第51話 対最強
結局ビテンは断りきれなかった。
何をかと問われればキネリとの決闘の件である。
キネリはノリノリだった。
王侯貴族を巻き込んで、派手な決闘の舞台を造った。
戦力としては東の皇国最強の一角であるキネリが、深淵のビテンと決闘をするのだという。
センセーショナルにすぎる。
広告効果は計り知れなかった。
実際に壁新聞社の記者がやってきて取材を申し込まれもした。
カナキの権力で追い返したが。
ビテンにしろマリンにしろ初対面の時にも感じ取れたのだが、キネリという人物は強者と競うことに愉悦を覚える性質らしい。
ビテンとは対照的と云える。
とまれ、ことここに来て、
「嫌だ」
とは言えずビテンは決闘を受けた。
ルールは穏当なモノであったから身の危険は感じないで済んだのだが、それ以上に果し合いになると殺生を禁じられているビテンが圧倒的不利な立場に立たされるためルールに救われたという側面もないではない。
不精を押してアリーナへ行くと青髪碧眼の美青年がビテンを待っていた。
「やあ子猫ちゃん」
プリンス……シトネだ。
当然ビテンの面白かろうはずがない。
口がへの字に歪んだ。
「相も変わらず君は愛らしい」
「俺に近寄るなって言ったよな?」
不遜。
同行していたカイトが青ざめたが、ビテンは意識をシトネに向けていたため気付かなかった。
「まさかキネリと決闘とはね」
「負けるつもりだがな」
特に気負いもなく。
罪悪感もなく。
飄々とビテンは言った。
シトネは目を丸くする。
「なに故だい?」
「勝って得することもないしな」
勝ったところで名誉賞。
まして負けたからとて死刑になるわけでもない。
であれば特に、
「勝たねば」
などとは思えないビテンであった。
「君の名に傷がつくよ?」
「特に」
気にしないとビテン。
「むしろ東の皇国代表のキネリが勝ったって方が観客は喜ぶんじゃないか?」
何せ観客の大半が東の皇国の臣民だ。
仮にビテンが勝ってしまったら皇国民が不安になるだろう。
「キネリでも勝てない相手が北の神国にいる」
と。
それは皇国にとって良い具合でもなければ、ビテンにしても重税だ。
有名税。
名誉税。
そんな形無き税金ではあるがビテンの肩には重すぎる。
そんなことを話していると、
「ふぅむ」
とシトネは考え、
「じゃあビテン。君が勝ったら皇国代表として僕が望みを叶えてあげよう」
「何でもいいのか?」
「僕に叶えられる範囲でならね」
「例えばお前はギロチン刑に処すとか」
「それは僕が良くても国中が反発するよ……」
「冗談だ」
「うん。可愛いね君は」
うっとりとしてシトネは言った。
蟻走感を覚えずにはいられないビテンではあったが、ともあれ確認すべきことがあるため会話は終わらせられない。
「お前の城での発言力はどれくらいだ?」
「あまりにあまりでは無理だけど大概の発言は通るよ」
「ふむ……」
「可愛い君よ。勝つ気になったかい?」
「こっちの条件が呑めるか次第だがな」
「先に言ってくれ。後から不可能なんて義理を欠いて子猫ちゃんに嫌われたくない」
「安心しろ」
「ほう?」
「好感度なら最初からマイナス振り切ってるから」
「ありゃ」
ビテンも大概だが、シトネも器が大きかった。
さっきからテトリスよろしく不敬罪が天頂まで積み上げられているのだが特に気にした様子もない。
さばさばした性格らしい。
「で、愛しの君は何を望む?」
「東の皇国の禁忌魔術書の閲覧を」
「その程度なら造作もないよ」
「本当か?」
「名誉にかけて」
「そんな不確かなことにかけられてもな」
「では命をかけよう。気に入らなければ殺せばいい。誰にも文句は言わせない。もっとも……文句をつけられる相手もいないだろうがね」
どこまでわかって言ってるんだか。
そう思わずにはいられない。
ビテンは苦笑した。
「僕は何かおかしなことを言ったかな?」
「いや。感謝する。勝とうって気になったぞ」
「ならよかった。僕としても僕の子猫ちゃんが名誉を得るのは大変なことだ」
「その妄想癖さえ治れば友人未満の付き合いくらいならしてもいいんだがなぁ」
「ともあれ勝利を願っているよ。神話の栄光を君に」
「古い文句だことで」
苦笑しあってビテンとシトネは別れた。
ともあれビテンには勝つ理由が出来てしまった。
*
ビテンが決闘場に顔を出すと観客がワッとざわめいた。
既にキネリは顔を出していた。
一度瞳を閉じてコンセントレーションを高めると、
「……ふぅ」
嘆息してから瞳を開ける。
負けて失うものはないが、勝って得る物は大きい。
東の皇国の禁忌魔術書閲覧権。
なれば勝とうという気にもなる。
元々がビテンとマリンによる学術旅行が発端だ。
西の帝国でも南の王国でも禁忌魔術書の閲覧権を獲得していたため、東の帝国でも出来ないかと思ったところに此れである。
棚から牡丹餅ではあるが、仮に東の皇国だけ禁忌魔術に触れることできなば画竜点睛を欠くというものだ。
そういう意味ではシトネの存在は実にビテンにとって好都合と言える。
「有難い」
ではなく、
「好都合」
であるところにビテンの意識が垣間見えたりする。
ともあれ目の前にはキネリが。
決闘前の挨拶だ。
キネリが右手を差し出してきた。
「よく来てくれたね。ありがとう」
「胸をお借りする。よろしく」
そう言ってビテンは握手に応じた。
キネリはそれを謙虚ととったが、正確には宣戦布告だ。
元より勝つ気のなかったビテンがやる気を出すための通過儀礼である。
此度のアリーナは先のソレに比べて広かった。
一回り。
あるいは二回りか。
というのも当然で、
「深淵のビテン」
と、
「圧縮のキネリ」
双方ともに戦術……あるいは戦略にまで及ぶ魔女および魔術師。
規格外の魔術を使われればアリーナの観客席ごとまとめて吹っ飛ばせる。
無論魔術の適応は決闘場のみに限定するにしても双方の能力を鑑みて、より広いスペースでなければ強力な魔術は使えないと判断され、此度のアリーナと云うことになるのだった。
皇都から少し離れた場所にあるアリーナで、規格外の魔術を使うために設計されたソレである。
大魔術を起動させても問題を発生させないようにという設計思想は皇都から離れた場所に構築されている点でも確認できる。
要するに、
「ここでならある程度大暴れしても問題ない」
とされるアリーナであった。
審判と解説者がボイスの魔術をつかって実況する。
今は決闘のルールの確認だ。
俗にゴーレム防衛戦と呼ばれるソレである。
「戦闘開始の前に互いにゴーレムをキャパと相談して造りだす」
「ゴーレムの質および量は問わない」
「自らのゴーレムを守りながら敵ゴーレムへと魔術で攻撃する」
「対戦相手に直接ダメージを与えれば即失格」
「先に敵のゴーレムを全滅させた方の勝利」
基本的には以上。
ただしビテンとキネリの決闘に当たっては、
「ゼロの魔術は使用不可」
と追記される。
ビテンもそうだがキネリもゼロを使える。
ゴーレムが魔術で創造維持されている以上、ゼロを使える二人にとってはソレを使うだけで身も蓋もなく決着する。
であるためのある種の特記事項だ。
これが今回のルール。
戦術の肝はゴーレムの形成と実戦魔術に何対何のキャパを割り振るかにかかっている。
ゴーレムを大量に造れば時間を稼げるが攻撃魔術にキャパを割けない。
攻撃魔術のためにキャパを温存すればゴーレムの質と量が落ちる。
そして審判の指示のもと、決闘が始まる前にゴーレムの生成を命じられる双方。
二人ともに造りだしたゴーレムは皮肉にも同じく一体。
ビテンは土で出来た小さなゴーレムを、キネリは金属で出来た全長十メートルを超える巨大なゴーレムを、それぞれ一体ずつ造ったのだった。
アリーナ並びに決闘場が広いため離れて対峙する双方の声は届かないが、
「増長油断しているのか」
と責めるようなキネリの視線をビテンは鋭敏に感じ取っていた。
キネリのメタルゴーレムは雄大で力強さに溢れている。
対してビテンのゴーレムはビテンの膝丈程度の全長しか持たない可愛らしいソレである。
ファイヤーボールの一発で粉砕できる仕様だ。
ビテンのやる気を疑わざるを得ないキネリだったが油断はしなかった。
そしてボイスによってアリーナ全体に審判の決闘開始の合図が轟いた。
同時にヒョイとビテンの造ったゴーレムがビテンの背中に乗っかった。
所謂一つのおんぶ。
「あ……」
それだけで決着がついた。
互いに造りだしたゴーレムは一体。
そして術者への攻撃は禁止されている。
ビテンに傷一つ付けずにビテンの背負ったゴーレムだけを綺麗に粉砕する魔術をキネリが持っていなかったためだ。
ルールの盲点を突いた策略。
魔術の行使に躊躇するキネリだったが、それが致命的な結果に繋がることになる。
「塵なる者は塵へと還れ」
ビテンはダストの呪文を唱えた。
風の章の上級魔術で、魔術の風を創りだし、その魔性の風に触れた質量を塵へと変換する凶悪な魔術だ。
ビテンを傷つけずゴーレムだけを攻撃する魔術の検索にばかり気を取られてゴーレムへの支援防御の魔術を失念していたことがこの際分水嶺となった。
音も衝撃もなくフワリとキネリの造った全長十メートルのメタルゴーレムは塵へと還った。
決着だった。
観客からは、
「卑怯だ!」
という声が上がったが無遠慮で不精で面の皮の厚いビテンが痛痒を覚えるはずもない。
結果論が全てではあったのだ。
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