテンの率直な感想だった。


 デミィが学院に来たというだけで嫌な予感はしたが、その心にかかる雲はぐんぐんと成長してビテンの心象で曇天へと変貌した。


 何かと問われれば会議である。


 理事棟にある会議室の一席に座ってビテンは口をへの字に歪めるのだった。


 いつもおちゃらけているデミィも此度は深刻そうな顔をしている。


 ビテンの隣にはマリンが。


 さらに学院の理事長と、生徒会長であるユリスと、北西大陸の華国の女王が列席している。


 華国は北西大陸の半島国家だった。


 北西大陸の東南端からアイリツ大陸に向かって伸びる半島故にアイリツ大陸と北西大陸の橋渡し的な意味合いを持つ国であったのだ。


 アイリツ大陸の国家は閉鎖的な運営を行っているからとかく北西大陸と友誼を深めることをしなかったが、商人たちが船を使ってアイリツ大陸と北西大陸を行き来しているため、まったく縁がないわけでもない。


 鎖国二歩手前と云った様子だ。


「で? 何でその華国の陛下がこちらに?」


 そんなビテンの疑問も当然だろう。


 北の神国の事情と云うことで次期枢機卿であるビテンとマリンにも声がかけられたのだが、二人にしてみれば交通事故に巻き込まれたも同然だ。


「あー……」


 デミィは言葉を探していた。


「どこから話したものかな?」


「どうせユリスの出張と関係あるんだろう」


 というビテンの予想は正しい。


「とりあえず華国の陛下は現在北の神国で保護しているんだな」


「保護?」


「匿っているというか何というか……」


 煮え切らないデミィの言葉。


「はっきり言え」


 よく考えれば不敬罪だがビテンの言動にとやかく言える人間はここにはいない。


「じゃあ単刀直入に言うけど華国は滅んだ」


「…………」


 デミィの言葉を鵜呑みにするには喉に通らない程度には内容が大きかった。


「?」


 とビテンとマリン。


「滅んではいないぞ?」


 華国の女王がそう反論するが、


「かろうじてね」


 デミィは相手にしない。


「北西大陸の武国は知っているかな?」


「まぁ何かと耳にはするよな」


「華国は武国に攻め滅ぼされた。で、華国の要人たちが北の神国に逃れて亡命政府を樹立したっていうのが現状」


「何時から?」


「何時くらいだったかな?」


「半年前です」


 最後の言葉はユリスである。


「聞いてないんだが……」


「だってビテンとマリンは神国に帰ってこないんだもん」


 プクゥとフグの様に頬を膨らませるデミィ。


「それについては悪かったよ。で、その華国……か? 亡命政府を北の神国に造ったってことはそれだけで終わらないんだろ?」


「レコンキスタ……ですか……?」


 これはマリン。


「だろうな」


 ビテンも頷く。


「その通りだ」


 華国の女王も重々しく首肯した。


「美しい我が領土を取り戻さねばならぬ」


「まぁ頑張れ」


 まったく誠意のこもっていない言葉だったが、


「他に何を言えと?」


 というのがビテンの率直な感想だ。


「で、そんな毒にもならんことを云うために俺を呼んだのか?」


「いいえ」


 デミィは人差し指でこめかみを押さえながら答えた。


「武国から降伏勧告が来ました」


「あう……?」


 とマリン。


「宣戦布告じゃなくてか?」


「まぁ似たようなものでしょう」


 その意見にはビテンも賛成だった。


「受け入れるのか?」


「まさか、でしょう」


 だいたいビテンは自身がなぜ呼ばれたのか把握しかけていた。


「大陸間戦争……か」


「然りだよ」


 ビテンの嫌な予感は見事に的中した。


「俺に参加しろと?」


「他にある?」


「だよなぁ」


 言いたいことは飲み込めた。


 納得できるかは別として。


 ビテンはユリスを見やる。


「お前もよく聞いてられるな」


「国境紛争程度ならともかく今回は国家の存亡がかかっていますから」


「まぁそう言うしかないよな」


 ビテンはどこまでも皮肉気だ。


「別に税金収める相手が変わるだけじゃないのか?」


「祖国を失った者がどんな末路を辿るかはビテンも十分承知でしょう」


「そこの華国の陛下みたいにか?」


「…………」


 華国の女王はビテンを睨んだ。


 もっともその程度で参るビテンでもないが。


「華国が占領されて半年……」


 デミィが話題を変える。


「既に半島は武国の支配下と相成りました」


「だろうな」


 それについては今更だ。


「武国の侵略精神および冒険精神および開拓精神はアイリツ大陸にまで向けられています」


「業が深いな」


 いくら武国とてビテンに言われたくはなかろうが。


「であるため大陸間戦争の準備を粛々と進めています」


「頑張れよ」


 ビテンの激励には心がこもっていなかった。


 当たり前だが。


「ビテン?」


「嫌」


 満面の笑みでビテンは断った。


「そう言わず」


「無敵のデミィなら何とかできるだろ?」


「ビテンがソレを云いますか……」


 少なくともデミィの皮肉に分がある。


「で、どうしろと?」


 ビテンは嘆息。


 もとよりものぐさだ。


 国家間の問題を一人の少年がどうにかできるなら世話はない。


「攻め込んでくる軍隊を殲滅すればいいのか?」


「あう……」


 とマリンがオロオロ。


「人殺しは……ダメ……」


「と、いうことらしいが?」


 ビテンは、


「どうだ」


 とばかりに他の人間を観察する。


「まぁそうですよね」


 少なくともデミィはビテンのゲッシュを理解していた。


「余の美しい領土を奪還せねばならぬ!」


 華国の女王は戦争を賛美した。


 ビテンにしてみれば戯言だが。


「武国の戦力は?」


「少なくとも兵力としてならこちらの二倍から三倍を想定できるよ」


「いや、華国半島を制圧している兵力について問うたんだが?」


「華国半島について云ってるんだけど……」


「…………」


 沈黙。


「言葉もないとはこのことだ」


 とビテンは悟りを開いた。


 曰く、


「武国は北西大陸最強の軍事国家」


「多方面に戦争をしかけている」


「逆らう奴は皆殺し」


「侵略した国の軍隊さえ飲み込んで新たな兵力として運営する」


 黒い噂は後を絶たない。


 ほとんど自転車操業である。


 侵略と統治は並列しない。


「おそらく武国への恨みつらみは大陸に蔓延してるだろうな」


 というビテンの見解は正しい。


 軍事国家である限り避けられない宿命だ。


 その魔の手がアイリツ大陸にまで届こうとしていては、確かに安穏とする余裕は無いと言えなくもない。


「今華国半島を占領及び統治しているのは武国の将軍の一人です」


 大総統は武国の中心に居るということだ。


 必然ではある。


 大総統が主国を守り部下の将軍たちが周りの国を併呑する。


 おそらく華国もその一部なのだろう。


 その程度の予想はビテンとて出来る。


 同情する余地もないが。


 が、


「やれ」


 嘆息。


「たしかにそんな国家に大きい顔されたらたまらんわな」


 そういうことになるのだった。


「では!」


 華やいだ笑顔にデミィに、


「ああ」


 ビテンは首肯する。


「他に選択肢はなさそうだ」


 少なくともマリンの期待にくらいは応えざるをえないビテンではあった。


「あう……。ビテン……」


「大丈夫だ」


 クシャクシャとマリンの髪を撫ぜるビテン。


「ところでどうやって武国の動きを悟るんだ?」


「武国に取り込まれた要人の数人がボイスの魔術で余に忠告をしてくる」


「信じていいのか?」


「少なくとも余は信じている」


「でっか」


 特に思うところもないらしい。


 実にビテニズム。


「しかし勝てるかね?」


「どうでしょう?」


 単純な兵力は二倍から三倍。


 当然相手も魔女を併用してくるだろう。


 であれば戦力の差は絶望的ともいえる。


「退けるだけではダメだぞ。余の領土を取り返してもらわないと」


 これは華国の陛下。


「無茶言うな」


 ビテンは辛辣だ。


「そもそもにしてお前らが武国に負けなければこっちに飛び火することもなかったんだぞ」


 真理ではある。


 残酷でもあるが。


「何か良い案は?」


「他国に要請を出すのはどうでしょう?」


「まぁ帝国も王国も皇国も他人事ではなかろうけども……」


「であるからこそアイリツ大陸の足並みを揃える必要があると思いますが」


「では国家間会議を開くとしましょう」


 デミィがそう言った。


 政治的空白地帯である大陸魔術学院であるから出来る事柄だ。


「使いの者を出さないとね」


 そんなわけで大陸間戦争を間近に感じざるを得ないビテンではあった。


「やれやれ」


 他に言い様もないのだが。

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