第57話 仮縫い
学院祭の準備期間は二週間を設けられている。
実際のところ企画から実行面に至るまでの過程は前期の頃から始められてはいるのだが。
大陸魔術学院と銘打ってはいるが、学院は(厳密ではないが)都市国家だ。
で、ある以上政治面での干渉や妥協もあり、お偉方が前期の内から東奔西走することになる。
生徒たちもクラスの催し物程度なら後期が始まってから発案に取り掛かるが、
「学院祭を楽しもう」
というサークルや、それに応対する委員会や生徒会は夏季休暇時点で仕事に忙殺されていた。
で、肝心のビテンはと言うと、
「あーん……」
「あーん」
マリンと一緒にいつもの原っぱでイチャイチャしていた。
今はマリンの剥いたリンゴをツバメの雛のように口を開けて期待しているところだ。
そこだけ時間の流れが違った。
ちなみに周りの時間の流れはと云えば、
「紙が足りてない~! 誰か買ってきて~!」
「ちょっとスケジュールおしてるよ!」
「テントの手配まだ!? なんで!?」
「あっちと企画被ってるじゃん! 差別化しないと!」
「どけ若造ども! 工事に巻き込まれるぞ!」
などなど。
都市国家あげてのお祭りであるため、それはそれは華やかにもなる。
というか準備期間の熱気を見るに既に学院祭は始まっていると言っても言い過ぎでないくらいだろう。
「はい……。あーん……」
「あーん」
ビテンとマリンは時間の流れに取り残されていたが。
一応二人ともそれぞれ役目がある。
が、こと準備に関しては特にやることもない。
と、
「ビテン」
「マリン」
と美少女が二人ビテンとマリンに近づいてきて声をかけた。
原っぱは開けているのでその存在は既に感知していたが。
赤と青の美少女。
つまりシダラとカイトだ。
二人は衣装担当。
「なんだ? もう出来たのか?」
採寸は終わっている。
二人はそれぞれの衣装を持っていた。
シダラが執事服。
カイトがメイド服。
「仮縫いに来たっす」
「以下同文」
「仮縫い?」
「一応採寸通りに作ったっすけど微調整するために体とのズレを修正しようってことっすよ」
「以下同文」
「というわけでこっちのスーツに着替えてほしいっす」
「マリンもこちらのメイド服に着替えてね」
「ここでか?」
「あう……」
「いや、さすがに場所は変えるっすよ?」
「以下同文」
「だよね……」
マリンが心底安心して、
「我は神の一端に触れる者。世界を調律しここに示す」
ビテンが呪文を唱えた。
エンシェントレコードに記された通りに世界が改変される。
同場所同時間の別次元に放り込まれる四人。
ビテンの魔術……アナザーワールドだ。
これなら人目にも映らない。
当たり前だが。
場所を変えるだけの労力の持ち合わせがビテンには無かったため、このような結果とあいなった。
「着るっす」
「着て」
ズズイとシダラとカイトが服を持って間合いを詰めた。
「あう……」
とマリンは躊躇った後、
「ビテン……」
と声をかける。
「何だ?」
「着替えを……覗かないでね……?」
「おおいに興味があるがマリンが言うならそうするぜ」
「一人じゃ着ることは出来ないだろうから僕が手伝うよ。そっちの本棚の陰に行こう」
カイトが先導してマリンと共に飛天図書館にある無数の本棚の一つを壁に姿を消した。
「ビテンはスーツに着替えるっす」
スーツを押し付けられる。
「お前の見ている前でか?」
「嫌と言うなら当方は後ろを向いとくっすが?」
「ああ、そうしろ」
「ではっす」
反転。
ビテンは学ランを脱ぐとスーツに着替え直した。
「もういいぞ」
着替え終わって一言。
再度シダラが反転すると、
「萌え萌えっす!」
と感激していた。
「あんまりフォーマルと云うかかっちりした服は嫌いなんだが……」
口をへの字に歪めるビテンであったが、
「これも野望のため」
としぶしぶ着ていた。
言ってしまえばビテンの野望とはマリンのメイド服姿を見ることだ。
ことマリン関係においてはあまりに欲望に忠実だが、元がマリニズムであるため致し方ない。
エル研究会の催し物たる『執事喫茶』の配役は既に決まっている。
ビテンとカイトとユリスがスーツを着て執事役。
これはビテンファンクラブとカイトファンクラブとユリスファンクラブの意を受けた形と相成る。
非公認ではあるが一定勢力が集まっているため案外発言力は馬鹿にならない。
多数の人間が同じ思想を持てばデモさえ起こせるのは世の理だ。
で、その三大勢力の御本尊が何の因果か一つのサークルに集まっているのだ。
物議を醸しだすには十分すぎて今回の運びとなったわけである。
ビテンには理解しがたい世界だが、それもまた真理の一つ。
マリンとクズノとシダラはメイド服に身を包み後方支援の役割だ。
場所が飛天図書館であるためケーキは持ち込み。
コーヒーと紅茶は術者の都合上、館内で淹れることが出来る。
客が執事役のビテンとカイトとユリスの内から一人を選び、接客サービスを受けるという三次産業。
「風俗的にどうなんだ?」
などとビテンは言ったが、
「仕方ないでしょう。有名税です」
ユリスは書類を消化しながら飄々と言ってのけた。
「…………」
ビテンに返す言葉はなかった。
心当たりが多分に有ったためだ。
そもそもビテンは暴れすぎた。
前期然り。
夏季休暇然り。
「一人殲滅機関」
などと物騒な二つ名がつくほど八面六臂の大活躍。
これで、
「平和が好きだ」
と言っても説得力はついてこない。
やっぱり口をへの字に歪めるビテンであったのだった。
そんなわけで、
「ふむ。少し肩の辺が引っ張られてるっすね。首筋は計算通りっと……」
ペタペタとスーツ越しにビテンの身体を触るシダラ。
「モノになりそうか?」
「まぁプロの仕事じゃありゃしませんが当方とて女の子っすから裁縫のイロハは齧ってるっすよ」
「さいか」
シダラはビテンのスーツにチョークで線を引いて、
「ふむふむ」
と全体像を把握する。
シャシャッとチョークが走る。
全体的にスーツの余計な皺の入っているラインを見切ってメモを取ると、
「もういいっすよ」
と言った。
ビテンは学ラン姿に着替え直す。
それに合わせたわけでもなかろうが、
「あう……」
「ふむ」
マリンとカイトも本棚の陰から出てきた。
どちらも制服姿。
カイトがメモ帳に何かを(というかマリンの人体構造とメイド服との摺合せであろうが)筆記しながら戻ってくる。
「あう……」
とマリンが照れ照れ。
よほど恥ずかしかったらしい。
「ところで俺とカイトは良いとしてもきょぬ~のユリスにスーツ着せるのか?」
「うっす。ギャップ萌えっす」
「ギャップねぇ」
「ところでビテン? 例の件だけど考えてくれたかな?」
「考えるまでもないと言ったがな」
けんもほろろ。
「俺はマリンで手一杯」
何のことかと言えば学院祭の楽しみ方についてだ。
学院祭が三日にわたって行われるのは先述したが執事喫茶は二日目限定だ。
一日目はファッションショーの舞台を借りて、執事喫茶の入店チケットのオークションをやる予定だがビテンは参加しない。
司会進行はユリスが行ないフォローにはクズノが入ることになっている。
そして最終日である三日目は完全に暇を持て余す。
そこにつけこんで、
「打ち上げと云う名のビテンとのデート」
をクズノとシダラとカイトとユリスが提案してきたのだ。
当然渋るビテン。
「マリンと静かに学院祭を回れればそれでいい」
ではあるが、
「断るなら……私とも……断って……」
マリンがそう云うのだった。
「あー……」
しばし思案した後、
「マリンはそれでいいのか?」
想い人にビテンは問う。
「駄目だけど……良い……」
考えれば矛盾した言だが、マリンの心情を的確に表してもいた。
「ビテンの……リハビリには……ちょうどいいかな……?」
「リハビリって……」
ビテンのマリニズム運動を病気と捉える辺りはマリンも良く理解していると言える。
勝者の余裕ともとれるが。
「そういうわけっす」
「よろしくだビテン」
「…………」
「言葉も無いとはこのことだ」
とは文字通り言葉にせず痛感するだけだった。
マリンが自身に好意を持っていてくれていることをビテンは知っている。
逆方向には言わずもがなだ。
それとこれとが繋がっていない。
何度も自問自答して答えを得られない。
ビテンの人生における懊悩の一つだ。
「私も……一緒するから……」
マリンの小動物のような瞳で妥協を持ちかけられれば、
「あー……わかったよ」
頷かざるを得ないビテンではあった。
とかくマリニズムは業が深い。
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