第43話 メギドフレイム


 南の王国の第三砦から龍車を乗り継いで第二砦へと出向く。


 ドタバタ。


 右往左往。


 第一砦が陥落したのだ。


 次に戦場になるのは第一砦近辺で、第二砦が王国軍の補給基地の立ち位置になるのは目に見えていた。


 軍を律し兵站を構築し、装備を整え士気をあげる。


 やることが山積しているのもしょうがないと云えばない。


 一応事情そのものは第二砦にも伝わっているらしくビテンとマリンとシダラは砦の将軍に歓待を受けた。


 さすがに戦場だけあって茶は不味かったが。


 それはアナザーワールドによる飛天図書館にて解決できる問題であるため特別あげつらう事でもない。


「さて」


 ビテンはまずい茶を飲み干すと、


「大工は大工の仕事をするかぁ」


 コキコキと首を鳴らす。


「心底面倒くさい」


 は常々ビテンが言っていることだが此度の不精具合は過去最大級の一つに比肩する。


 何せ一軍を相手にしろと言われたのだから。


「まだ軍の編成は出来ていませんよ?」


「トロいな」


 ビテンとしてもわかっていることではある。


 そも西の帝国が第一砦を落としたと言ってもそれで終わりではない。


 捕虜の管理。


 第二砦の侵攻軍に対する警戒。


 士気の維持。


 地学の修了。


 一時的な占領ならば必要のない事項ではあるが、恒久的に国境の定義を決めるともなれば向こうも向こうでやることが山積しているのだ。


 というわけでどっちにとっても今は準備期間と言っていい。


 偵察兵くらいは出すだろうが本格的な戦争になるには少しばかり時がいる。


 とはいえこれはあくまで軍の事情。


 ゲリラ兵であるビテンが足並み揃える必要は無いし、つもりも無い。


 で、ビテンが何をしたかと言うと、マリンとシダラの手を繋ぎマジックキャパシティの肉体的共有を行ない(概ねキャパの残念なマリンの補助的な意味合いが強いが)、


「負荷を与えよ」


 とブーストの呪文を唱える。


 三人同時だ。


 エンシェントレコードに刻まれた神話法則が適応され、熱力学第一法則が崩れる。


 効果自体は単純。


「術者の身体能力を向上させる」


 以上。


 ビテンお約束のマイナー魔術ではあるが使いどころさえ間違わなければ要所要所で劇的な効果をもたらしてくれる。


 シダラが使えると聞いたときは少し目を見開いたが、ビテンの場合は人には言えない。


 ともあれブーストの魔術によって身体能力を向上させたビテンたちは高く跳躍して砦の天辺に上る。


 屋上と言うには足場が悪いが、そこそこ高さを確保できているので視界そのものは開けている。


 というか軍事的状況を俯瞰するために砦には必要な機能ではある。


「で? どうするんすか?」


「平和裏に説得する」


 この時この状況でここまで胡散臭い言葉もそうは無いだろう。


 ビテンは頭に叩き込んだ地理を基に帝国の占領している第一砦の方角を察し、


「我が目は万里を睥睨す」


 お馴染みマイナー魔術を起動。


 クレアボヤンス。


 別名千里眼とも呼ばれる視覚情報収集魔術だ。


 状況把握に適しているため軍属魔女の一部が使えるが効果の規模に対して意外と神語翻訳に手間取るためあまり人気の無い魔術。


 とかく軍属魔女は、


「補助魔術より強大な攻撃魔術を!」


 をスローガンとしているため、ビテンの方が異端と言える。


 もっともビテンクラスになれば攻撃魔術……攻性魔術の有益性の一を知っているため鼻で笑うに留めるのだが。


 ともあれ千里眼である。


 クレアボヤンスである。


 視覚が阻害する質量を無視して状況の透視を可能とする。


「第一砦は……やっぱ陥落してるな」


「え? 見えるんすか?」


「見えるぞ。クレアボヤンスだからな。便利だからお前も覚えるといいぞ。時に情報は武力以上に戦局を左右する」


「当方研究魔女を希望っすけど」


「そうだったな」


 大陸魔術学院に研究室を持って莫大な研究費からシスターマリアに仕送りをするのがシダラの目標だ。


「距離は五十キロ程度か……。偵察兵は……意外と少ないな。まぁ砦の完全占拠が当分の状況ってところだな」


「捕虜はどうなってるっすか?」


「拘禁。一応捕虜虐殺は大陸憲章に抵触するからな」


 戦争とは政略的消費行為だ。


 そして戦争において正義や大義は欠かせないモノでもある。


「自国が正しい」


 というプロパガンダが無ければ国力の浪費でしかない。


 何故なら世論が味方に付かないのだから。


「こちらの義あり」


 とすることで多対一の状況を創りだす。


 特に大陸憲章に抵触するような行為を犯せば他三か国を同時に敵にすることになる。


 基本的なスタンスとして戦争とは世論を味方につけて各国を正義の名のもとに取り込み、正義を題名する多数の国で世論を味方に出来ない敵国を孤立させ多角的に撃つのが最も理に適っている。


 そのためにこそ戦争にも大義が必要となるのだから。


 閑話休題。


「あう……。ビテン……?」


 マリンがおずおずと。


「何だ?」


「人を殺しちゃ駄目だから……ね……?」


「大丈夫。国益よりマリンの機嫌の方が大事な俺がマリンを悲しませるようなことはしない」


「たまにするけど……」


「まぁそこは青春の証拠とでも思ってもらえれば」


 何かとマリンはビテンが魔術で人を殺害することを牽制してくる。


 アイデンティティの確立した時には既にそういう関係だった。


 自己防衛のために人を傷つけたことは幾多もあるがビテン自身……実は人を殺したことが一度も無い。


 先述した様にマリンの心象が第一なマリニズムによる。


 ビテンにとって人命よりマリンの憂慮の方が深刻な問題なので逆説的に殺人を忌避するという意味の分からない状況に身を置いている。


 人道上では褒められたことだがソレを意識しているわけでないのはビテン自身が一番痛切に理解していた。


 閑話休題。


「さて」


 再度、首をコキコキ。


「始めるか」


 ビテンはコンセントレーションを高める。


 無意識で神話の詩を構築し魔術の準備に入る。


 マリンはビテンが何をしようとしているのか正確に把握している。


「直径は……?」


「三十キロ程度で良いだろ。まだ向こうもドタバタしているから偵察兵もそこまで出張ってきていないしな」


 事実である。


 クレアボヤンスの魔術は敵兵の侵略具合を正確に読み取って術者に伝える。


 第二砦からのレコンキスタに警戒して偵察兵を出しているのは自然としても、その適応範囲はあまりにも狭い。


 状況が状況だ。


 仕方ない。


 むしろ殺生を禁じているビテンにはちょうどいい。


「誠心誠意説得できる」


「どうやってっすか?」


「無論魔術で」


「?」


 シダラが首を傾げる。


「よく見とけよ。これから行なう魔術がお前の覚えようとしているメギドフレイムだ」


「どこが説得っすか!?」


「戦術的視点じゃなくて政略的視点で考えろ」


 そう吐き捨てたのち、


「我は神の一端に触れる者。その意を以て焼き尽くせ」


 ビテンはさほど容易くメギドフレイムの呪文を唱える。


 特に声に熱がこもっているわけでも、あるいは表情に強力な魔術行使への愉悦があるわけでもない。


「当たり前のことを当たり前に行っている」


 まるで単純作業に辟易している……という印象だ。


 が、呪文の朗読とエンシェントレコードの詩の構築による結果はあまりに劇的だった。


 空に魔法陣が描かれる。


 それも直径三十キロメートルにも及ぶあまりに巨大な魔方陣だ。


 赤紫色という毒々しい禍つ色の光によって演出されている。


 当然直径三十キロもあれば第二砦からも第一砦からも観測可能だろう。


 地平線の向こうまでの空を侵食しビテンとマリン以外はそれが如何なモノか……次の瞬間まで理解が及ばなかった。


 天空を支配した魔法陣は円形で、それ自体が砲門だ。


 吐き出したのは神罰の鉄槌にも称えられる超熱の一撃。


 重粒子プラズマビームが魔法陣から吐き出され地上の全てを焼き払った。


 第一砦と第二砦の間には山脈もあったが、メギドフレイムのあまりの熱量に土も岩も蒸発して、結果として魔法陣直下にある山脈の一部は一切合財が焼失した。


「…………」


 シダラは声を失っていた。


 さもあろう。


 禁忌魔術に指定されるに十分な威力。


 なお自身が覚えようとしている魔術のソレをその目に焼いたのだから。


 有象無象は灰燼と化し、直径三十キロの底深い穴だけが残った。


 光によって構築された天空の巨大な魔方陣は役目を終えて大気に撹拌する。


「ま、こんなところだな」


 さも平然とビテンが言って、続けて呪文を唱える。


「我が声を聞け」


 ボイスの魔術だ。


 声を指定した空間に届ける魔術。


 ビテン十八番のマイナー魔術の一端。


 通信等に使えはするが非才の魔女が情報伝達のために覚える魔術であり、軍属魔女には嘲弄の対象となっている魔術でもある。


 ビテンやマリンが覚えているのはひとえに魔術の学問性における造詣の深め方を突き詰めたが故のものであるに過ぎない。


 閑話休題。


「マイクテス、マイクテス」


 ビテンは五十キロ先の第一砦を占拠している帝国軍に声を届ける。


「え~……帝国軍諸子。今すぐ第一砦を放棄して撤退しろ。先回りして言えばそちらの抗議は思慮に値しない。第一砦からの撤退が行なわれない場合……そうだなぁ……今度は帝都に先ほどの魔術を落とす」


「……うわぁ」


 シダラがドン引きしていた。


「名目は立てた。この撤退は意義あるモノである。適切な判断を期待するや切だ。第一砦ごと軍隊を焼滅させられたいというのならこちらから言うことは何も無いが」


 心ある説得を帝国軍に伝えるとビテンはボイスの魔術を切った。


「さて。じゃあ帝王への義理も果たしたし帰るか」


「だね……」


 ビテンとマリンは平常通り。


「……あう……ええ?」


 一人シダラの意識が追いついていない。


 結果だけ語れば第一砦は南の王国のモノへと戻り、国境の再定義も可能とした。


 しかして大問題が一つ残った。


 第一砦と第二砦の間に直径三十キロの大穴が出来たことだ。


 地面すら易々と蒸発させるメギドフレイムの威力を知らしめるに十分な証拠ではあるが、商人の行き来や軍隊の進軍や連絡に相当のパワーバリアを発生させうる地理状況と相成ったのである。


 ビテン自身は、


「国境の再定義に力を貸した。それ以上の副次的結果なぞ知る所じゃない」


 と心の底から本音全開で言ったものだ。


 南の王国にしてみれば、


「喜べばいいのか悲しめばいいのかわからない」


 というのが本音であろう。


 何よりシダラが、


「こんな魔術を当方がっすか?」


 と気後れしていた。


 無理もないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る