第13話 プリンスストーカー


「あう……。どう……? ビテン……」


 魚の干物を口にしたビテンに、怯えた小動物のような声で尋ねるマリン。


「美味いぞ?」


 心底本音だ。


 そうでなくともビテンがマリンの手作りを否定することは有り得ないのだが。


 今日の朝食は雑穀米と魚の干物と豆のスープ。


 今日一日の糧となる食事だ。


 そしてマリンはパァッと表情を華やがせると、


「うん……うん……よかったぁ……」


 と愛らしく安堵するのだった。


 こういうところがビテンの男心をくすぐるのだが、当人に自覚は無い。


 ビテンに対して一定の遠慮をするマリンであり、ビテンのマリニズムに対して否定的な意見の持ち主だが、そこはそれ。


「ビテンが好き」


 という慕情も嘘ではない。


「なら相思相愛だろう」


 とビテンは言うが、


「あう……」


 とそのことについてマリンは語ろうとしない。


 それはともあれ。


 もむもむと食事をとるビテンとマリンの学院寮の部屋にノックがされた。


 マリンが出迎える。


 鍵を開けると、


「わたくしですわ!」


 自信溌剌な声で自己紹介になっていない名乗りを上げる美少女が一人。


 白髪白眼。


 クズノである。


「おはよう……クズノ……」


「おはようございますわマリン」


「何か飲む……?」


「簡単なものでいいですわ」


「水出し紅茶とか……」


「ええ。構いません」


 コクリと頷くクズノであった。


 ちなみにこの間ビテンは朝食に集中して一切クズノの方を見ていない。


 雑穀米をもむもむ。


 ダイニングのちゃぶ台であぐらをかきながらマリンお手製の朝食を楽しんでいる。


 そんなちゃぶ台の空き領域にクズノが座り、


「はい……クズノ……」


 グラスに紅茶を注いでクズノをもてなすと、マリンも朝食を再開した。


「…………」


「…………」


「…………」


 しばし沈黙が場を支配する。


 それから、


「ご馳走様でした」


 とビテンとマリンが朝食を終える。


「じゃあ……私は……食器を片づけるね……」


 そう言ってビテンと自身の分の食器を重ねてキッチンへと消えていくマリンだった。


 水出し紅茶を飲みながら、


「ビテン?」


 とクズノが声をかける。


「…………」


 ビテンは特に興味もないのか片手間にマリンの用意してくれたコーヒーを飲んで沈黙を守る。


 さすがに清々しく無視されて事なかれとなるクズノでもない。


「ビテン!」


「何だよ。うるさいな」


「学年首席のわたくしが構ってあげようというのですわよ? 少しは感謝して滂沱な涙を流すのが礼儀じゃなくて?」


「知らん」


 クズノをぞんざいに扱ってコーヒーを飲むビテン。


 クズノにしても慣れたもので幾ばくかの癇癪はあったもののマリニズムへの理解はあった。


 というかそうでもなければビテンと付き合えはしない。


 ムキになるクズノと興味無しのビテンが言葉を交わして幾ばくか。


「マリン!」


「はーい……」


 食器を片付け終えたマリンがヒョコッと顔を出す。


 自身の紅茶を用意して。


「このマリンファシストをどうにかしてくださいな」


「あー……」


 ――言っている内容はわかるが無理。


 そう思念と言葉で具現するマリンだった。


 さらに寮の部屋の扉がノックされる。


 マリンが出迎える。


 現れたのはシダラだった。


「ビテン。当方とデートしようっす」


 開幕パンチが渾身のアッパーカットだった。


「嫌」


 とビテン。


「あう……」


 とマリン。


「わたくしを差し置いて!」


 とクズノ。


「今日は寝て過ごす」


 どこまでもマイペースなビテンであった。


「ビテンは……私とも……デートしてくれないの……?」


 そんなマリンの撒き餌に、


「する! 全力で」


 全力で食いつくビテンであった。


「じゃあ……着替えないとね……」


「マリンと二人きりデートかぁ」


 感慨深げなビテンに、


「クズノと……シダラも……一緒だよ……?」


 補足するマリン。


「何で!?」


「ビテンの……世界を……広げるため……」


「俺はマリンだけでいいんだがなぁ……」


 これが本音なのだからタチが悪い。


 そんなこんなでビテンはマリンおよび以下略とデートするために制服に着替えた。


 黒い学ランだ。


 漆黒の髪と瞳も相まって黒い印象を受ける。


 マントは当然着用していない。


 特に魔術の得手を誇ろうとも思っていないのだ。


 こういうあたりは面倒くさがりの一端と云える。


 マリンとクズノはセーラー服に灰色マント。


 シダラは赤のマントである。


 学院においても優秀な魔女であるため色付きのマントを贈られる逸材だ。


 最近はビテンにハマり気味で衆人環視の畏敬の目線が少し冷たくなっているが。


 それでも先の一件以来ジュウナとも友情を再建設できたようで、その恩を感じてか否かビテンに付き纏うのだった。


 全員が支度を整え、


「じゃあ行くか」


 となった後、ビテンが寮の扉を内側に開くと、


「あう!」


 と美少女が転がり込んできた。


 青い髪。


 青い瞳。


 ボーイッシュな印象を持つ絶世の美少女。


 名をカイトと云う。


「何してんだ?」


 純粋な興味から出たビテンの言葉だったが、


「あ……う……」


 と呻いて、


「すまない」


 と発すると逃げるように去っていった。


「何なんだ?」


 意味不明と呟くビテンに、


「ビテン……」


「これだから」


「プリンスもかぁ」


 マリンとクズノとシダラは状況を鋭敏に察してのけた。


「どういうことだ?」


 そうビテンが尋ねると、


「あう……」


「鈍感」


「唐変木」


 メタクソに叩かれた。


 当然ビテンには意味不明だ。


「?」


 疑問に首を傾げるものの、


「特に悩むこともないか」


 と思考を切り替える。


 今日は日曜日。


 学院が休みであるためデート日和と云えばその通り。


 そんなわけでビテンはマリンとクズノとシダラと云う最近のメンバーを連れて学院街へと出向くのだった。


 市場をひやかしてまわり、喫茶店に腰を落ち着ける。


「なぁ」


 と問うたのはビテン。


 その視線は珍しくクズノとシダラに向けられた。


「何ですの?」


「何っすか?」


 紅茶を飲みながら問い返す二人。


「カイトって知ってるか?」


「「それはまぁ」」


 異口同音に二人。


「どういう奴だ?」


「学院のプリンスですわね」


「そうそう」


 それはビテンも知っている。


 だがビテンはそんなことを聞きたいわけではない。


「どんな奴だ?」


「水や氷の属性において突出した才能を見せる魔女だと聞いていますわ」


「それ故当方と同じ色付きのマントを持っているっすね」


「百合か?」


「学院でも人気を持っているのは確かですけど……」


「誰か特定の女生徒と付き合ったなんて声は聞かないっすね」


「ふぅん?」


 ビテンは興味深げに肯定してコーヒーを飲む。


「プリンスの名の通り学院の王子様的存在ですから憧れる女生徒は多数いますわ。おそらくビテンと同等の憧れを手中に収める女子ですわね」


「…………」


 ビテンは視線をカイトへとやる。


 テラス席に座るビテンと市場にてビテンを見つめるカイトとの視線が交錯する。


 カイトは、


「っ!」


 ボッと顔を赤くして建物の陰に隠れた。


 不機嫌にコーヒーを飲むビテン。


「ビテンは……カイトが……気になるの……?」


 そんなマリンの言葉に、


「まぁこうまで付き纏われちゃな」


 何でもないようにビテンは言う。


「プリンスに興味を持っているんですの?」


「ビテンはカイトが気になるっすか?」


「ハエを煩わしいと思う程度にはな」


 どこまでもビテンは平常運転。


 学院街に出向いてからこれまでストーカーのようなカイトの視線を浴びていたビテンだから云える言葉である。


 カイトはビテンたちを尾行して、ビテンに情の連なる視線を送っていた。


 それに関して睨み付けると繊細な小動物の様に隠れてしまう。


 そんなことを此度のデートで何度も繰り返しているのだ。


「ビテン……」


「新たなる強敵ですの……」


「予想外っすねぇ」


 三人の乙女はビテンの移り気に危惧していた。


 全て杞憂なのだが。

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