第42話 戦場への道程


 そんなわけで、


「やっぱ面倒くさいものは面倒くさいな」


「あう……」


「何ゆえ当方まで?」


 ガタゴトとビテンとマリンとシダラは龍車に揺られていた。


 向かう先は第二砦と呼ばれる場所だ。


 砦を構えるということは必然人員の確保が必要となる。


 であれば物資の補給もまた重要課題だ。


 古来より補給無き軍隊が勝利したことは無い。


 また砦の存在は連絡の要でもある。


 アイリツ大陸の四か国は国境紛争をしているが、逆に言えばその程度しかしていないため群雄割拠というわけでもない。


 無論戦争の側面から考えて名誉が人命より勝り、命の消費……というより浪費を繰り返している事実もあるが国情に影響を与えるほど深刻なモノではない。


 魔女および魔術の存在が全面戦争に対する牽制となっているのが皮肉と言えば皮肉なのだが。


 で、国境紛争の状況を知るために国境から第一、第二、第三……と砦が簡易に連絡を取れるようにドミノ状に建築されている。


 それとは別に魔術による連絡手段もまたある。


 西の帝国の侵略に対して王都の反応があまりに早かったのは、この魔術によるものだとビテンは思っている。


 正解だ。


 で、何の因果かビテンが国境を侵略してきた(という南の王国の理屈)に手を貸すことになったのだ。


 当たり前だが貸しだ。


 そこだけは譲れない。


「で、なんで当方までっすか?」


 龍車に揺られながらシダラが問うた。


「良い機会だと思ってな」


 ビテンの答えは曖昧だ。


「あう……」


 とマリンが気後れする。


「マリンまで戦場に出すつもりっすか?」


「いいや?」


 そんなことを許すビテンではない。


「じゃあ何で一緒に連れきたんすか?」


「離れ離れになると寂しいから」


「らしいっちゃらしいっすけど……」


 他に言い様が無いのも事実だ。


「でも危険じゃあ」


「大丈夫……」


 これはマリン。


「本気っすか?」


「あう……」


 毎度毎度の萎縮。


「そもそも戦場に出る気が無いしな」


 ビテンはサラリと言った。


 ありえないことを。


「戦場に出ないでどうするんすか?」


 冷や汗をかくシダラ。


「戦う気が無いのか?」


 と紅い眼が問うていた。


「馬鹿かお前は」


 ビテンの罵倒は爽やかだ。


 本当に、


「そうだ」


 と思わせる何かがあった。


「でも戦わないと戦果はあげれないっすよ?」


「あのなぁ」


 ビテンの視線は冷ややかだ。


「魔術の最大の利点は何だ?」


「国の持つ最大の戦力になりえることっすかね?」


「それは職業軍人のセリフだ」


「ん~?」


 首を捻るシダラであった。


「じゃあ何っすか?」


「長射程大威力で戦術を覆すことが出来る……だろ?」


「それはまぁそうっすね」


 一応のところシダラも納得したらしい。


 フレアパールネックレスで一個小隊を殲滅する。


 ギロチンで一個大隊を殲滅する。


 ことほど左様に魔術は安全な場所から敵を安易に攻撃できるという利点を持つ。


 故に魔術は魔術たり得ているのだから。


 ビテン辺りは、


「それに何の意味が?」


 と問わざるを得ないが、


「一つの事実。一つの現実」


 という側面も否定は出来ない。


 そもビテンが行なおうとしているのも、その手の類だ。


 心底、


「気が進まない」


 と言うあたり業が深いのだが。


 さて、


「なら何で帝王陛下の願いを受けたっすか?」


 至極道理なシダラの質問。


「王室に借りを作るのも一興だしなぁ」


 とかく不遜なビテンの言。


 これを本音で言うから始末が悪い。


「怖いもの知らずっすね」


 戦慄を覚えながらシダラ。


「あう……」


 と萎縮するマリン。


 その間にも龍車は走る。


 戦略級魔術師を乗せて。


「マリンのコーヒーが飲みたいな」


「無理……だよ……?」


「わかっちゃいるんだが」


「ブレないっすねビテンは」


「褒め言葉と受け取っておこう」


「そんなつもりはないんすけど」


 相手するだけ疲れる手合いと云うものはいるものだ。




    *




 第一砦は西の帝国によって陥落。


 第二砦は帝国との諍いの準備に右往左往。


 第三砦は国境の分水嶺として戦力強化に当たっていた。


 ビテンの受けた命は、


「帝国の軍隊を第一砦より北へ押し戻す」


 ことであり、


「それ以上は関与しないぞ」


 と釘を刺したものの、実力そのものは帝国を殲滅して余りある。


 そしてクズノと一緒に西の帝国に赴いた際にその戦力は暴露されているため、王国にとっては白洲三百人力と言えるだろう。


 そんなこんなで戦争区域からはちと遠い第三砦に到着するビテンたちだった。


 兵士たちが縦横無尽右往左往に奔走し、砦の強化に当たっている。


「ああ、戦争してるんだなぁ」


 などと気楽に考えるビテン。


 とりあえず今日はここで一泊することとなった。


「ビテン様ですね?」


 砦の将軍(つまりお偉いさん)が確認してくる。


「ああ」


 と遠慮もへったくれもないビテン。


「あう……」


 とマリンが委縮。


「詳細は聞いております。どうか戦力とならんことを」


「ま、貸しだがな」


 将軍相手にも特に恐縮しない辺りが実にビテニズム。


「勝算は?」


「無いと云えば嘘になるな」


 嘯く。


「心強い限りです」


 将軍は苦笑した。


「明日には第二砦に兵力を移します。どうか同行してもらえないでしょうか?」


「構いやしないがな」


「あう……」


「当方もっすか?」


 三者三様だった。


「考えてみろよ」


 とこれはビテン。


「戦場で戦果をあげれば褒章が受け取れるぞ?」


「かと言って殺人は……」


「そもそも魔術は人殺しの術だ」


「なんで言いきれるっすか?」


「むしろ何が疑問なんだ?」


「むう」


 呻くシダラ。


「エンシェントレコードの章を見ろよ」


 つらつらとビテン。


「攻性魔術がこれほど多いのは何のためだ?」


「それを言われると……」


 反論の余地が無い。


「頼もしいですな」


 将軍は苦笑した。


 いっそ苦笑いに近い。


「とりあえず今日はここで安んじてください」


「あいあい」


 そしてビテンは、


「我は神の一端に触れる者。世界を調律しここに示す」


 アナザーワールドの呪文を唱えた。


 エンシェントレコードに記された通りに世界が変質する。


 ビテンとマリンとシダラは飛天図書館に取り込まれる。


「ふえ……え……?」


「何をいきなり」


 マリンとシダラは困惑する。


 が、その一切合財を気にせず、


「やれやれ」


 とビテンは飛天図書館の円卓の一つに座ると、


「マリン。コーヒー」


 いつも通りの注文をした。


「あう……。うん……」


 状況自体は飲みこんで、マリンは飛天図書館のコーヒーメーカーに向かった。


「マリン。当方の分もっす」


「うん……」


 その程度の気は回るマリンだった。


 そしてビテンたちは、まったりと茶の時間を楽しんだ。


「明日には……戦場だよね……」


 紅茶を飲みながらマリン。


「否定はしない」


 コーヒーを飲みながらビテン。


「本当に勝てるんすか?」


 シダラは懐疑的だ。


「勝つ必要は必ずしもないがな」


 ビテンは皮肉気。


「どういう意味っすか?」


「ま、やり様は色々あるって意味だ」


 どこまでも飄々と。


「あう……」


 呻いたのはマリン。


「人殺しは……駄目だよ……?」


「わかってる」


 マリンの憂いにビテンは肯定した。


「でも敵方を殺さないで戦果をあげれるっすか?」


「やり様は幾らでもあるって言ったろ?」


「どうする気っすか?」


「そりゃもちろん誠心誠意の話し合いを」


「乗るっすかね。相手は」


「それを乗せるための魔術じゃないか」


「ん?」


 ビテンの言っている意味がわからないシダラ。


「ま、結果を見て判じろってことだぁな」


 そう言ってマリンお手製のコーヒーを有難く飲むビテンだった。


 戦争は、すぐそこまで迫ってきている。

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