第56話 欠席裁判


 始業式とホームルームが終わり、その後日。


 後期二日目。


 ビテンとマリンは生徒会室にいた。


 本来後期には予定があるのだがそれはともあれ。


 ビテンにしろマリンにしろ学院の講義で拝聴すべきことが無い。


 特に何をするでもないため暇つぶしに生徒会室に遊びに来た……とそれだけのことだ。


 惰眠を貪るには目が冴えている。


 学院街でマリンとデートをしてもいいのだが労力と気力の塩梅から、


「学院から出るのが面倒くさい」


 という結論に達した。


 で、タダで茶の飲める生徒会室だ。


「…………」


 ビテンは客席のソファに陣取って紅茶を飲んでいた。


 隣ではマリンが、


「あう……」


 と萎縮。


 何処だろうと二人の心地はあまり変わらないらしい。


 エル研究会はしばし活動停止中。


 会員が一人でも欠ければ活動しないとビテンが決めているためだ。


 そして生徒会長にして教授格にして学院の『お姉様』であるユリスがビテンの視界の中で、中級魔術の記憶量に匹敵するほど分厚い書類の山を処理していた。


 学院祭に向けて全学院生が催し物のために奔走しているのだ。


 生徒会の許諾が必要な書類もある。


 一つ二つならまだいいが、学院全体のソレともなれば膨大な量になって当然。


 それでもクラスによる催し物の取捨選択で済んでいるだけまだマシである。


 研究室や部活の催し物はまた別の組織が処理しているためだ。


 そんなわけでユリスが生徒会の仕事に忙殺されているのでエル研究会は休部になり、ビテンは書類を消化しているユリスを見やりながら平然と茶を飲んでいるという状況なのだった。


 マリンが意識しているのもその点だろう。


 紅茶の味がわからないほど萎縮するばかりだ。


 サラサラ。


 カリカリ。


 ペンを動かして書類に認可の記載をする。


 稀に不認可にするしかない催し物や不透明な催し物があれば庶務に頼んで意図と書類の再確認に奔走してもらう。


 ちなみにビテンも生徒会庶務だが、こちらはあくまで名目上で仕事が割り振られたりはしない。


 無論、割り振られて動くビテンでもないのだが。


「生徒会も大変なんだな」


 気楽に茶を飲みながら安穏としてビテンは言った。


「ええ、まぁ。エル研究会の催しもありますし猫の手も借りたい状況ですよ」


「貸さないぞ?」


「知ってます」


「…………」


「…………」


 しばし沈思。


 それから違和感を問うた。


「エル研究会の催し?」


「はい」


「聞いてないぞ?」


「言ってませんから」


 サラサラ。


 カリカリ。


 ビテンと会話しながらもユリスのペンは止まることを知らない。


「既に委員会に申請して認可を貰っています」


「勝手にもほどがあるな」


「一年に一回のお祭りですから不精をおして楽しんでください」


「マリンとデートするくらいならいいんだが……」


 ぼんやりと言うビテン。


「あう……」


 赤面するマリン。


 まぁこれもいつものこと。


「何をやるか決めてるのか?」


「ええ」


「お前の一存で?」


「いえ。クズノとシダラとカイトと話し合って」


「欠席裁判って言葉知ってるか?」


「提案するとにべもなく断られそうでしたから」


「ああ。そんな心境だ」


「何を……するの……?」


 マリンが問うた。


「執事喫茶です」


「却下」


「既にエル研究会は執事喫茶の開業に向けて動き出しているのでビテンに選択肢はありません」


「頑張れな」


 どこまでも、


「他人事だ」


 というスタンスを崩さないビテン。


「明日にはシダラが採寸に来るはずですからよろしくお願いします」


「い・や・だ」


「マリンもビテンのスーツ姿を見たいですよね?」


「あう……。見たい……」


 マリンは照れ照れ。


「…………」


 ビテンがジト目でユリスを睨んだが、ユリスは表面上それを無視した。


「私とビテンとカイトが執事服を着て接待します。あなただけに重圧をかけるわけでもないので良い塩梅だと思うのですが」


「プリンスと学院のお姉様だけで十分じゃないか?」


「ビテンファンクラブも相応の勢力です」


「俺の手柄じゃないんだが……」


「特にそんなことは思っていませんが」


「ビテン……?」


 マリン。


「学院祭を……楽しもうよ……」


「それにしたって手段がなぁ」


 ガシガシとビテンは頭を掻いた。


 途方に暮れている。


 まさにそんな心地だ。


「準備は手伝わんぞ?」


 拗ねたようなビテンに、


「大丈夫です」


 ユリスは飄々。


「生徒会長なら場所取りも楽ちんってか?」


「場所はビテンのアナザーワールドにするつもりですから」


「…………」


 今度こそ……絶対零度の瞳でユリスを睨むビテン。


「俺は便利屋じゃねえぞ」


「とは言いましても……」


 言葉を選びながらユリスは言う。


「特定の場所をとってもいいのですが、そうすると野次馬が集まることになりますよ?」


「それはそうだが……」


「それに飛天図書館ならばコーヒーも紅茶も出せますし」


 元よりマリンといること前提であるため必然だ。


「どちらにせよ学生が殺到するんじゃないか?」


 何せビテンとカイトとユリスが接客するのだ。


 地獄絵図が目に見えるようだった。


「そちらについての心配もいりません」


「周到だな」


「褒め言葉と受け取りましょう」


 サラサラ。


 カリカリ。


「とりあえずオークションを学院祭一日目に開こうと思っています」


 学院祭は三日にわたって行われる予定だ。


 学院街まで巻き込んで行われる祭りであるから大規模になるのはしょうがない。


「オークションって何の?」


「当然執事喫茶への入店チケットの……です」


「なるほどな」


「あう……」


 とマリン。


「何人くらいに……チケットを配る……つもりなの……?」


「今のところ五人を目安にしていますが」


「少ないな」


「こういうのは殿様商売の方が都合がいいんですよ」


「それはわかる」


 ビテンは首肯した。


「というか」


 とユリス。


「何人も他人を相手取るほど図太い精神の持ち主でもないでしょう?」


「然りだな」


 面の皮の厚いビテンではあるが、他人への接待へは別のカテゴリーだ。


 うんざりすること間違いない。


「であるため五人くらいが塩梅かと」


「ん? 数万人の内から五人を選ぶのか?」


「ええ」


「チケットの価格が高騰するんじゃないか?」


「それについては相手方の事項でしょう」


「殿様商売……ね」


「あう……」


 こと此れに関してはビテンとマリンは同一の思考を持っていた。


「私は……何をすれば……いいの……?」


 そんなマリンの問いに、


「メイド服を着てお茶を用意していただければと」


「マリンのメイド服!?」


 ものすごい勢いでビテンが食いついた。


「ふえ……」


 とマリン。


「やる気になりましたか?」


 とユリス。


「ちなみにそのメイド服は学院祭限定か?」


「特にその後のことは考えていませんが……」


「ならマリンに譲渡してくれ」


「あう……。ビテン……?」


「そっかぁ。マリンのメイド服姿かぁ」


 妄念。


 空想。


 暴想。


「ともあれビテンがやる気になってくれたのは僥倖です」


 ユリスは満足げだ。


「些事については後日詰めましょう」


 サラサラ。


 カリカリ。


 そして重なった書類の消化にあたるユリスだった。


「…………」


「…………」


 沈思。


 黙考。


 ビテンのスーツ姿を見たいマリン。


 マリンのメイド姿を見たいビテン。


 こと要望が合致した。


 そう云う意味では損する者がいない。


 クズノとシダラとカイトも承認しているらしいから尚のこと。


「楽しみだな」


 一瞬にして立場を変えるビテンであった。


「あう……」


 とマリンは照れる。


「やっぱり……私も……着なきゃ……駄目……?」


「駄目ですね」


 ユリスは容赦なかった。


「ビテンを奮起させるにはマリンの強力が必要不可欠です」


 そう言ってユリスはビテンを指差す。


「マリンのメイド姿……ふ……ふふふ……」


 ビテンはどこかへトリップしていた。


「あう……」


 と萎縮するマリン。


 そんなこんなでエル研究会による『執事喫茶』は始動したのだった。


 当人たちの思惑がどうあれ。


 喜ぶ者。


 困る者。


 ノリノリな者。


 前途多難ではあったが。

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