第12話 プリンス乙女


 ビテンとてたまには一人になりたいこともある。


 今がそんな気分だった。


 大陸魔術学院は女学院であるためウーパールーパー的な扱いをされる。


 その上で再三になるが美少年。


 春から夏に移行しようとするこの季節。


 入学から二か月ほど経ったが乙女の興味と恋慕と侮蔑の視線は気疲れしないかと云えば嘘になる。


 そんなわけで珍しくマリンもつれないで人の少ない所に向かうビテンだった。


 既にマイナー魔術インヴィジブルで姿を透明にして学院に多数あるアリーナの一つ……その裏手にベンチを見つけてどっかと座りこむ。


 ちょうど日陰となっているためジメジメしていて女子は嫌うような空間だろう。


 事実そこにはビテンしかいなかった。


 インヴィジブルは解いていない。


 手に持っていた総菜パンをもむもむと食べながら無為に時間を潰す。


 誰にも監視されない状況と云うのは今のところビテンの楽園だ。


 ちなみに講義には参加していない。


 一種のサボタージュ。


 というより、


「何を学べと?」


 と言い切ってしまうほどだ。


 ビテンは聡明で切れすぎる。


 なのに実力主義の魔女の世界で実績を残していることが魔女の卵にとって嫌味になっていることに気付かないのは皮肉と言えた。


 おそらく義を重んじているマリンはクズノと一緒に講義を受けているのだろうなと思い微笑ましく思う。


 クズノはクズノで、それから最近はシダラもシダラで、ビテン攻略のキーマンとしてマリンを見ている節がある。


 ビテンにしてみれば女子とはマリンか否かでしかないため徒労だが。


「…………」


 もむもむと総菜パンを食べていると学院制服を着た生徒が一人現れた。


 当たり前だが女生徒だ。


 ビテンのインヴィジブルは効いている。


 女生徒はそわそわしながらアリーナ裏(つまりこの場)にて立ち止まった。


 ビテンに気付いている様子は無い。


 場所を変えようかとも考えたが、結局一人くらいならいいかとビテンはベンチに座って間食を続ける。


 インヴィジブルで視覚情報を誤魔化している限りにおいては気づかれないだろうし、いまさら学院中を再度歩き回って一人の場所を見つけるのも億劫だと考えた結果である。


 こういう辺り、やはりビテンはものぐさと言えた。


 女生徒はもじもじしている。


 時に顔を赤らめたり青ざめたり。


 緊張と恐怖と恋慕が一対一対一だとビテンは見ていた。


 正解である。


 時間の流れにハラハラしている辺り何かを待っているのは明白だが、その何かまではビテンに分かろうはずもない。


 次に女生徒は深呼吸を始めた。


 鎮静と冷静を手に入れるには最適な方法だ。


 ビテンはそんな女生徒を一方通行で観察しながらパンをもむもむ。


 ビッグベンのベルが鳴った。


 講義終了の合図だ。


 それからしばし。


 緊張を高めていっている女生徒とは別の女生徒が現れた。


「済まない。待たせた」


 鮮烈な印象を持つ美少女だった。


 マリン第一至上主義のビテンが、


「へぇ」


 と感嘆の吐息をつくほどである。


 一人目の女生徒はさほどでもなかったが二人目の女生徒はそれほどまでに美しかった。


 清浄なる水流を思わせる青の髪。


 サファイアを思わせる青の瞳。


 髪は生命力に満ち、瞳は意思の高さを窺えた。


 顔つきは中性的で、愛らしい男子だと言われたらそれはそれで信じてしまいそうになるほどボーイッシュな美少女だ。


 着ている服は黒のセーラー服。


 それから色付きのマント。


 青色だ。


 つまり魔女として完成している存在だということだ。


 一人目の女生徒は灰色のマント。


 魔女の卵のソレだ。


 ビテンはというと、


「面倒だ」


 とマントを着用していない。


 漆黒の学ラン姿である。


 フレアパールネックレスが具現出来る一事において色付きマントを拝して然るべきだが、その申請もしてはいないし押し付けられても着用する気は無かった。


 人の根底は変わらず。


 マリン以外の人間に恋慕の視線で刺されても平然とするし、名誉や栄光が目の前にあってもスルーする気質は生来のモノだ。


 ビテン自身はそれで良いらしかった。


 気疲れする程度のものでしかない。


 閑話休題。


 青の美少女が口を開く。


「それで? 何用?」


「あの……!」


 一人目の女生徒は顔を羞恥に赤らめて、


「プリンス……!」


 と言った。


 プリンスと呼ばれた青の女生徒の眉が少し跳ね上がる。


「カイト様……!」


 どうやら青の美少女にしてプリンスはカイトと云う名前らしい。


「お慕いしております! どうか私と付き合ってください!」


 ビテンが総菜パンを喉に詰まらせなかったのは奇跡だ。


 仮に詰まらせていたら真水の状況に墨を一滴落とすような失態を演じる羽目になっただろう。


 インヴィジブルは視覚情報を誤魔化すだけであって物音や音声……あるいは気配等は誤魔化せないのだから。


「それにしても」


 とビテンは思う。


 女子が女子に告白する。


 女学院ならではの光景であるが特等席で見るのは無論初めてだ。


 百合。


 あるいはガールズラブ。


 女性同士の同性愛。


 しかしてソレもわからない話ではなかった。


 カイトはボーイッシュな美貌の持ち主だ。


 先に言われた、


「プリンス」


 というのも二つ名だろう。


 女性演劇ではさぞ王子役がハマるだろう容姿である。


 胸も控えめであることも原因の一端だろうとビテンには思えた。


 女生徒の一世一代の告白に、


「すまない」


 とカイトは袖にした。


 ビテンは総菜パンをもむもむ。


 女生徒はハッと俯けた顔を跳ね上げる。


 二つの視線が交差する。


 その内の一方の瞳が涙に潤む。


 当然カイトではない。


「そう……ですか……」


 女生徒は瞳を濡らしながら事実を事実として受け止める。


 かといって想い人からの拒絶はそう堪えることのできる代物ではない。


 それをカイトも十分に熟知しているらしかったし、悲痛なるを覚えてもいるらしかった。


「君とは付き合えないけど……」


 同情をサファイアの瞳に映す。


「思い出くらいは作ってあげられるよ?」


「……お願いします」


 躊躇いがちに女生徒は肯定した。


 ボーっと成り行きを見ているビテンの視界内でカイトが女生徒へ歩み寄ると、そっと女生徒のおとがいを持ち上げてキスをした。


「は~……」


 二人には聞こえない程度に感嘆とするビテン。


 プリンスと呼ばれるくらいだからカイトがボーイッシュで学院の憧れなのであろうことはビテンにも読み取れたが、思い出作りに容易くキスをするほどサービス精神旺盛とは理解に苦しむ。


 当人同士の問題なので口を出す権利も無いのだが。


「ありがとう……ございます……!」


 カイトのキスを受けた女生徒は泣きながら去っていった。


 失恋の傷を何で癒すかは人それぞれだが、特にビテンの興味を引くものでもない。


 残されたのは走り去っていく女生徒を見届けるカイトとインヴィジブルを維持したままのビテン。


「さて」


 とカイトが呟き、ベンチの方を睨み付ける。


「覗き見とは趣味が悪いよ?」


「…………」


 カイトの皮肉には特に何も言わずインヴィジブルを解く。


 カイトの視界に映ったビテンを見てカイトは少したじろいだ。


「男子生徒……ビテンか……」


 さすがに女学院唯一の男子生徒ビテンのことは知っているらしい。


 碧眼は驚愕に彩られた。


 かといってカイトの驚愕に付き合うビテンではない。


「別に覗くつもりはなかったんだがな。順序で云えばこっちが先だぜ?」


「こんな何もない場所に?」


「人目が煩わしくてな」


「はは。それは良くわかるよ」


 心当たりがあるらしい。


 実際にビテンが感銘を受けるほどの美貌を持ち、なおかつボーイッシュな美少女だ。


 女学院ではカリスマの象徴だろう。


「お前、毎回あんな感じで女生徒に告られてんのか?」


「まぁ色々あってね」


 宝塚のスターみたいな扱いを受けてもしょうがないと言えるのだが。


「そういう君も同じ状況じゃないか?」


「まぁな」


 口をへの字に歪めてビテンは返す。


 実際ビテンも魔術を扱う美少年として一定の評価を受けている。


 飛び込みの告白も何件か受け付けた。


 全て袖にしたが。


「ほら。僕と同じだよ」


「不本意ながらな」


 けっとふてくされる。


「そっちのベンチに座っても?」


「かまやしないがな」


 ビテンはぶっきらぼうに総菜パンをもむもむ。


 ベンチに隣合って座るカイトが言う。


「君は僕の美貌に憧れたりはしないんだね」


「他に好きな奴がいるし」


 ビテンの返しは素っ気ないというか子ども染みていた。


「ふぅん?」


 カイトは何かを察したらしかった。


「僕には興味ない?」


「言ってしまえばな」


 まったくブレないビテンに、


「そっか」


 と淡白にカイト。


 サファイアの瞳は興味によって占められている。


「君は三人の女の子を侍らせているという噂だが?」


「こっちは純情のつもりだがなぁ……」


 ぽやっと答えるビテン。


「誰も彼もが美少女らしいじゃないか」


 案の定唾棄すべき噂に耳を汚されているようだった。


「美少女って点ならお前も負けてないがな」


「………………それは僕を口説いているのか?」


「そんな意図はねぇな」


 やはり気負わずビテンは言う。


 それはプリンスとして持ち上げられているカイトの矜持に触れる言葉だった。


「僕にはいささかも興味が無いと?」


「まあ特に得する関係を築けそうもないしな」


 これを本気で言うのである。


「やられた」


 大げさなジェスチャーでカイトは額に手を当てた。


「君に興味が湧いてきたよ」


「あっそ」


 どこまでもビテンはビテンだった。

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