第5話 決闘
ビテンとクズノの決闘当日。
カラリと晴れた決闘日和。
アリーナの観客席は満員だった。
席に座れず立ち見する人間までいるほどだ。
男が公式の場で魔術を使う。
それだけでも広告効果は見込める。
観客は……当然魔女の卵であるため女子百パーセント。
青い春を生きる乙女たち。
期待と興味本位と恐いもの見たさで観客席はざわついていた。
ところ変わって控室。
「だる……」
ビテンは世の不条理を嘆いていた。
いつも雛鳥のようについてくるマリンはここにはいない。
それだけでも不満爆発だ。
マリニズムであるため。
「ていうか何で俺こんなことに巻き込まれたんだろうな……」
ぼやく。
結論自体は出ている。
即ちマリンの言葉を真にするため。
マリンとは長い付き合いだ。
というよりアイデンティティが確立された時には既にお世話になっていた。
マリンが、
「カラスは白い」
というのならビテンは世界中のカラスを白に染めるだろう。
同様に、
「ビテンがクズノより勝っている」
というのなら何においても勝利を掴む。
「問題は……」
自身の生来のものぐさな性質だ。
勝てば勝ったで、負ければ負けたで、面倒事が待っている。
憂鬱にもなろうと云うものだ。
現実に覚悟が追いついていない。
後ろ指差されることには何も感じないが今回は絶対命令権がかかっている。
「結局面倒事は面倒事で処理せなば」
と覚悟とは遠い意識で控室を出るビテンだった。
係員から呼ばれたのだ。
アリーナの決闘場に顔を出すとワッとざわめきが破裂した。
完全に見世物だった。
それについては入学当日から散々さらされた視線なのでビテンには慣れたものだが、質と量そのものは過去最大だ。
「何を期待してるんだか……」
賭博の大穴は茶番に辟易した。
決闘における敵対者は既にステージにいた。
白い髪に白い瞳の美少女……クズノ。
「逃げなかった事だけは褒めて差し上げますわ」
「さいか」
特に感銘を受けるようなことでもない。
挑発は明後日の方角へ流された。
それから審判から決闘のルールが公布された。
ターン制対象撃破戦。
通称ゴーレム戦と呼ばれるルールだ。
審判が魔術で即席のゴーレムを複数体(今回の場合は十四体だ)作り出す。
そしてターン制で代わる代わる魔術を行使する。
一ターンに使える魔術は一回。
より多くのゴーレムを撃破した方の勝利。
以上。
「なるほどな」
穏便な決闘のルールに納得するビテン。
これならば互いに傷つけあう心配が無い。
良心的なソレだった。
ターン制であるため先攻後攻が存在する。
当然イニシアチブを持つのは先攻であるため公平にじゃんけんで決められる。
ビテンは後攻になった。
審判(補足するなら学院の優秀な教授である)が呪文を唱えて魔術を起動……結果として地面から土人形が生まれる。
計十四体。
ゴーレムと呼ばれる存在だ。
維持定着時間はそこそこ長いが、そもそもにして定着させる必要のない消耗品であるため今回に限って言えば問題ない。
とても土から生まれたとは思えない軽快な様子ではしゃぎまわるゴーレム。
アリーナを縦横無尽。
そして決闘が始まる。
「ではお先に」
先攻のクズノが線引きされた(というのも魔術による破壊のみがルールであるため位置取りは制限されるのだ)エリアから逃げ回るゴーレムの一体を照準して左手を突き出すと、
「火を飛ばせ」
ファイヤーボールの呪文を唱える。
エンシェントレコードに沿って時間の並進対称性が崩れる。
クズノの左手から炎の塊が生まれるとゴーレムの一体に向かって飛び、着弾……後の爆発。
ファイヤーボール……火球の名の通りの効果を生み出すのだった。
「おお……!」
と観客の魔女たちがどよめく。
ファイヤーボール自体はさほど珍しい魔術ではないが、その精度と練度は新入生とは思えないほど洗練されたソレだったのだから。
これで一対零。
ターン制に寄りビテンの番がくる。
残るゴーレムは十三体。
当然ゴーレムは軽快に逃げ回るため、数が減る後半戦になるほどゴーレムに魔術を当てる難度は高くなる。
「残る十三体で確実に勝つには八体の撃破が必要か」
七体では引き分けの可能性が残るのだ。
結論。
一ターンに使える魔術が一回と制限されているならば戦闘級魔術より戦術級魔術の方が効率がいいのは言うまでもない。
ビテンは呪文を唱える。
「火よ連なりて飛び焼かせ」
唱えた呪文はフレアパールネックレスと呼ばれる魔術のソレだった。
複数の火球を生み出し術者の認識の許す限りの対象に向かって飛散するファイヤーボールの上位互換にして高等魔術だ。
驚愕と絶句が観客を支配する。
衆目において正式に男が使った魔術でありながら、しかも高等戦術級なのだから。
丁度決着の付く八つの火球が正確に八体のゴーレムに着弾し爆砕させる。
精度と練度と強度の三つの項目を過不足なく発揮した結果である。
ビテンは特別なことをした覚えは無いのだが、観客の女子たちが唖然とするのもしょうがない。
審判が動揺しながらも、
「勝者ビテン」
と高らかに宣言した。
――決着である。
魔女(の卵)たちの度肝を抜いたビテンではあったが、決闘後にもやることは変わらなかった。
マリンと単位をすり合わせて一緒の講義に臨む。
それだけだ。
が周囲は変わった。
誰しもが魔女でもない男が魔術を使ったことに驚愕し、それが美少年であるため非公認ファンクラブまで出来る始末だった。
学院には「プリンス」と呼ばれる女生徒がいるし、「お姉様」と慕われる生徒会長もいるが、それらと並行して等質の発言力を持つファンクラブと相成った。
それをマリンから聞いても、
「へぇ」
の一言で済ますビテンだったが。
元より栄光や名誉に興味を持つ人間ではない。
マリン以外の人間にとってはその辺の理解が出来ないだろう。
フレアパールネックレスは維持定着時間こそ短いもののキャパをたくさん食う。
それを苦も無く行使したビテンの実力を否定するのは女性優位主義に凝り固まった女子だけだ。
そうでない女子は畏敬の念を込めてビテンを見る。
そしてビテンの非公認ファンクラブに所属するのだった。
重ね重ねビテンの与り知るところではないのだが。
「とまぁ今日はここまでだな」
決闘から数日後。
そんな声と共に神話学の講師が講義を区切ると生徒たちは勉学から解放されて弛緩した。
羽ペンを片手に講義の内容を書き取っているマリンの隣でビテンは寝ていた。
そも魔術は学問ではあるものの知識より技術が優先される。
知識あっての技術であることに否定の余地は無いがフレアパールネックレスなどという高等魔術を行使するビテンは当然エンシェントレコードに対して一定の理解がある。
神話学は茶番に過ぎなかった。
マリンがビテンを揺さぶり起こす。
ちょうど神話学の講義が終わって昼休み。
太陽は天頂に上っていた。
ビテンとマリンは手を繋いで講義室を出て、購買で総菜パンを買うと、春の日光を浴びながら広い芝生の庭に腰を下ろして昼食を開始した。
「あう……。ビテン……大人気……」
チラチラと通りかかる女子たちが芝生に座りこんでいるビテンとマリンを観察しながら去っていく。
ちなみにビテンのファンクラブは所属の有無にかかわらず生徒たちの抜け駆けを許しはしない鉄血の掟が公布されている。
で、あるため結局のところマリンと二人きりで学院生活を楽しめるのは結果論としては皮肉だろう。
無論のこと不可侵条約をあっさりと破っているマリンに非難の意思が集まるのも必然だが四六時中ビテンの隣にいるため手を出せないのが現状だ。
閑話休題。
総菜パンを食べているビテンとマリンに近づく人影一つ。
白髪白眼の美少女……クズノだ。
「御機嫌ようビテン」
サラリとシルクの様な髪を指で解きほぐして軽やかに挨拶。
「何だ。また決闘か?」
ビテンが警戒するのは当然だ。
「違いますわ」
クズノの言葉には諦観と不満がヒフティヒフティ。
「なんで干渉しませんの?」
そんなクズノの言にビテンは心底困惑した。
「何言ってんだお前?」
意味がわからない、と。
「決闘に勝った者が負けた者に一つ絶対命令権を行使できる。そう約束したでしょう?」
「したっけか?」
「しましたの!」
赤面して声を荒らげるクズノ。
「わたくしとて矜持がありますわ! さあ何でも命令なさい!」
クズノの顔は羞恥で真っ赤になっていた。
「何を命令されてもしょうがない」
そして対象が男子。
そういうことであることを覚悟し、しかして嫌悪を覚えないという乙女回路の暴走。
「ん~……」
そもそもにして決闘の報酬についてすっかり忘却していたビテンだ。
命令しろと言われてすぐに思いつくはずもなかった。
ましてマリニストであるためクズノの警戒は全くの的外れである。
「じゃあ」
とビテンが呟く。
「……っ!」
ビクッと怯むクズノ。
理不尽な命令が飛んでくることを警戒したクズノに、
「友達になってくれ」
淡白にビテンは提案した。
「とも……だち……?」
困惑。
「何でも一つ言うことを聞いてくれるんだろ? なら学友になってくれ。俺は男だから見世物にされててなぁ。心を仮託できる人間が今のところマリンしかいないんだ。お前は学年首席だし誠実であることはここに証明された。なら親しくしておいて損は無いと思うわけだ」
「そんなことでいいんですの?」
「俺にしてみれば重大なんだがな。先述したように男ってだけで特別視されるから気兼ねない関係は貴重なんだよ」
「ふ……ふーん……」
クズノの顔の赤みが増した。
「まぁそういうことならわたくしがビテンの学友になってあげますわ。命令ならしょうがありませんわね。命令なら……」
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