第14話 乙女の憂鬱


 基本的に魔術とは実践だ。


 エンシェントレコードを読み解くための高度な学術能力は必要となるが知識ばかりを先行して、


「実際の魔術は扱えません」


 であれば孵化しない卵と同等の価値と云える。


 ビテンあたりは特に気にしないが高位の魔女を目指している女子生徒(ツッコめばビテンを除き生徒は全て女子なのだが)は高度かつ強力な魔術の習得に価値を置く。


 実際に高度な魔術を習得した魔女ほど待遇が良くなるのはこの世界での普遍的事実だ。


 そしてそうなりたいと願って毎年毎年学院には魔女の卵が入学してくる。


 栄光を酩酊に例えるのなら魔術は薬物に例えられるだろう。


 あるいは火に入る夏の虫か。


「そんなわけでどれほどの魔術を扱えるか?」


「どれほど現象を魔術で再現できるか?」


 これが概ねにおいての魔女の格に直結する。


 学識より実践に成績の重きが置かれるのは必然と言えた。


 そのため定期的に大陸魔術学院では魔術の実践講義が行われる。


 ここで示した魔術が即ち祖国の国力に繋がる側面を持つため、根性と気合を両手に装備して臨む魔女(の卵)多数。


 何せ魔術の実践講義で優秀な成績を修めれば色付きのマントを賜る可能性さえあるのだ。


 魔女の卵にとっての一つの到達点。


 ましてビテンのクラスは新入生。


 この時期に色付きマントを拝し賜れば自慢のタネにもなろうと云うものだ。


 重ね重ねビテンには縁の無い感情ではあるのだが。


 閑話休題。


「では今日はマジックキャパシティの共有を行ないたいと思います」


 魔術の実践に耐えうる構築を成されている学院アリーナの一つで講師はそう高らかに言った。


 ちなみにアリーナの観客席には満員とまではいかないものの空席三割を残して多数の学院生や講師や教授が見学している。


 これは講義を拝謁したいということではなく、優秀な生徒の青田買いを狙っていたり、新入生の魔術の練度の確認をしたり、俗物的に品定めをしたりと様々な理由だ。


 要するに誰が優秀で誰が劣等なのかを見極めるための見学。


 そして当人は気づいていないが内半数はビテンの実力を見極めようとしている……とつまりはそういうことだった。


 ほとんど客寄せパンダ状態。


 特に強い熱視線を感じて、その出元を視線でたぐると青髪青眼の美少女と目が合った。


 カイトである。


 その目はキラキラと期待に輝いていた。


 カイトと女生徒の百合的一件を覗き見して以来、幾度もビテンはカイトの視線を感じていた。


 特に悪意や害意や敵意を感じるわけではないので、女性版ファシストでないことは理解しているが、


「では何だ?」


 と自問自答しても答えは得られず。


 当人に聞こうにもこうやってアリーナの実践場と観客席の距離では不可能だし、その他のシチュエーションで間近から視線を感じることも有ったが、その場合は視線が交錯した瞬間逃げられてしまう。


 ストーカーという単語を思い浮かべるビテンだった。


 あながち外れてもいないが。


 ともあれキラキラと光るカイトの期待の眼差しは隅っこに保管して、ビテンは講義に意識を戻す。


「ビテン! 私と組みましょう!」


「いいえ! 私とよ!」


「はいはーい! 私今恋人いないよ?」


「うちと組もうよぅ!」


「生まれた時から好きでした!」


 当然ながら大人気なビテンであった。


 今日の講義はマジックキャパシティの共有と高らかに宣言された瞬間の此れである。


 あながち詰め寄ってくる生徒たちの気持ちもわからないではない。


 ビテンは学年首席のクズノを降したことで一躍『新入生最強』の称号を手に入れた美少年である。


 食いつかない方が一般的な女子の観念としては例外だ。


 しかして、


「却下」


 とビテンは女子たちの好意を袖にする。


 それから遠慮がちに距離を取っているマリンとの間合いを踏みつぶして、


「組もうぜマリン」


 と言い切った。


 遠慮も引け目も自責も感じないビテンの誘いに、マリンは遠慮と引け目と自責を感じていた。


 ビテンに袖にされた生徒たちの嫉妬と胡乱と敵意の感情が漏斗を通してマリンに注がれる。


「あう……」


 と狼狽えるマリンは正常な感覚の持ち主だ。


 そもそもにしてマリンは劣等生である。


 キャパが一般的な魔女のソレと比べるのも可哀想な非才だ。


 無論魔術の才能のない女子が学院に入学できるわけもないためキャパ自体は存在している。


 しかしてマリンに許された魔術は初級魔術に留まる。


 火を起こしたり明かりをつけたり微量の水を創ったり微風をふかせたり。


 中級魔術や場合によっては下級魔術さえ満足に振るえない。


 まして優等生のビテンがいつも隣にいるため比較され尚貶められている存在である。


 そうであるのにビテンと仲が良いという点を以て嫉妬の対象となるのは必然を超えて道理と言えた。


「あう……。あのね……ビテン……。私と一緒に居たら……その……」


「幸せだ」


 マリンの憂慮を一刀両断に切り伏せるビテンであった。


 よしよしと頭を撫でて、


「たとえ周りが敵でも俺だけは味方で居続けるからな。心配しなくていいぞ?」


「あう……。あう……」


 真っ赤になったマリンにビテンの心がポカポカとする。


 ぶっちゃけた話、


「惚れている女の子こそを弄りたい」


 という気持ちで言ったものだがビテンの下心を知らないマリンは狼狽えるばかりだ。


 そして二人はコンビを組んで講義に臨んだ。


 キャパの共有。


 これは実際に有用な魔術能力だ。


 共有には肉体共有、精神共有、記号共有、魔術共有などがあり、例えば肉体共有ならば手を繋ぐだけでお互いのキャパを共有して魔術を執り行える。


 上級魔術や特級魔術には一人では執り行えないほどのキャパを占有するモノもあるためマジックキャパシティの共有は大魔術の行使に必須だ。


 特に天変地異に等しい魔術は概ねキャパ共有を必要とする。


 ビテンにけんもほろろされた女子たちも互いに相手を見繕い、ビテンは予定通りマリンを相手取る。


 ちなみにクズノは講義が始まる前にアプローチを受けておりビテンがコレを粉砕した。


 どこまでもマリニストなのだ。


 今回の講義において共有方法は自由とのことだったのでビテンとマリンは素直に手を繋いだ。


 ビテンたちの番がくる。


「ビテンですか……」


 講師はしばし考え込んだ後、ゴーレムの呪文を唱えた。


 アリーナの実践場に現れたのは九体のゴーレム。


 ビテンはその意図を正確に読み取る。


 クズノとの決闘でビテンが示したフレアパールネックレスは八つの火球を生み出したのだ。


 今回はキャパ共有の講義であるため公式のビテンの実力を少しだけ上回る標的を造ったのだろうことは明白だ。


 講師として九体ものゴーレムを同時に造りだすことで自身の実力を示すことにも繋がる。


「ではビテンおよびマリン。キャパを共有して魔術を行使……即ちゴーレムを撃破なさい」


 そういうことだった。


「あう……ビテン……」


 困ったようにマリンがビテンを見る。


「好きにしてくれ」


 ビテンはやる気なさげに言った。


 ただし握ったマリンの小さな手の平を力強く握っている辺りに本音が透けて見える。


「あう……私でいいのかな……?」


「大丈夫だ」


 断じる。


 ここまできて断るほどマリンの胆力は丈夫ではない。


「あう……はぁ……」


 と憂いと溜息をついた後、マリンはビテンの手の平からマジックキャパシティを確認してラインを繋ぎ、呪文を唱える。


「無に帰せ」


 対抗魔術における一つの到達点……ゼロの呪文を。


 当然魔術により生まれたゴーレムはキャンセルされて土へと戻る。


 九体全て残らず、だ。


 衆人環視がどよめいた。


 それはそうだろう。


 キャパの容量をビテンから借り受けているとはいえマリンはピカピカの新入生。


 エンシェントレコードでも最難関に値するゼロの章を解読しているという事実は驚愕に値して当然。


 キャパこそ少ないものの魔術における造詣の深さを示したのだからマリンの評価も一転した。


 それを誇ろうとせず代わりに臆病になる辺りビテンの男心をくすぐるのもマリンの魅力の一つではあろうが。




    *




「まさかまさかですわ」


 クズノが言った。


「いやぁ、凄いっすねぇ」


 シダラも言った。


「あう……」


 マリンは恐縮するばかりだ。


 並の魔女では扱うことも出来ない魔術を(ビテンにキャパを借りているとはいえ)行使したのだから噂になるのも必然。


 要するにキャパさえ共有によって供給してしまえばマリンは間接的に大魔術を使えると証明されたのだから。


 セーフティ付きの大砲のようなものである。


「扱いさえ正確であれば有益な戦力となる」


 そんな評価に落ち着いた。


「マリンはやれば出来る子だからな」


 ムフンと鼻息荒く我がことの様に誇らしげなビテン。


「あう……」


 とマリンは萎縮する。


 元々劣等生と云う身分に落ち着いていたマリンであったのだから脚光を浴びるのは耐え難い事だろう。


 が、キャパの共有さえモノにしてしまえば強力な魔術を使えるという側面は無視できるものではない。


 仮にキャパを持て余している非才の魔女とならウィンウィンの関係に成れるだろう。


 その点においてビテンは有益だった。


 天才を超えてもはや鬼才とも言えるキャパの持ち主。


 ましてマリンを知り尽くしており共有方法を幾重にも持つ。


 である以上マリンは最高のパートナーと言えるだろう。


 ビテン自身も単独でゼロを使えるのだが、それはまだ学院の知るところではない。


 今は昼休み。


 学院の原っぱにシートを敷いて昼食の最中である。


 先の講義にはクズノも当然参加しており、シダラも見学していた。


 ので、やはり話題はマリンのゼロ行使に他ならない。


「他にも強力な魔術は使えるんですの?」


「あう……秘密……」


「そう言われると問い質したくなるっすねぇ」


「あう……」


 そんなこんな。


 ビテンはと云うと、


「…………」


 沈黙して意識の枝葉を触手の様に伸ばしていた。


 気になるのは視線。


 無論マリンでもクズノでもシダラでもない。


 碧眼のソレだ。


 チラとそっちを見やると大きな樹が植えられていた。


 その陰に視線の主は隠れる。


 視線をおさめて昼食を再開するとまたジトッとした視線を受ける。


「一対一で話し合うべきか?」


 そんなことを思う。


「ビテン……助けて……」


 クズノとシダラに詰め寄られたマリンがビテンの学ランをギュッと握る。


 ビテンはタタァンとクズノとシダラに華麗かつ優美にチョップを埋め込む。


「うちのマリンを怯えさせない」


「とは言いましても……」


「っすねぇ……」


 頭部を押さえながらクズノとシダラは懲りなかった。


「あう……ビテン……」


「大丈夫大丈夫」


 よしよしとマリンの頭を撫でる。


 真っ赤になるマリンに慕情を持てあましながら、ビテンは言う。


「ちょっと席を外すわ」


 と。


「どこか行くの……?」


 マリンが問うと、


「ちと別世界に」


 苦笑してビテンは答えた。


「ああ」


 と納得したのはマリンだけ。


 クズノとシダラは、


「?」


 頭上に巨大なクエスチョンマークを展開。


 それには付き合わずビテンは呪文を唱えた。


「我は神の一端に触れる者。世界を調律しここに示す」


 アナザーワールドの呪文を。


 次の瞬間、異世界が構築され膨大な本が蔵書されている世界に二人の人間が取り込まれた。


 一人は当然ビテン。


 もう一人は最近ストーカー癖の付いたカイト。


 碧眼は困惑に彩られている。


「アナザーワールド……!」


「そ。まぁ名づけるならビテンライブラリとでも言うべき場所だな」


 ビテンの知識の宝庫。


 それがビテンのアナザーワールドである。


「こんな大魔術が使えるなんて……!」


「特に意識したつもりもないんだが……」


 耳を小指でほじりながら何でも無さそうにビテン。


「で?」


「とは?」


「とぼけんな。ここ最近俺に纏わりついて何のつもりだ? いい加減鬱陶しいぞ」


「バレていたのかい?」


「むしろ何度となく俺と視線が合っては逃げ出しておいてバレていないと思っていたそっちの方が凄いがな」


 皮肉ではあれど本心でもある。


「うぅ」


 と赤面するカイトはビテンが不覚を取るほど愛らしかった。


 素材が美少女だ。


 羞恥を加えれば魅力や威力が増すのは大宇宙の真理だろう。


 この際カイトのボーイッシュな側面は加点対象にしか作用しない。


「なら一声かけてくれても……」


 もじもじと不平不満。


 赤面しながら右手と左手の指を絡めるカイトだった。


「何が目的かもわからんしなぁ」


 つまり声をかけるタイミングが見つからなかったというだけのことなのだが。


「君はすごいな」


 それはビテンには意味不明な一言だった。


「はぁ?」


 と皮肉気に疑問を呈すのもしょうがない。


「あれだけチヤホヤされていながら流されず……一人を想えるのは大層なことだ」


 ビテンのマリニズムを褒めているらしいことだけはビテンにも察せられた。


「だから僕は思う。君に愛してもらえる人間はきっと幸せになれる……と」


 話の方向性は完全にカイト寄りだ。


「僕では無理なことだ。それを君は実践している」


「何のこと?」


「君も見ただろう? 僕が女の子から告白を受けた場面を」


「ああ。アレな」


「そう。アレだ」


「で?」


「僕には友達がいない」


「はぁ?」


 言っている意味がわからないビテンに、


「だ・か・ら・ぼっちなのだ僕は」


「学院のプリンスが?」


「だからこそだろう」


「もうちょい深く」


「僕が学院生と仲良くしようとすると……その生徒は僕に脈あり的な勘違いをするわけだ」


「なるほどね」


 わからない話ではなかった。


 ボーイッシュかつ美少女。


 色付きマントを賜っているため学院での実力もきってのモノだろう。


 プリンスとまで呼ばれるカイトならば女子の憧れの的となるのも不思議ではない。


 である以上、誰もが特別視してカイトを王子様と崇める。


 例外は絶無。


 少なくとも女学院においては。


「で? それと俺とがどう繋がる」


「率直に言う。僕と友人になってくれ」


「構わんが?」


「だよな。無理を言って……は……?」


 ポカンとするカイト。


「こっちも憧憬の視線は辟易してるんだ。多少なりとも共感できるお前は有用だ」


「僕はビテンの友達になってもいいのかい?」


「さっきからそう言っている」


「うわぁ……うわぁ……うわぁ……」


 真っ赤になるカイトだった。


「そこまで喜ばれてもな」


 ビテンは、


「何が嬉しいのやら」


 と頭を掻く。


 持て囃されて辟易しているという意味では理解できない感情図でもないのだが。


「友達だ……。初めて友達が出来た……」


「お前も業が深いな」


 他に言い様も無い。


「まぁ暇があったら構ってやるよ」


 ぶっきらぼうに言ってビテンはアナザーワールドを解除した。


 カイトとの友情宣言は賛成一、反対二で可決された。


 この場合……量より質の問題で二の反対より一の賛成に重きを置くビテンであるからこそのソレだ。


 そうでなくともビテンを男として特別視しない存在は有難い以外の何者でもないのだが。

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