第50話 東の皇国最強


「あ~い~う~」


「えお……?」


「眠い」


 コーヒーを飲みながらビテンは言った。


「だらしないわね」


 と云ったのはカイトの母親のカナキ。


 一応のところ決着はついた。


 先日の決闘。


 文句なしにビテンの勝利。


 過程はともあれ。


 である以上、


「ビテンをカイトの友人として認める」


 ということになり、愛娘はぼっちに戻らずに済んだという顛末。


「どんな魔術も使いよう」


 を地で行くビテンの戦い方に興味を覚えた魔女も少なくはなかった。


 魔術図書館に行くと、遠巻きに責めるような魔女の視線が突き刺さり、好意的に近づいてくる魔女が指南を頼んでくる。


 わかりやすい構図ではあるがビテンにわかるのは顔の違い程度だ。


 特に遠巻きに排斥するような魔女に関知せず。


 かといって近づいてくる友好的な魔女を相手せず。


 気苦労の絶えない日々だった。


「はぁぁぁ……」


 机に突っ伏して溜め息。


「あう……。大丈夫……?」


「マリンの愛が欲しい」


「あう……」


 茹るマリン。


 毎度のことである。


「僕の友情はどうだい?」


「活性しないなぁ」


 うすらぼんやりとビテンは言う。


「ちょっと。愛娘の好意に淡白すぎなくて?」


 何故かカナキが怒った。


「さもあらん」


 とは思っても口にしない。


 分別と云うより面倒に属する類の沈黙だ。


 マリンにはよく伝わっていたが。


 この辺りは正妻の貫録。


「ねみ~……」


 頭を持ち上げて再度コーヒーを飲みだす。


 カフェインが効くまでちとかかる。


「図書館は? どうする?」


「あらかた記録したしなぁ。マリンは?」


「あう……。ビテンと同じ……」


「この短期間で?」


 戦慄したのはカナキだったが、この程度で驚いていてはビテンやマリンとは付き合えない。


 この異常記録能力自体は既にカイトは知っている。


 飛天図書館が良い証拠だ。


 初級から特級のソレまで揃っている魔術書の蔵書量がそのままビテンの能力そのものなのだから。


「後は……あー……どうにかして皇帝に貸しを作らんとな」


 不敬罪丸出しだった。


 特に意識してのことではないがそれ故カナキが慌てる。


「ちょっとビテン。御ふざけも大概なさい」


「あー? いいんだよ。俺、臣民じゃないし」


「仮に私が北の神国の教皇猊下を軽んじればあなたはどう思います?」


「特に何も」


 重ね重ね遠慮もへったくれもなくビテンは平常運転だった。


「くあ……」


 欠伸をする。


「まぁ……」


 と纏めたのはマリン。


「図書館には……もうあまり……用事もないし……」


 紅茶を飲んで、


「ほ……」


 と一息。


「後は記録の……解読をして……エンシェントレコードを……理解するだけ……」


 一所懸命に言葉を紡ぐ舌っ足らずなマリンに、


「だな」


 とビテンが首肯する。


「頑張ったな」


 よしよしとマリンの頭を撫でる。


「というわけで」


 ビテンはぶぶ漬けを出されて帰るタマではない。


「白紙の本よろしく」


「もちろん。友達のためだもの」


「友誼の範疇ですよねカイト?」


「無論だよ。お母様」


「そう……」


 不納得に納得して、チラリとビテンに視線をやる。


「ブイ」


 ビテンはその視線を察してブイサイン。


「やはりあなた……」


「違うって」


 カナキの言を封殺する。


「とりあえず昼までゴロゴロして、それからあっちで解読をするか」


「あっちって?」


 問うたのはカナキ。


 カナキ以外は承知している事柄だ。


「アナザーワールド」


「へ?」


 ポカンとしたお母様の顔は見ものだった。




    *




「人の抗いを戒める。いざ天籟は激しく雪を震わせる……か?」


 ビテンとマリンはブリザードの魔術を解読していた。


 もちろんエンシェントレコードの神語の詩を人語の詩に翻訳する必要がある。


 それをペンと脳とでやりくりする。


 先述したがものぐさのビテンにおいてもマリンの喜ぶことと魔術の造詣を深めること……この二つに関しては労力を顧みない。


 普段がだらけているためビテンの有能さを疑う声も学院では小さくないが、事実として熱心に魔術への理解を深めることにかけては右に出る者は数えるほどだろう。


 概ねを飛天図書館でやっているため第三者には伝わらないだけだ。


 エル研究会の面々は理解していたり。


 ある程度解読すると、


「ふぅ」


 とビテンは意識の海への没頭を取りやめて、椅子の背もたれに体重を預ける。


 天然ルビーを使った機械式時計にて時間を把握するにシェスタの時間だ。


「一旦アナザーワールドを解いていいか?」


「うん……」


「構わないよ」


 そしてビテンとマリンとカイトの三人は現実世界に戻ってくる。


 カイトの私室だ。


 ベルを鳴らして使用人を呼ぶと、紅茶を三人分手配させ、それを飲みながら歓談する。


「カイトは次に何の魔術を覚えるか決まったか?」


「うーん。それがまだなんだ」


 もとより水氷雪系に特化したパーソナリティの持ち主だ。


 それ以外となると、


「無の章とかか?」


「ゼロ……」


 そんなところだろう。


 アンチマジックマジックの一つの到達点。


 あらゆる魔術に対してカウンターとしての能力を持つマジックキャンセラー。


「たしかにゼロがあれば大分戦術の幅が広がるね」


「軍属魔女志望か?」


「宮廷魔女になって安穏と暮らしたい」


「だよなぁ」


 その気持ちはビテンにもわかる。


 ビテンもビテンで暫定的な枢機卿候補なのだから他者にアレコレ言えない立場だが、


「魔術の習得に際して安穏な生活が出来るならこれ以上は無い」


 と言ってはばからない辺りカイトと心を共有する。


 そんなこんなで何気ない会話をしながらシェスタを楽しんでいると、


「失礼。お嬢様」


 と声があって、


「入って」


 とカイトの許可を貰い、


「失礼します」


 と使用人が入室してきた。


「何だい?」


「キネリ様がお嬢様に面会を求めていらっしゃいます」


「客間に……いや……こっちに通して」


 毅然として言って、ネクタイを締め直す。


 それからまた優雅に紅茶を飲みだすカイト。


「キネリ……。どっかで聞いたような……」


 記憶の塹壕を掘るビテンに、


「あう……」


 とマリン。


「東の皇国で……最強の一角……」


「ふむ。ああ。圧縮のキネリか」


 マリンの言葉で漸う思い出すビテンだった。


 東の皇国……あるいはアイリツ大陸においても、


「最強の魔女は誰だ?」


 と問われて末席に並ぶ傑物だ。


 普段は南の王国に対する牽制に従事しているため東の皇国と北の神国の国境争いには参加せず、北の神国にはあまり縁の無い魔女でもある。


 東の皇国に伝わる禁忌魔術を会得しており、如何様な力か不明だが有象無象を捻ることで有名だ。


 噂には聞いたことがあるが実際のところビテンは知らないしマリンもそうだろう。


「失礼するね」


 そしてキネリがカイトの私室に入ってきた。


 白い短髪にサファイアのような碧眼が魅力的な妙齢の女子……つまり魔女だった。


 自身の規格外さを棚に上げて、


「こんな女の子が……」


 と驚愕するビテン。


 重ね重ね人の事は全く言えないのだが。


「はぁい。どうも。カイトは久しぶり。そちらが噂の魔術師ビテン?」


 案外フランクな性格らしい。


「ども」


 ビテンも自然体で接する。


 マリンだけが人見知りしていた。


 これはもうしょうがないことでもある。


「ビテン? あなたも禁忌魔術が使えるって本当?」


「まぁわけもないな」


「カイトのお母様……カナキ様を降したのも?」


「まぁわけもないな」


「ふふ。聞いたとおりね。ねえビテン? 私とあなた。どちらが強いか興味ない?」


「ないな」


「私はあるわ。男でありながら魔術を使い、なお非凡な才を持つ。そんな相手と戦ってみたかったの」


「めんどい」


「そう言わず」


「職業軍人には馬の耳にだろうが俺は魔術の威力をそれほど大層なものだとは思っちゃいない」


「魔術は国力に直結するわ」


 万人に勝る一人。


 であればこそ魔女は優遇されるのだから。


 とはいえある種究極であるビテンにとって戦いとは一方的なモノだ。


 であるから逆説的に魔術を軽視し相手方を気遣う余裕も出てくる。


「だいたいどうやって白黒つけるつもりだ?」


「そりゃもちろん魔術戦で」


「あのなぁ。俺にしろお前にしろ全力で魔術を放てば皇都が消失すると思うんだが?」


「ふむ……それもそうね……」


 しばし思案した後、


「じゃあ穏便な決闘を考えてみるわ」


 戦うことは決まっているらしい。


「もう一波乱ありそうだ」


 とビテンは嘆息して茶を飲んだ。

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